さあ、明るい朝を迎えた。雀は鳴き、子供達が学校に通う。太い男の声がする。透る女の声がする。信号待ちの車のエンジンの音が、微かなガソリンの匂いを伴って聞こえて来る。信号が青に変わったのだろう。途端に騒音へと転じた。

今日1日の始まりで、まだどんな事があるか分からない。けれど、またまた読売新聞に登場願おう。私の代弁みたいな「今日のノート」から。


ふるさとの花二輪
2010.3.16 経済部長 泊吉実

「鳥取県や島根県は日本のチベットみたいなもの、人が住んでいるのか」。よりによって選良に、わが古里をそんな風に言われても、この春はどうにか我慢できる。古里を後にした才能と、古里に残る才能と。春に咲いた若い花二輪を誇らしく眺められるからだろう。

島根県の隠岐諸島は「人情の島」である。後鳥羽上皇ら流刑の都人を優しく迎えた。その古里からしこ名を取った隠岐の海が島根出身では88年ぶりの入幕を果たし、大阪場所の土俵に立った。端正な容姿に、几董(きとう)の句を思い浮かべるのはひいきが過ぎるだろうか。

<やはらかに人分けゆくや勝角力(かちずもう)>

商船の船長の夢を捨て、角界に飛び込んで5年の24歳。「地元の声援を重苦しく感じる時もあった」という言葉が、なぜか印象に残る。

隠岐諸島から南西70舛曚匹里箸海蹐法大国主命(おおくにぬしのみこと)を祭る出雲大社がある。「神話の国・出雲」を象徴する社の近くで将棋の里見香奈さんは生まれ、育った。女流名人位と倉敷藤花(くらしきとうか)の2冠に輝く18歳は、高校を卒業したばかり。「すごく応援してもらえるから」と古里に残って腕を磨く。

終盤の鋭い攻めを持つ「出雲のイナズマ」に、5冠を狙えと勝手な期待を寄せるのである。

古里とはやっかいなものかも知れない。支えにもなり、重荷にもなる。ひいきの引き倒しにならぬよう、お国自慢はここまでにしておく。



文章力はこの経済部長さんの方が遥かに勝るが、私の思いは全くこの通りだ。私の古里も島根県であり出雲なのである。動かす事の叶わぬ大切な出生地であり、私が生まれ、私を育んでくれた、紛れも無い唯一無二の古里なのだ。

この経済部長さんは、勿論この2人の事を書きたかったに違いない。しかし、本当にここで訴えたかったのは、大切な古里を日本のチベット呼ばわりしたこの人の暴言なのだと思う。この言葉が神戸市出身の人の口から出た事を思うと残念であり、悲しい気持ちがどっと押し寄せて来る。

経済部長さんと2人で悲しんでいても仕方がないが、先ず、暖かな心を示す事の出来る人であって欲しいと願うばかりだ。これは、神戸に住んでいるが故の、また政治的にも無力な者の、胸に収めておかなければならないエレジーなのだろうか。

人々は、殆どの者は、自分の古里を愛している。チベットの人が聞いたら、嘆きはもっと深刻で大きいだろうと思う。