自分に関係のある事が次々に現れて、吃驚する暇もない。
朝日新聞の別紙「be on Saturday」の一面にアンデスの山を、大きく小さく2羽のコンドルが悠々と飛んでいる写真が載っていた。A4版よりやや小さいが、私のオカリナのレパートリーにあるので早速読んだ。(文・中島鉄郎、写真・上田潤)
「コンドルは飛んで行く」
コンドルは、羽ばたいて上昇する能力がないと書いてある。それで標高3千メートル以上の山の岩陰から舞うように姿を現すのだそうだ。
この曲は、サイモン&ガーファンクルが歌って有名になったが、実はダニエル・アロミア・ロブレスさん(1871~1942)が、先住民の歌う民族音楽を採譜して作ったものだ。
「みどりの壁」(日本では1971年に公開されたペルー映画)の監督アルマンド・ロブレス・ゴイドさん(87)は、その息子だ。
「コンドルは飛んで行く」は、1912年、オペレッタの序曲として同名でダニエルさんが作ったものだった。ロブレスさんはサイモン&ガーファンクルのアルバムを聴き、その中に自分の父親の作品があるにも拘わらずクレジットがない事で、大阪万博に来る途中でニューヨークに寄り、著作権を確認する為の裁判を起こした。
作曲者がいない民謡と考えていたサイモン側は、2人の弁護士をペルーに派遣した。調査はロブレスさんの言う通りだった。それ以後、世界で演奏される「コンドルは飛んで行く」の著作権料は、ロブレスさんら、12人の息子に分けられると言う。
ペルーでこの曲を演奏するのは殆ど観光客向けで、多様で素晴らしい音楽文化を持っている彼らは、ペルーのお祭やパーティーでこの曲が演奏される事は殆どないと言う。
ショーで演奏されるアンデスの音楽。それは先住民系、スペイン系、奴隷として定着したアフリカ黒人系、その総てが混ざり合った収穫の音楽、祈りの音楽、闘いの音楽、性的興奮の音楽だ。ペルーは他民族・多言語の国だと、ショーの司会者が言っている。
ペルー文化庁は、「コンドルは飛んで行く」などダニエルさんの作品の幾つかを、国家文化遺産に指定した。ロブレスさん自身は、指定は余り意味がないと言った。
ロブレスさんが書斎から黄色い表紙の3巻の本を持って来て、見せてくれたそうだ。3巻で約1500ページ。その中には、父親が集めたと言う民謡が約900曲と作曲した約140曲の5線譜が収録してあった。
信仰の対象の山は動かないので、山から現れるコンドルコンドルが神聖な山の象徴となり、崇められていると言う。
しかし、コンドルへの信仰は、インカ帝国より遥か昔、古代文明が花開いていた紀元前後にまで遡るそうだ。
古代アンデス人の世界観は、「地下世界」「地上世界」「天上国」に分かれ、それぞれを象徴する動物として「大蛇」「ピューマ」「コンドル」が崇められていたと言う。
南米ペルーの首都リマから飛行機で1時間半。第2の都市アレキパから、約5千メートルの山越えを挟む6時間のドライブをすると、コンドル観察の拠点チバイ村に到着する。
車で1時間程のコルカ渓谷で朝7時から待つと9時半過ぎにコンドルが現れた。この曲の源流に近づこうと、近くで見られる数少ない観察地を訪れたそうだ。目にしたのは、3メートル程の体長の巨大な鳥だったと書いてある。
このタイトル、「天空から現れる神の鳥」の意味がこれでよく分かった。こうして記事を読んだり写真を見たりすると、「コンドルは飛んで行く」と言う曲が、一層雄大で神秘的なものになって行くのを感じる。オカリナのコンドルも、そんな風に飛ばなければならないと思った。
大ヒットになったサイモン&ガーファンクルの英語のタイトルは「If I could」で、その歌詞にはコンドルのコの字もないと言う。
サルスエラ(オペレッタ)の序曲は3部構成で、1部が物悲しい旋律、2部が行進調、3部が賑やかな調子。スペイン語では、「El Condor Pasa」と言う。
ペルー音楽に詳しい研究者・水口良樹さんの翻訳を載せておこう。インカ帝国の公用語だったケチュア語版の歌詞だ。
おお、アンデスの偉大なるコンドルよ
私をアンデスの我が家に連れ帰っておくれ
ああ、コンドルよ
何よりも懐かしいいとしの故郷へと帰りたい
そしてインカの兄弟たちと共に暮らしたいのだ
コンドルよ、クスコで、その中央広場で私を待っていておくれ
