歯科医師のY先生が音楽をやっている人だと言うのは、数年前から知っていた。だが、どんな音楽かは知らなかった。
「ブルーグラスミュージック」と言うのがそうだった。Y先生の趣味に、この他はゴルフがあった。ある日、私はY先生に聞いて見た。5人で、マイクを使わないでやれる、カントリーウエスタンよりも少し前からあったものだそうだ。Y先生は、フィドルを演奏すると言った。フィドルとは、ヴァイオリンの事である。
4月17日(土)にFortwortHと言うライブハウスで、ゲストとして演奏すると言う。Y先生は、そのライブハウスの4月のスケジュール表をプリントアウトしてくれた。夜7時からと言うので、是非行ってみたいと思った。
このライブハウスはJRさくら夙川駅からすぐで、国道2号線を挟んでエネオスの南、真向かいにある。駅から2分程だった。7時7時、と思っているものだから、夕食を済まそうと短い時間だがガストに入った。お勧めのステーキセットは1000円を切ったが、ここのガストのリピーターとなりそうになる程リーズナブルで、しかも美味かった。一生に1度も食べられるか分からない3万円のステーキも魅惑的だが、何故か庶民の私には、1000円でも遜色のないものだった。
こんな時、フリードリンクを付けないと勿体無い。200円で飲み放題だ。だからと言って10杯も飲めるものではないが、3杯も飲めば十分に元が取れるし、ここはコーヒーの種類も多く、それ以上にお茶の種類が多かった。お茶は又の機会にして、今回はコーヒーで攻めた。先ず食前のカプチーノ。満足だ。食後はエスプレッソとカプチーノ。普通のコーヒーは毎日3~4杯は飲んでいるので、違ったコーヒーを飲みたかった。勿論ブラックである。
慌てて飲み干すと、ライブハウスへと向かった。
客は私一人だった。幾つかのテーブルの上には、予約席のカードが乗っていた。ロングヘアーの男の子が、
「前がいいですか」
と聞いて来たので、一番後ろの、壁に凭れられる席に座る事にした。チケットは以前に予約していた。前では、簡単なリハーサルをしていた。そのY先生達のグループではなく、このライブハウスのオーナーのグループだった。「福原照晃&フォートワース・ラングラーズ」は、カントリーウエスタンで、ここはそう言う音楽を専門でやるライブハウスだった。つまりオーナーはその道のプロであり、昂じてこのFortwortHを作ったと言う訳だ。
こんな事ならもっと後から来れば良かったが、考えようによると、場所の確保(位置)を考えれば早くて正解だったとも思えた。
年配の男女が、ぼちぼち入って来た。殆ど常連だ。突然、随分大きなレスラー風の男が入って来た。兎に角体の回りが大きい。その内に赤い服を着た女が入って来た。その男を見るや2人はハグをして、前の右端に座った。ざっとテーブルには22人。若い人には分からないと思うが、曲尺(かねじゃく)のように角を占めた席には14人は座れると目測した。満員になれば36人は収容可能だ。私の後ろの高くなった所に椅子を置けば、40人は大丈夫と思われた。
私は、2杯はチケット代で飲めるその1杯目のジンライムを、ちびりちびりと飲んでいた。
「あんた大きいね」
と或る人が訊ねた。余り上手ではない日本語で、その出身がニューメキシコだと言う男が応えた。
「196キロです」
後で、この人は牧師をしている事が判明した。
8時になってすぐ、カントリーウエスタンが始まった。若い男女も4名聴きに来ていた。略席は詰まった。
オーナーは少々年配だったが、この音は古き良き時代を彷彿とさせた。1曲に1人のヴォーカルだが、このオーナーと、もう一人はきっと古き良き時代を生きたと思える女性だった。オーナーの声は衰えていなかった。極自然に歌っている。ハワイアンで使う弦楽器、ギター(ベースも含めて)が3人、後はドラムスの構成だった。何故かドラムは固い音がしていた。
曲名は記録しなかったので曖昧だが、「キス アン エンジェル グッド モーニング」「ディープ ウオーター」などで、どれも気持ちが楽しくなるものばかりだ。なだらかに気持ちを高揚させたくなったら又来ようと思った。
30分で終わり、次は9時からと10時からだと言った。それぞれ30分が休憩となる。
