一昨日と言えば8日だが、たまたま立ち寄ったpianoさんのブログの「紅しだれコンサートin平安神宮」と言う大きな見出しが目に入った。すぐ下に「宗次郎」と書いてある。放って置けなかった。しかし、初めての人のブログだった。
美しい、まるでスライドショーのように、フィルムで言うと35mmの写真が5枚。更に間をおいて4枚。最後はやっぱり行き着く所はここだが、食べ物に関する写真が3枚並べられていた。
最初の5枚の写真の下には、「宗次郎」の「大黄河」が聴けるようにしてある。全て万端整っている感じがして、兎に角、読んで、観て、聴いた。
8日の「宗次郎」のコンサートの事がメインで書かれていた。ヤフーブログには、何人かのこのコンサートの様子を書いたものがあったが、私はこのpianoさんのブログに惹かれた。「piano」もその一つだったと思う。
他の人のブログから、宗次郎さんのコンサートは9日もやっている事を知った。京都だし、中学校の修学旅行以来の平安神宮だ。何だか行って見たい気になった。
9日午前中「ローソンチケットピア」で予約しに行った。既に完売していた。やっぱりなあ、と単純に思った。けれど当日券もある、とブログに書いてあったのを思い出した。決断を迫られた。枝垂桜のライトアップされた写真が頭に残っている。ちょいと行ってみる、と言った場所ではないけれど、腰を上げた。後は行くだけだった。
京都タワーが聳えている。行けば幾らでも行ける場所にありながら、余り行った事もない場所は、知らない遥かに大都会のように思われた。バス乗り場は5番である事と降りる場所は覚えていた。しかし、上にはA1とかA2とか書かれているのが目立ち、5番は見当たらない。横断歩道にいた案内人のようなおじさんに聞いた。A1がそうだった。端っこに行った。並んだのは2番目だった。一番前の左側の席に座った。
1区間は220円となっている。幾つかのバスストップで外人の集団が乗って来た。その辺りからバスは膨れて行った。当たり前のように外国人が乗って来る。私の席の横に夫婦らしい人が立った。フランス人だった。「ギャルソーン」なんて言っていたし「ジュネパ・・」なんて発音はフランス語だ。
「京都会館美術館前」に着くと、後ろに朱塗りの大きな鳥居があった。
外国を旅しているような感覚になって来た。平安神宮の建物は、左右対称で美しい。600円払って入場した。3時半位だっただろうか。空は青く、入った瞬間枝垂桜の大きさと美しさに圧倒された。デジカメに、撮り捲くった。濃いピンク、薄いピンク、池の向こうにある桜も折り重なって綺麗だ。入場者はみんなカメラマンになる。
中神苑
西神苑と同じく、平安神宮創建時作庭されたもので、庭の中央に蒼龍池がある。池の東側の大島(珊瑚島)から北岸にかけて、天正年間の三条・五条大橋の古石柱や梁を用いた沢飛び「臥龍橋」がある。また、光格天皇御遺愛の「折鶴」という珍種をも含め、池を囲んで杜若が群生し水面には、睡蓮や河骨が咲き、初夏には風趣に富んだ景色となる。
そう池の辺にある縦看板には墨書してあった。
枝垂桜だけ観たら帰る事にしていたので、明るい桜をじっくり見て回った。さて出口から出ようとする所に、背中にスタッフと書いたTシャツを着た若い男がいた。聞いて元々と思って聞いて見た。
「今日のコンサートのチケットは何処で売っていますか」
「ここを出たらテントがありますので、そこで売っています」
入るときにはテントはあったが、そんな気配は全くなかった。けれど、そう言われた以上微かな期待を持った。ひょっとして買えるかも知れないと。
何だかテントの辺りに30人位の人が並んでいた。もう入場の為にならんでいるのだろうと思ったが、念の為そこにいたスタッフに聞いてみた。
「ここは当日券を買う為に並んでいるのですか」
正しくそうだったのである。すると女の人が近づいて来て、私に同じような事を聞いた。一度来て、コンサートを聴いてみたいと思っていたと言った。
名前を聞いた事がないけれど、11日はウォン美音志のギター、12日は松本あすかのピアノがある。特に宗次郎を聴きたい為に来たのかどうかは聞きそびれたが、5時15分にチケットを購入するまで45分も時間があった。この女性とは、これを切っ掛けに、終わりまで私と一緒にいる事になる。
入場料はこのチケット代に含まれていると言った。2000円だった。
チケットを買えてからがまた、入場するまで並んで待つのに時間がかかる。6時15分が開場なのだ。6時になったら今入って枝垂桜を鑑賞している人達を、全部出すと言う。