共にマチュピチュやワイナピチュを共に訪ねるその日まで
朝日新聞の別紙「be on Saturday」の一面にアンデスの山を、大きく小さく2羽のコンドルが悠々と飛んでいる写真が載っていた。A4版よりやや小さいが、私のオカリナのレパートリーにあるので早速読んだ。(文・中島鉄郎、写真・上田潤)
「コンドルは飛んで行く」
コンドルは、羽ばたいて上昇する能力がないと書いてある。それで標高3千メートル以上の山の岩陰から舞うように姿を現すのだそうだ。
この曲は、サイモン&ガーファンクルが歌って有名になったが、実はダニエル・アロミア・ロブレスさん(1871~1942)が、先住民の歌う民族音楽を採譜して作ったものだ。
「みどりの壁」(日本では1971年に公開されたペルー映画)の監督アルマンド・ロブレス・ゴイドさん(87)は、その息子だ。
「コンドルは飛んで行く」は、1912年、オペレッタの序曲として同名でダニエルさんが作ったものだった。ロブレスさんはサイモン&ガーファンクルのアルバムを聴き、その中に自分の父親の作品があるにも拘わらずクレジットがない事で、大阪万博に来る途中でニューヨークに寄り、著作権を確認する為の裁判を起こした。
作曲者がいない民謡と考えていたサイモン側は、2人の弁護士をペルーに派遣した。調査はロブレスさんの言う通りだった。それ以後、世界で演奏される「コンドルは飛んで行く」の著作権料は、ロブレスさんら、12人の息子に分けられると言う。
ペルーでこの曲を演奏するのは殆ど観光客向けで、多様で素晴らしい音楽文化を持っている彼らは、ペルーのお祭やパーティーでこの曲が演奏される事は殆どないと言う。
ショーで演奏されるアンデスの音楽。それは先住民系、スペイン系、奴隷として定着したアフリカ黒人系、その総てが混ざり合った収穫の音楽、祈りの音楽、闘いの音楽、性的興奮の音楽だ。ペルーは他民族・多言語の国だと、ショーの司会者が言っている。
ペルー文化庁は、「コンドルは飛んで行く」などダニエルさんの作品の幾つかを、国家文化遺産に指定した。ロブレスさん自身は、指定は余り意味がないと言った。
ロブレスさんが書斎から黄色い表紙の3巻の本を持って来て、見せてくれたそうだ。3巻で約1500ページ。その中には、父親が集めたと言う民謡が約900曲と作曲した約140曲の5線譜が収録してあった。
信仰の対象の山は動かないので、山から現れるコンドルコンドルが神聖な山の象徴となり、崇められていると言う。
しかし、コンドルへの信仰は、インカ帝国より遥か昔、古代文明が花開いていた紀元前後にまで遡るそうだ。
古代アンデス人の世界観は、「地下世界」「地上世界」「天上国」に分かれ、それぞれを象徴する動物として「大蛇」「ピューマ」「コンドル」が崇められていたと言う。
南米ペルーの首都リマから飛行機で1時間半。第2の都市アレキパから、約5千メートルの山越えを挟む6時間のドライブをすると、コンドル観察の拠点チバイ村に到着する。
車で1時間程のコルカ渓谷で朝7時から待つと9時半過ぎにコンドルが現れた。この曲の源流に近づこうと、近くで見られる数少ない観察地を訪れたそうだ。目にしたのは、3メートル程の体長の巨大な鳥だったと書いてある。
このタイトル、「天空から現れる神の鳥」の意味がこれでよく分かった。こうして記事を読んだり写真を見たりすると、「コンドルは飛んで行く」と言う曲が、一層雄大で神秘的なものになって行くのを感じる。オカリナのコンドルも、そんな風に飛ばなければならないと思った。
大ヒットになったサイモン&ガーファンクルの英語のタイトルは「If I could」で、その歌詞にはコンドルのコの字もないと言う。
サルスエラ(オペレッタ)の序曲は3部構成で、1部が物悲しい旋律、2部が行進調、3部が賑やかな調子。スペイン語では、「El Condor Pasa」と言う。
ペルー音楽に詳しい研究者・水口良樹さんの翻訳を載せておこう。インカ帝国の公用語だったケチュア語版の歌詞だ。
おお、アンデスの偉大なるコンドルよ
私をアンデスの我が家に連れ帰っておくれ
ああ、コンドルよ
何よりも懐かしいいとしの故郷へと帰りたい
そしてインカの兄弟たちと共に暮らしたいのだ
コンドルよ、クスコで、その中央広場で私を待っていておくれ
共にマチュピチュやワイナピチュを共に訪ねるその日まで