カントリーウエスタンが終わる前にどうしても自然現象を堪え切れなくなった。不思議に思っていると、原因がはっきりした。3杯もコーヒーを飲んでいたからだ。楽あれば苦もある、か。
音楽が始まってから少しした頃、Y先生が2人の女性と入って来た。私は出入り口に一番近い席にいた。Y先生は奥さんを私に紹介した。曲尺の曲った辺りが予約席で取ってあった。
終わると9時の出番の前に、Y先生が私の横に来た。
「今日は楽しみにして来ました」
と私が言った。
「音楽の先生ではないですか。音楽に関係してませんか」
とY先生は言った。
「とんでもありません。そんな事は全くありません」
オカリナを吹いていると言っても、音楽に詳しい訳でもなく、況して楽譜がきちんと読める訳でもない。
「新曲ばかりで、上手くないですよ」
とY先生は言った。その内同じシャツを下に来た人達が店に入って来た。1人だけ色が違ったが、この人がリーダーと思われる。
9時に5分前に5人は前に移動した。
向かって左から、フィドル、フラットマンドリン、ギター、ベース、バンジョーだ。このパターンなら40年近くから私も知っていて、聴いた事もある。ブルーグラスミュージックとは、この事だったのだ。懐かしい気持ちで聴かせて貰った。一つ一つの楽器のソロがある時は速い技巧で聴かせた。シンプルでとても楽しいものだった。Y先生もそう言っていた事を思い出した。
タイトルを今思い出せる曲は少ないが、曲は初めて聴いたものばかりだった。それはそうだろう、新曲だと言っていたし、と思った。
「スプリング タイム イン ヘヴン」「ノーワン ラヴズ ビフォアー マイン」「ゴー トゥー チャーチ」など。
Y先生の手捌きは、矢張り学生時代からやっている程あって、中々鮮やかなものであった。これなら楽しいだろう。Y先生は本業が立派な歯科医だが、プロみたいなものである。学生時代に結成された5人のこの仲間が今も続いていると言う事は、幸せなバンドと言っていいと思った。
リーダーは、あんまり曲がないのでと言いながら、気にしながら喋りを入れた。
「ちょっと小噺をします。あんまり真面目に聞かないで下さいね」
何度も、畏まって聞くなと言った。
「最近幼児虐待などの話が多いですね。これは、或る子供が愛情たっぷりに育てられていたけども、2人目の子供が出来た話です。親はどうしてもそちらに気持ちを向けずにはいられない。この子は、愛情が自分に向けられないとの危機感を抱いたのですね。それで思いついたのが、お母さんのオッパイに毒を塗る事だったのです。お母さんが眠っている間に何とか塗る事に成功しました。朝起きてみると、お父さんが死んでいたんです」
部屋の中には、くすくすと笑いが漏れた。何でこんな話をしたか分からないが、それでも可笑しかった。あの頃の人達は、こんな話で盛り上がっていたのかな。私とそんなに変わらない。仲間世代なんだけれど。
演奏は、9時30分に終わった。これで出れば、三宮からのバスにすぐ乗れると思った。だが、この良き、素晴らしい音楽にアンコールが起きた。
「ありがとうございます。2曲用意していますので」
軽いジョークを飛ばし、皆は笑い、再び演奏した。時間を気にしながら聴いた。三宮からのバスはこれを逃しても後2本はある。垂水までJRで行っても最終バスは終わり、タクシーとなる。幾ら何でも2000円は痛い。これを聴いたら、次10時からの演奏は聴かずに店を出る事にした。
終わってから、Y先生が私の横を通った。
「素晴らしかったです」
と言った。そうして奥さんのいる席に挨拶に行った。
「プロみたいですね。素敵でした」
と言った。すると隣の女性を指差してこう言った。
「この人が、仕事をしている主人は堂々としているのに、演奏してる時は緊張していたみたいって。又、聴いてやって下さい」
ここのライブハウスでの出演は、ゲストで2度目だそうだ。機会があったら、Y先生達の演奏を又聴いてみたい。このライブハウスは性格が違うので私のオカリナは無理だろうが、こんな所で定期演奏なんかが出来たら楽しいだろうと思った。同時に、誰が聴きに来てくれるだろうかと思いながら、笑ってしまった。誰も来やしないのにと・・。