どうせ入れるのだし、どこかぶらぶらしようとも思ったが、ちょっと辛抱すればいい事だし、ぶらぶらしてもすぐに戻らないといけないので、並ぶ事にした。2に共トイレに行きたかったので、お互いが並んでいる場所を確保する為に、1人が帰って来たら次が行く事にした。
この女性は新潟から8日に来たそうだ。飛行機か新幹線かしか頭になかったが、夜行バスで来たと言った。6時間と言っていたが、もう少しかかっているだろうと思う。次の火曜日にまた夜行バスで帰ると言う。娘が大学4回生になっていて、娘に会いに来て泊まっているらしい。「早く帰って欲しいんじゃないかなあ」と言ってはいたが、満更でもなさそうだった。それに、入学してから今回で京都に来たのは9回目だと言った。京都は殆ど回ったとも言った。
新潟は今年は雪が多く、寒かったそうだ。「酒が旨いでしょう」と聞いたら、「お米がいいから」と言って笑った。オカリナの話をしたら、やってみたいと興味を示した。教えてくれる所がないらしい。ならば、自分で楽しんだらいいと思う。私も、習わずにそうして来た。
いよいよ開場となった。まだ明るさが残っていたが、入った途端、私は2度同じ所に入った筈だったが、綺麗だと思った。その女性も感動を隠さなかった。日の光はあっても、ライトアップされた枝垂桜は、その妖艶さを弥が上にも見せ付けていた。陰影のある灯りは、目的の場所に急いでいる足を暫し止めさせる。何枚か写した。そして先を急いだ。
コンサート会場は東神苑だ。池のうえの通路の為の橋は、左右に座れるようになっている。どうせ音を聴けばいいと話して、演奏場所が見え難い方が2人が座れる分空いていたので、そこに腰を下ろした。竹が横に通して固定されているので、それが3分の2まで迫り出しているものだから、残りの3分の1程の所に座るのも、窮屈だった。
6時40分になるとステ-ジの照明が濃い青色に変わり、オカリナの音が程よく池の表を伝って来た。もう座ってなどいられなかった。40分程の演奏だから、立って聴くのもそんなに苦にならなかった。いつしか2人は、見易い所に分かれて聴いていた。
オリジナル曲「水心」が流れた。宗次郎さんの曲は飽きる程聴いているが、それでも不思議な世界に包まれた。バックミュージックを流しながらオカリナとヴァイオリンとのコラボであったり、宗次郎さんのオカリナだけのソロだったりした。無伴奏もなかなか行ける。私の明日の3曲は無伴奏にしているが、きっと聴く者は聴いているだろう。だから、私は舞台に立ちながら、ざわついていたってバック演奏だと思ってそれに徹したい。宗次郎さんも言っていたが、「とても気持ち良く吹いています」と。宗次郎さんの所までは、ここのざわつきなど、聞こえる筈もなかっただろうけれど。
オカリナ吹く時は、楽しく、気持ち良く、だ。
「森にかえる」「古の風」「観音」・・。この場に相応しい曲を演奏した。全部オリジナルで、何曲かは知っている曲だったらもっと楽しかっただろうと思った。それは、その女性も後で言っていた事だった。
「炎」の演奏になると照明は青から赤に変わり、ステージの宗次郎さんとヴァイオリンの今井さんの姿が、ステージの両側の桜と一緒になって、池に反対に映って揺れていた。
池の周りを一巡しても桜を観ていても音は聞こえるのだから、当日券などは無制限に発行しても、満員で聴けない、と言う事はなかろう。チケットがローソンで買えなかったから「宗次郎」は諦めていたが、これならいつでも買える事が分かった。枝垂桜だけでもと思っていたから、何だか得したような気がした。
2回目も入れ替えなしだが、もう堪能したので帰ろうとすると、見当たらなかった筈のずっと一緒だったあの女性が、私のすぐ近くに戻っていた。
外に出ると、大鳥居の側のバス停まで歩いた。私は5系統。その女性は46系統に乗る。バス停には、集団の固まりが出来た。先に46系統が来た。女性は「楽しかった」と言ってバスに乗った。チケットを買う前に並んでいる時、ブログの話もしたものだから、その時ブロブ名を聞かれた。恥ずかしいから、と言って言わなかった。教えていたら、新潟でこのブログを見たかもしれない。予期した訳でもなかったから、まるで旅で出会った人のようだった。あの妖艶な桜を両側に抱えたステージが、濃い青色の灯りと共に池に消えて行ったようだった。
乗ったバスの中から、手を振っていた。新潟の人と京都で会うなんて。
