4月24日と25日の両日3:00PMから、兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで「PAC POPS!」がある。私は、今日出かけた。

兵庫芸術文化センター管弦楽団の演奏と、エリック・ミヤシロのトランペットだ。指揮はピーター・ルバートである。

第1部は永遠のスクリーン名曲集。素晴らしい曲で始まった。「『カウボーイ』序曲(ジョン・ウィリアムス)」だ。司会者が、「序曲なのに長かったですね」と言った。

目の前に、第1ヴァイオリンがずらっと20人は並んでいる。私の目線は、奏者の膝の辺りだ。それも一番近くにいる人で、2メートルちょっとしか離れていない。何しろ、一番前のA列8番の席だから、所謂被り付きなのだ。

大音量でヴァイオリンの音が聞こえる。楽譜まで見える。弦を引く右腕が、プルプルと揺れる。服装は黒だが、こんな前で見ていると、黒でも様々な自分の好みで選んだ衣装を着けていた。

靴も全員が黒で、コンサート・マスターの後の女性は、その靴の底が真っ赤だった。普通は、上から少しずつ見下ろすようになるので、そんなところまでは見えない。変な所で感動してしまっていた。双眼鏡も要らない。表情がよく分かる。

指揮のピーター・ルバートは、カリフォルニア州バークレーの出身。ジュリアード音楽院とウイーン音楽院で指揮を学び、現在はペンサコラ交響楽団の音楽監督として9シーズン目を迎えている。

この楽団の公演数を2倍にし、観客を増やし、オーケストラのレベルを大きく向上させた事で、高い評価を得ている。日本では、ザ・シンフォニーホールでのポップスコンサートで大阪センチュリー交響楽団や関西フィルハーモニー管弦楽団を指揮し、好評を博した。

「007ゴールドフィンガー~テーマ(ジョン・バリー)」が鳴り響く。私は中央より左側にいるが、音量は凄いものだ。指揮者は、こんな所でしっかり聴きながら指揮をしていると思うと、この場所が貴重な場所に思われた。

「007ダイヤモンドは永遠に(ジョン・バリー)」が終わる。今まで、ハープは何のためにあるか分からない位聞こえた例がなかったが、今日は、はっきり聞こえる。それも、2度程指で弾いた音さえも聞こえたのだ。

右手にはチェロの集団が見えるが、後ろにいるだろう管楽器やドラムなどは全く見えなかった。

ヘンリー・マンシーニ特集では、「いそしぎ」「ひまわり~愛のテーマ」「シャレード」と続いた。どれも、最後に指揮者の指揮棒と音が完全にピタリと合わさって終わった。格好のいい指揮者だ。

「カサブランカ組曲(マックス・スタイナー)」

「大脱走~メイン・タイトル(エルマー・バーンスタイン)」

「西部開拓史(アルフレッド・ニューマン)」

ここで休憩となった。目の前のステージの上を、楽団員が下手に消える。目前のそれは、私には信じられない光景でもあった。

第2部は、ピーター・ルバート・セレクションと称して、2曲が演奏された。

「めまい(バーナード・ハーマン)」

「北北西に進路を取れ(バーナード・ハーマン)」

の2曲だ。このオーケストラの演奏を聴きに来たと言う訳でもないのだが、このポジションで聴くと、もっと聴きたいと言う気になるから不思議なものだ。私に弾いてくれているような錯覚に陥る。

愈々第3部はエリック・ミヤシロのトランペットだ。彼はプロのトランペッターの父とダンサーで女優の母の子として、ハワイで生まれ育った。そして今、世界レベルでの評価を得ている。随分割愛したが、中学生の時にプロとして活躍を始めたのだから凄い。

高校卒業後はボストン、バークレー音楽院に奨学金で招かれ入学している。それからは、ビッグバンドのリードトランペッターとして活躍。1989年に来日して以来日本で活躍するが、CDも2008年には4枚目を発売した。

出て来たエリックは、巨漢だった。どことなく、顔の感じが朝青龍に似ている。司会者は、彼がMCにも長けている事を話し、それからは彼が喋りながら演奏した。管弦楽団の管楽器の人達は、ステージから離れた。弦とドラムの演奏がバックとなった。

「アンフォゲッタブル(アーヴィング・ゴードン:藤野浩一編曲)」を聴いて、その音の素晴らしさに引き込まれて行った。

「ロッキーのテーマ(ビル・コンティ:藤野浩一編曲)」

「マッカーサー・パーク(ジミー・ウェップ:藤野浩一編曲)」

「音楽って生活になくてはならないものです。今はインターネットやテレビ等で、演奏会に来る人が減っていますが、演奏している者と皆さんとの間には交流が生まれるのです」

そんな話をしている。楽団員は目を輝かせて、彼の話に聞き入る。私からよく見える先頭のチェロを演奏する女の人は、演奏をしながらでも彼のトランペットを吹いている姿をちらちらと見る。指揮者ではなく、彼の顔を見ているのである。

「速いテクニックを要する曲が持て囃されますが、ゆっくりした曲の方が難しいのです。『赤とんんぼ』や『キラキラ星』みたいな曲の方が難しいのです。そんな曲を演奏してみます」

と言って、「ウエスト・サイド・ストーリー」より“マリア”(レナード・バーンスタイン)を吹いた。始めから3本のトランペットが置かれ、その一つ一つは鋭かったり、柔らかかったり、それぞれの特徴或る音を出した。

“マリア”は聞かせた。ぐっと込み上げて来るものがあった。この鋭い高音は、誰でもが出せる音ではない。トランペットで、こんな音を聴いた事がなかった。ニニ・ロッソとも違った。アルハートとも違った。新しい、情のある、開けた音だった。やっぱりプロだ。プロ中のプロだと思った。

実際は入れ替わっていたと思うが、「サウンド・オブ・サイレンス(ポール・フレデリク・サイモン)」の曲は、語りにも引き込まれた。

この間「コンドルは飛んで行く」で書いたばかりのサイモン&ガーファンクル。そのサイモンが、1963年にJ.F.ケネディーが射殺された事で書き上げた曲だそうだ。聴いて行く内に、今までは何気なく吹いたりしていた曲だったが、オカリナでしっかり吹いて見たい気になった。それだけ刺激を得たと言う事だ。素晴らしい。

終わってからも、自然にアンコールの拍手をしている自分を見いだすのだった。再び現れて、曲名は分からないが1曲それに応えた。後3度程アンコールの拍手が鳴り止まなかったが、その度にトランペットはなく、巨漢だけが現れた。ヴァイオリンの楽譜を見ると、もうその次の楽譜はなかった。

こうして、ピーター・ルバート指揮 兵庫芸術文化センター管弦楽団とトランペット エリック・ミヤシロの演奏は終わった。ミヤシロの顔は高潮していた。感性を秘めた、情感豊かな、少年の顔だった。

上手過ぎる。吹く時は、必ず高々とトランペットを持ち上げた。音を真っ直ぐに出す事は元より、すぐ近くの人に大きな音が突き抜けるのを防ぐ為もあっただろう。また、銃口を向けない配慮だったかも知れない。私には、吹く前に体を整えるミヤシロの、素敵な演奏スタイルでもあると思った。どっしりと腰を入れた構えは、演奏者の、最高の音を聴かせようとする礼儀のようにも思えたのだった。

そんな思いで私もオカリナを吹きたい。せめて吹いている時だけは、青春の中にいたい、少年の心でいたい、と思った。