補助席もフルに使った満員のバスは、10時20分に三宮のバス停を離れた。
「ブルーグラスミュージック」と言うのがそうだった。Y先生の趣味に、この他はゴルフがあった。ある日、私はY先生に聞いて見た。5人で、マイクを使わないでやれる、カントリーウエスタンよりも少し前からあったものだそうだ。Y先生は、フィドルを演奏すると言った。フィドルとは、ヴァイオリンの事である。
4月17日(土)にFortwortHと言うライブハウスで、ゲストとして演奏すると言う。Y先生は、そのライブハウスの4月のスケジュール表をプリントアウトしてくれた。夜7時からと言うので、是非行ってみたいと思った。
このライブハウスはJRさくら夙川駅からすぐで、国道2号線を挟んでエネオスの南、真向かいにある。駅から2分程だった。7時7時、と思っているものだから、夕食を済まそうと短い時間だがガストに入った。お勧めのステーキセットは1000円を切ったが、ここのガストのリピーターとなりそうになる程リーズナブルで、しかも美味かった。一生に1度も食べられるか分からない3万円のステーキも魅惑的だが、何故か庶民の私には、1000円でも遜色のないものだった。
こんな時、フリードリンクを付けないと勿体無い。200円で飲み放題だ。だからと言って10杯も飲めるものではないが、3杯も飲めば十分に元が取れるし、ここはコーヒーの種類も多く、それ以上にお茶の種類が多かった。お茶は又の機会にして、今回はコーヒーで攻めた。先ず食前のカプチーノ。満足だ。食後はエスプレッソとカプチーノ。普通のコーヒーは毎日3~4杯は飲んでいるので、違ったコーヒーを飲みたかった。勿論ブラックである。
慌てて飲み干すと、ライブハウスへと向かった。
客は私一人だった。幾つかのテーブルの上には、予約席のカードが乗っていた。ロングヘアーの男の子が、
「前がいいですか」
と聞いて来たので、一番後ろの、壁に凭れられる席に座る事にした。チケットは以前に予約していた。前では、簡単なリハーサルをしていた。そのY先生達のグループではなく、このライブハウスのオーナーのグループだった。「福原照晃&フォートワース・ラングラーズ」は、カントリーウエスタンで、ここはそう言う音楽を専門でやるライブハウスだった。つまりオーナーはその道のプロであり、昂じてこのFortwortHを作ったと言う訳だ。
こんな事ならもっと後から来れば良かったが、考えようによると、場所の確保(位置)を考えれば早くて正解だったとも思えた。
年配の男女が、ぼちぼち入って来た。殆ど常連だ。突然、随分大きなレスラー風の男が入って来た。兎に角体の回りが大きい。その内に赤い服を着た女が入って来た。その男を見るや2人はハグをして、前の右端に座った。ざっとテーブルには22人。若い人には分からないと思うが、曲尺(かねじゃく)のように角を占めた席には14人は座れると目測した。満員になれば36人は収容可能だ。私の後ろの高くなった所に椅子を置けば、40人は大丈夫と思われた。
私は、2杯はチケット代で飲めるその1杯目のジンライムを、ちびりちびりと飲んでいた。
「あんた大きいね」
と或る人が訊ねた。余り上手ではない日本語で、その出身がニューメキシコだと言う男が応えた。
「196キロです」
後で、この人は牧師をしている事が判明した。
8時になってすぐ、カントリーウエスタンが始まった。若い男女も4名聴きに来ていた。略席は詰まった。
オーナーは少々年配だったが、この音は古き良き時代を彷彿とさせた。1曲に1人のヴォーカルだが、このオーナーと、もう一人はきっと古き良き時代を生きたと思える女性だった。オーナーの声は衰えていなかった。極自然に歌っている。ハワイアンで使う弦楽器、ギター(ベースも含めて)が3人、後はドラムスの構成だった。何故かドラムは固い音がしていた。
曲名は記録しなかったので曖昧だが、「キス アン エンジェル グッド モーニング」「ディープ ウオーター」などで、どれも気持ちが楽しくなるものばかりだ。なだらかに気持ちを高揚させたくなったら又来ようと思った。
30分で終わり、次は9時からと10時からだと言った。それぞれ30分が休憩となる。