私の「平安神宮紅しだれコンサート2010」は、こうして終わった。枝垂桜も宗次郎も平安神宮も、不思議なタイミングだったとしか思えない。
美しい、まるでスライドショーのように、フィルムで言うと35mmの写真が5枚。更に間をおいて4枚。最後はやっぱり行き着く所はここだが、食べ物に関する写真が3枚並べられていた。
最初の5枚の写真の下には、「宗次郎」の「大黄河」が聴けるようにしてある。全て万端整っている感じがして、兎に角、読んで、観て、聴いた。
8日の「宗次郎」のコンサートの事がメインで書かれていた。ヤフーブログには、何人かのこのコンサートの様子を書いたものがあったが、私はこのpianoさんのブログに惹かれた。「piano」もその一つだったと思う。
他の人のブログから、宗次郎さんのコンサートは9日もやっている事を知った。京都だし、中学校の修学旅行以来の平安神宮だ。何だか行って見たい気になった。
9日午前中「ローソンチケットピア」で予約しに行った。既に完売していた。やっぱりなあ、と単純に思った。けれど当日券もある、とブログに書いてあったのを思い出した。決断を迫られた。枝垂桜のライトアップされた写真が頭に残っている。ちょいと行ってみる、と言った場所ではないけれど、腰を上げた。後は行くだけだった。
京都タワーが聳えている。行けば幾らでも行ける場所にありながら、余り行った事もない場所は、知らない遥かに大都会のように思われた。バス乗り場は5番である事と降りる場所は覚えていた。しかし、上にはA1とかA2とか書かれているのが目立ち、5番は見当たらない。横断歩道にいた案内人のようなおじさんに聞いた。A1がそうだった。端っこに行った。並んだのは2番目だった。一番前の左側の席に座った。
1区間は220円となっている。幾つかのバスストップで外人の集団が乗って来た。その辺りからバスは膨れて行った。当たり前のように外国人が乗って来る。私の席の横に夫婦らしい人が立った。フランス人だった。「ギャルソーン」なんて言っていたし「ジュネパ・・」なんて発音はフランス語だ。
「京都会館美術館前」に着くと、後ろに朱塗りの大きな鳥居があった。
外国を旅しているような感覚になって来た。平安神宮の建物は、左右対称で美しい。600円払って入場した。3時半位だっただろうか。空は青く、入った瞬間枝垂桜の大きさと美しさに圧倒された。デジカメに、撮り捲くった。濃いピンク、薄いピンク、池の向こうにある桜も折り重なって綺麗だ。入場者はみんなカメラマンになる。
中神苑
西神苑と同じく、平安神宮創建時作庭されたもので、庭の中央に蒼龍池がある。池の東側の大島(珊瑚島)から北岸にかけて、天正年間の三条・五条大橋の古石柱や梁を用いた沢飛び「臥龍橋」がある。また、光格天皇御遺愛の「折鶴」という珍種をも含め、池を囲んで杜若が群生し水面には、睡蓮や河骨が咲き、初夏には風趣に富んだ景色となる。
そう池の辺にある縦看板には墨書してあった。
枝垂桜だけ観たら帰る事にしていたので、明るい桜をじっくり見て回った。さて出口から出ようとする所に、背中にスタッフと書いたTシャツを着た若い男がいた。聞いて元々と思って聞いて見た。
「今日のコンサートのチケットは何処で売っていますか」
「ここを出たらテントがありますので、そこで売っています」
入るときにはテントはあったが、そんな気配は全くなかった。けれど、そう言われた以上微かな期待を持った。ひょっとして買えるかも知れないと。
何だかテントの辺りに30人位の人が並んでいた。もう入場の為にならんでいるのだろうと思ったが、念の為そこにいたスタッフに聞いてみた。
「ここは当日券を買う為に並んでいるのですか」
正しくそうだったのである。すると女の人が近づいて来て、私に同じような事を聞いた。一度来て、コンサートを聴いてみたいと思っていたと言った。
名前を聞いた事がないけれど、11日はウォン美音志のギター、12日は松本あすかのピアノがある。特に宗次郎を聴きたい為に来たのかどうかは聞きそびれたが、5時15分にチケットを購入するまで45分も時間があった。この女性とは、これを切っ掛けに、終わりまで私と一緒にいる事になる。
入場料はこのチケット代に含まれていると言った。2000円だった。
チケットを買えてからがまた、入場するまで並んで待つのに時間がかかる。6時15分が開場なのだ。6時になったら今入って枝垂桜を鑑賞している人達を、全部出すと言う。
