ヤフー画面に移るまでの間とか、繋がり難くて時間がかかっている時など、絶好のオカリナの練習時間だ。赤(2G)を手に取るか、水色(1C)を手にするか、明るい褐色(イカロス)を持ち上げるか、このどれかである。大抵は水色と褐色がいい勝負である。

今は兎に角「川の流れのように」と「リュブリャーナの青い空」か、若しくは「コンドルは飛んで行く」のどれかだ。簡単な曲なのに慢心すると指がずれる。やらないと鋭さを失う。謙虚すぎると音にならない。とかく、オカリナは、やり難い。


昨日の読売新聞38ページに、「読者と記者の日曜便」と言うのが載っていて、タイトルは「『オカリナおじさん』の願い」だった。田口直樹記者による文章で、オカリナと来たら見過ごす訳にはいかなかった。



冷え込みが緩みましたね。私の職場、阪神支局の裏には桜の木があって、小さいつぼみがもうのぞいています。昔、支局長に叱られた記者が、この木の下で泣いたそうです。今の田中支局長は、叱った部下と一緒に号泣しそうな人情家で、「早よ、咲かんかな」と、木を見上げています。

そんな早春の風に乗せ、きょうは広島市安芸区の「オカリナおじさん」こと二宮正治さん(56)の便りを紹介したいと思います。

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音楽好きなお父さんに教わって、幼い頃からピアノを弾いたり、オカリナを吹いたりしていたという二宮さんですが、オカリナおじさんになったのは、21年前です。

<校内暴力に悩んでいた近所の中学校の保護者に依頼され、大勢の生徒を前に、「大きな古時計」や「アメージング・グレース」を披露しました。涙を流して聴いてくれる子がいました。心を込めれば伝わると感じました。それから、子どもの喜ぶ顔が見たくて、オカリナとハーモニカを持って近くの公園や海岸に出かけるようになりました。週に2回、夕暮れに15~20曲吹きます。お年寄りも集まり、多い時は100人にもなります。演奏するのは「故郷」や「愛の賛歌」「テネシー・ワルツ」など誰でも口ずさめる曲ばかりです>

場面が浮かぶようですね。楽器ひとつでそんな場が作れるなんて、すごいです。それに、同じ場所で長年演奏していると、時代の移り変わりもわかるのだそうです。10年ほど前から新しい住宅地が開けて、人口が急に増え出したとか。<ほかの地域から移り住む人が多くなり、隣の人の顔も分からないという声を聞くようになりました>

5年前には、小学生の女の子が近くの男に殺害される事件が近くで起きました。二宮さんも、胸を痛めました。<難しいかも知れないが、音楽で人の心を慰めよう。明日が見えず、生きづらい時代。だからこそ、心をつなぐ手助けをしたい>。そう考えて、一層、活動に力を入れるようになりました。

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二宮さんのもとには、聴衆からの便りが届きます。「親とうまくいかず、死のうと思ってたけど、生きる勇気がわいた」という、若い人の手紙もあったそうです。

<一番うれしいのは、聞きに来たお年寄りと小学生が曲の感想を言い合ったり、あいさつを交わすようになったりすること。共通の話題ができ、世代を超えて心が一つになれるんです>

私にまで、受話器の向こうから一曲聴かせてくださった二宮さん。音楽には人を救う力があると、私も思います。お人柄そのままにまっすぐな音色が、どうかたくさんの方の心に届きますように。




公園や海岸が二宮さんのステージ。それをもう20年も続けている直向なオカリナおじさん。ホールでの演奏など、あまり関係がないようだ。

どちらにしても、感動は届けられると思う。けれど、この二宮さんは自ら近くの公園や海岸に出向く。そこで癒された人、また救われた人がいるのはオカリナ冥利に尽きる話だ。自然と人が集まり、100人にもなる時があると言う。

人が人を救う、人の心を癒すと言う行為が、どれ程尊いことか。死のうと思っていた人が、生きる勇気を貰った瞬間もある。それは、鳥達が集まり話に耳を傾ける聖フランチェスコのようだ。どんなに小さい事でも、人の心をを動かすこと、それは尊い営みなのだと思う。

20年にもなる二宮さん、いや、オカリナおじさんの来し方を、公園や海岸はどう思って過ごして来たのだろうか。心を込めれば伝わると言うこのオカリナおじさんは、私のずっと向こうを、眩く歩いている。