フィエクサは眼を閉じて、湿った夜気を思い切り吸い込んだ。ミヤソの運んできた生臭いものを振り払おうと、何度か息を繰り返す。夜露の下りた青草の匂いで胸がいっぱいになった。ざわついた身体がゆっくりと静まっていくのがわかる。

そのとき、サネン葉の匂いがした。どきりとして眼を開けると、いつの間にかサネンが立っていた。

「兄、どうしたの」サネンが不思議そうな顔をした。

「いや、別に。それより遅かったな」

「兄、これ、お土産。亀加那がくれたの」

サネンは掌に載せたカサムチを差し出した。サネン葉の匂いはこれだったのだ。

「いいよ、サネンが食え」

「あたしはもう食べたから。それに、昔、兄は言ってたじゃない。カサムチは美味いって」

「そんなこと、よく憶えているな」

「憶えてる。小さいときのこと、兄が言ったことも自分が言ったことも、なんだって覚えてる」

サネンは月の下で餅を包むサネン葉を開いた。「さ、フィエクサ兄。食べて」

サネンに促され、フィエクサはカサムチを口に運んだ。黒砂糖の甘味とサネン葉の清々しい香りがあわさって、とてつもなく美味い。



こんな風に書けたら、私は小説家だ。

これは「月桃夜」の138頁から139頁に跨る部分の描写である。

今日の昼前にシマさんと会い、270円の吉野家の牛丼を食べ、喫茶店で少し話した。その時、「さねん餅」をくれたのだった。私はまだ図書館から連絡がなく、この本は読んでいない。貰った「さねん餅」は、この作品にある「カサムチ」の事だ。この作品の部分は、彼がコピーして来てくれたものだった。


家に帰ると、早速この「さねん餅」を食べた。原材料は餅米粉、黒糖、よもぎ、のシンプルなものだ。10センチちょっとの、サネン葉に包まれた一口バナナよりは小さなものだった。サネン葉は、一見するとまるで笹の葉のようだが、もう少し薄いもので、下手に剥こうものなら破れてしまいそうな繊細な感じがする。元がどの位の大きさの葉なのかは分からない。ただ、チマキのように包まれているのだ。

徐に捲ると、黒い餅が姿を表す。一瞬、おお! と感動する。黒いチマキは見た事も食べた事もなかった。サネン葉が草いきれのように香る。サネン葉だけならもっと違った匂いかも知れないが、そんな匂いがしたのは蓬のせいかも知れなかった。

お餅なのだから、手にべったりとくっ付くのは仕方がない。後で手を洗えば済む事である。口に入れると黒糖の味がする。普通に食べているチマキは味がある訳ではなく、砂糖を混ぜた黄な粉をつけて食べる。この「さねん餅」には、最初から味がついている。口の中で、黒糖が甘く広がる。

珍しさも手伝って、一気に3個食べてしまった。サネン葉の香りに誘われて、ついつい食べてしまいそうになる。食べようと思えば8個全部でもお腹に入りそうだ。初めて口にした、徳之島の「さねん餅」。このコピーを読みながら主人公になって食べる気持ちはまた格別である。そして、この文章にある「とてつもなく美味い」と書いてあるのが実感出来るようだった。

マリーさんとKOBAさんはもう既に「月桃夜」を読んでいる。もう一度、「カサムチ」を食べる追体験を私として欲しい。二人は本を読んだ。だが、私は餅を食べた。