どうせ入れるのだし、どこかぶらぶらしようとも思ったが、ちょっと辛抱すればいい事だし、ぶらぶらしてもすぐに戻らないといけないので、並ぶ事にした。2に共トイレに行きたかったので、お互いが並んでいる場所を確保する為に、1人が帰って来たら次が行く事にした。
この女性は新潟から8日に来たそうだ。飛行機か新幹線かしか頭になかったが、夜行バスで来たと言った。6時間と言っていたが、もう少しかかっているだろうと思う。次の火曜日にまた夜行バスで帰ると言う。娘が大学4回生になっていて、娘に会いに来て泊まっているらしい。「早く帰って欲しいんじゃないかなあ」と言ってはいたが、満更でもなさそうだった。それに、入学してから今回で京都に来たのは9回目だと言った。京都は殆ど回ったとも言った。
新潟は今年は雪が多く、寒かったそうだ。「酒が旨いでしょう」と聞いたら、「お米がいいから」と言って笑った。オカリナの話をしたら、やってみたいと興味を示した。教えてくれる所がないらしい。ならば、自分で楽しんだらいいと思う。私も、習わずにそうして来た。
いよいよ開場となった。まだ明るさが残っていたが、入った途端、私は2度同じ所に入った筈だったが、綺麗だと思った。その女性も感動を隠さなかった。日の光はあっても、ライトアップされた枝垂桜は、その妖艶さを弥が上にも見せ付けていた。陰影のある灯りは、目的の場所に急いでいる足を暫し止めさせる。何枚か写した。そして先を急いだ。
コンサート会場は東神苑だ。池のうえの通路の為の橋は、左右に座れるようになっている。どうせ音を聴けばいいと話して、演奏場所が見え難い方が2人が座れる分空いていたので、そこに腰を下ろした。竹が横に通して固定されているので、それが3分の2まで迫り出しているものだから、残りの3分の1程の所に座るのも、窮屈だった。
6時40分になるとステ-ジの照明が濃い青色に変わり、オカリナの音が程よく池の表を伝って来た。もう座ってなどいられなかった。40分程の演奏だから、立って聴くのもそんなに苦にならなかった。いつしか2人は、見易い所に分かれて聴いていた。
オリジナル曲「水心」が流れた。宗次郎さんの曲は飽きる程聴いているが、それでも不思議な世界に包まれた。バックミュージックを流しながらオカリナとヴァイオリンとのコラボであったり、宗次郎さんのオカリナだけのソロだったりした。無伴奏もなかなか行ける。私の明日の3曲は無伴奏にしているが、きっと聴く者は聴いているだろう。だから、私は舞台に立ちながら、ざわついていたってバック演奏だと思ってそれに徹したい。宗次郎さんも言っていたが、「とても気持ち良く吹いています」と。宗次郎さんの所までは、ここのざわつきなど、聞こえる筈もなかっただろうけれど。
オカリナ吹く時は、楽しく、気持ち良く、だ。
「森にかえる」「古の風」「観音」・・。この場に相応しい曲を演奏した。全部オリジナルで、何曲かは知っている曲だったらもっと楽しかっただろうと思った。それは、その女性も後で言っていた事だった。
「炎」の演奏になると照明は青から赤に変わり、ステージの宗次郎さんとヴァイオリンの今井さんの姿が、ステージの両側の桜と一緒になって、池に反対に映って揺れていた。
池の周りを一巡しても桜を観ていても音は聞こえるのだから、当日券などは無制限に発行しても、満員で聴けない、と言う事はなかろう。チケットがローソンで買えなかったから「宗次郎」は諦めていたが、これならいつでも買える事が分かった。枝垂桜だけでもと思っていたから、何だか得したような気がした。
2回目も入れ替えなしだが、もう堪能したので帰ろうとすると、見当たらなかった筈のずっと一緒だったあの女性が、私のすぐ近くに戻っていた。
外に出ると、大鳥居の側のバス停まで歩いた。私は5系統。その女性は46系統に乗る。バス停には、集団の固まりが出来た。先に46系統が来た。女性は「楽しかった」と言ってバスに乗った。チケットを買う前に並んでいる時、ブログの話もしたものだから、その時ブロブ名を聞かれた。恥ずかしいから、と言って言わなかった。教えていたら、新潟でこのブログを見たかもしれない。予期した訳でもなかったから、まるで旅で出会った人のようだった。あの妖艶な桜を両側に抱えたステージが、濃い青色の灯りと共に池に消えて行ったようだった。
乗ったバスの中から、手を振っていた。新潟の人と京都で会うなんて。
私の「平安神宮紅しだれコンサート2010」は、こうして終わった。枝垂桜も宗次郎も平安神宮も、不思議なタイミングだったとしか思えない。