カントリーウエスタンが終わる前にどうしても自然現象を堪え切れなくなった。不思議に思っていると、原因がはっきりした。3杯もコーヒーを飲んでいたからだ。楽あれば苦もある、か。
音楽が始まってから少しした頃、Y先生が2人の女性と入って来た。私は出入り口に一番近い席にいた。Y先生は奥さんを私に紹介した。曲尺の曲った辺りが予約席で取ってあった。
終わると9時の出番の前に、Y先生が私の横に来た。
「今日は楽しみにして来ました」
と私が言った。
「音楽の先生ではないですか。音楽に関係してませんか」
とY先生は言った。
「とんでもありません。そんな事は全くありません」
オカリナを吹いていると言っても、音楽に詳しい訳でもなく、況して楽譜がきちんと読める訳でもない。
「新曲ばかりで、上手くないですよ」
とY先生は言った。その内同じシャツを下に来た人達が店に入って来た。1人だけ色が違ったが、この人がリーダーと思われる。
9時に5分前に5人は前に移動した。
向かって左から、フィドル、フラットマンドリン、ギター、ベース、バンジョーだ。このパターンなら40年近くから私も知っていて、聴いた事もある。ブルーグラスミュージックとは、この事だったのだ。懐かしい気持ちで聴かせて貰った。一つ一つの楽器のソロがある時は速い技巧で聴かせた。シンプルでとても楽しいものだった。Y先生もそう言っていた事を思い出した。
タイトルを今思い出せる曲は少ないが、曲は初めて聴いたものばかりだった。それはそうだろう、新曲だと言っていたし、と思った。
「スプリング タイム イン ヘヴン」「ノーワン ラヴズ ビフォアー マイン」「ゴー トゥー チャーチ」など。
Y先生の手捌きは、矢張り学生時代からやっている程あって、中々鮮やかなものであった。これなら楽しいだろう。Y先生は本業が立派な歯科医だが、プロみたいなものである。学生時代に結成された5人のこの仲間が今も続いていると言う事は、幸せなバンドと言っていいと思った。
リーダーは、あんまり曲がないのでと言いながら、気にしながら喋りを入れた。
「ちょっと小噺をします。あんまり真面目に聞かないで下さいね」
何度も、畏まって聞くなと言った。
「最近幼児虐待などの話が多いですね。これは、或る子供が愛情たっぷりに育てられていたけども、2人目の子供が出来た話です。親はどうしてもそちらに気持ちを向けずにはいられない。この子は、愛情が自分に向けられないとの危機感を抱いたのですね。それで思いついたのが、お母さんのオッパイに毒を塗る事だったのです。お母さんが眠っている間に何とか塗る事に成功しました。朝起きてみると、お父さんが死んでいたんです」
部屋の中には、くすくすと笑いが漏れた。何でこんな話をしたか分からないが、それでも可笑しかった。あの頃の人達は、こんな話で盛り上がっていたのかな。私とそんなに変わらない。仲間世代なんだけれど。
演奏は、9時30分に終わった。これで出れば、三宮からのバスにすぐ乗れると思った。だが、この良き、素晴らしい音楽にアンコールが起きた。
「ありがとうございます。2曲用意していますので」
軽いジョークを飛ばし、皆は笑い、再び演奏した。時間を気にしながら聴いた。三宮からのバスはこれを逃しても後2本はある。垂水までJRで行っても最終バスは終わり、タクシーとなる。幾ら何でも2000円は痛い。これを聴いたら、次10時からの演奏は聴かずに店を出る事にした。
終わってから、Y先生が私の横を通った。
「素晴らしかったです」
と言った。そうして奥さんのいる席に挨拶に行った。
「プロみたいですね。素敵でした」
と言った。すると隣の女性を指差してこう言った。
「この人が、仕事をしている主人は堂々としているのに、演奏してる時は緊張していたみたいって。又、聴いてやって下さい」
ここのライブハウスでの出演は、ゲストで2度目だそうだ。機会があったら、Y先生達の演奏を又聴いてみたい。このライブハウスは性格が違うので私のオカリナは無理だろうが、こんな所で定期演奏なんかが出来たら楽しいだろうと思った。同時に、誰が聴きに来てくれるだろうかと思いながら、笑ってしまった。誰も来やしないのにと・・。
補助席もフルに使った満員のバスは、10時20分に三宮のバス停を離れた。