朝7時の携帯のメロディーに起こされた。これでうっかり2度寝をするといけないと思い、何とか起き出しラジオのスイッチを入れると、韓国語の講座が始まったばかりだった。

昨日の豚汁と食べないでいた鯵の干物をレンジで温めると、それで朝食は十分だった。

オカリナを吹いてみたり、どのオカリナを持ち出すか見繕ったりしていると、いつの間にか時計は9時を回っていた。三宮行きの高速バスは9時40分とばかり思っていて、これに乗ると阪急王子公園駅から歩いて訪問する事になっているSさんのお宅までは約束の11時には少し早く着いてしまうと考えていた。10時10分のバスなら、遅れて到着する事は目に見えていた。

もう一度時刻表を見ると、その時間帯だけ9時54分となっていた。これだ、これはいい。悩むことはなかったのだ。雲散霧消の思いでバスに乗った。

うとうとしていると、30分もかからずに三宮に着く。便利なバスが出来たものだ。


阪急電車に乗る為に、広い横断歩道を西側に渡る時だった。後ろから、2人の母親達の声が聞こえた。

「もう3年生になるの?」

「4年生なのよ。分数が出来なかったら、将来駄目かもね。もう今から大変」

そんな会話だった。小さい悩みから大きな悩みまで色々だ。ブログの為にPCの前に座っていると生の声が聞けないが、出掛けると何か発見がある。

王子公園駅のコンビニに楽譜のコピーをしに入ったのが10時40分だった。丁度いい時間だと思った。


S氏からワインのお誘いを受けていた。ピアノの伴奏をして貰っているS氏の奥様Sさんと3人で、話が始まった。その前にS氏が「プロ並みのコーヒーを入れて来ます」と言い、ガラスコップに入って運び込まれたコーヒーは決め細やかな泡のようになっていて、横から見ると白いゆるやかなストライプ状になっていた。思わず「このコーヒーは、モーツァルトみたいだ」と言った。音楽的な芸術性を感じたからだった。それにしてもS氏は凄腕だ。


ブログをS氏は毎日書いている。私は、旅行などすると抜けてしまう。S氏の継続性には勝てないと思った。

音楽の話や仕事の話や韓国の話などを取りとめもなく話していただろうか。無口な私が、えらい饒舌になっていたようだ。

チェリーちゃんが最初は吠えたが、名前を呼んでいたら私の側にも来るようになった。昨日トリミングをして、とても気持ち良さそうだった。小さな2つの赤いリボンが可愛い。良かった、嫌われないで、と思った。でも、S氏の事が殊の外好きなのか、抱っこをして欲しくて、機会を窺っていた。部屋中の床の上を、滑りながら飛び回っている。ソファーはお気に入りのようだった。

暫くして、楽器で遊ぶ事になった。S氏はリコーダーを持って来た。2本はソプラノで1本はアルトだ。どれも木で出来ていて、昔私も欲しい時期があったものだ。家にあるのはその成れの果ての1,000円のリコーダーだ。これらは、桁の違う素晴らしいリコーダーである。

よくあれだけの難しい指遣いが出来るものである。

Sさんが、「春の小川」「朧月夜」「鯉のぼり」の3曲が繋がっている楽譜を持って来た。音域の少ないオカリナでも出来ると言う事で。S氏には下のパートをお願いして、私はオカリナのアルト管で吹いた。ちょっとは間違ったりしたけれど、音程の狂いがちなオカリナとリコーダーがよくハモっていたように思う。ピアノの伴奏がまたプロの伴奏なので、大変楽しいコラボとなった。

中学校時代に使っていた教科書を持って来て、その中から出来そうな曲をSさんが選んだ。それがバッハの「ラバーズコンチェルト」だった。吹いて行くうちに、聴いた事のある曲だと思い出した。

次に「これはどう?」と言って示されたのが「コンドルは飛んで行く」だった。S氏が吹き出すと、まるでケーナのように聞こえ、リコーダーはこの曲にぴったりだと思った。勿論上手いからで、そうでないとこんな音は出ない。これも上と下があり、下はS氏に吹いて貰った。私はソロ用に無伴奏で勝手に吹いていたが、こうして合わせるのも楽しいものだと思った。ピアノは縦横無尽だ。気持ちの良い伴奏で、楽しさも一段と増した。

「スカボロ フェアー」は、ポール・サイモンとアート・ガーファンクルの曲だ。サイモンとガーファンクルと言った方がよく分かり、懐かしいと思う。

「ふるさと」はオカリナでもよく吹くので、メロディーをお願いして私は下を吹いた。これは私から言い出した事で、楽譜があった訳ではない。2人で吹いてワンコーラス終わると2コーラスからピアノが自然に入って来て、メリハリのあるものになった。

最後に選んでくれたのが、フォスターの「夢路より」だった。これはソプラノC管で吹いた。素晴らしかった。よく3つの楽器が合っていたし、フォスターのメロディーが蘇ったのだ。思わず言った。「これ、どこかで演奏出来るね」と。

肩肘張らずに、こんな形で演奏出来る楽しさがあった。

楽器の値段の話になって、ヴァイオリンはストラディバリやガルネリは1億円を越え、弦は1,000万円もすると言うことから、他の楽器はどうだろう、と言う話に発展した。Sさんの話では、どんなにいいピアノでも1,500万円位だし、クラリネットでも150万円程だと言う事だった。


時は容赦なく昼を回った。今日は実はワインのお呼ばれだったのだ。S氏はこまめに動く。その度にチェリーちゃんも走る。S氏は3つグラスを用意した。3つとも形や大きさは違い、2つは特に大きなものだった。所謂ゆっくり香りを楽しむ為にチューリップの花の形をしたものだった。見た事はあっても、こんなでかいグラスで飲むのは初めてだ。S氏は「初めて使うグラスだ」と言った。

紙製の手提げ袋はまだ開けられていなかった。しっかり閉じられたテープを剥がすと、中から3本のボルドーワインが出て来た。2008年ものと2002年ものがあり、S氏は躊躇なく2002年ものの赤ワインを選んだ。美味しそうなサラダがテーブルに置かれた。皿とスプーンが運ばれ、最後にボルシチが鍋に入ったままコンロとともに置かれた。昨日から煮込んであるとの事だった。S氏の得意料理だ。先に2人で飲んでいて、途中からだったが3人で乾杯した。グラスの触れ合う音は、上等の打楽器のように、透明な音がした。

とても柔らかな肉。いい表現を知らないので困るが、とても美味い。余りにも柔らかいので蕪かなと思っていたのが実は大根だったり、人参は分かるけれどこれは色合いがとても美しかった。美味い上に、目で味わう事の出来る料理は最高だ。

今朝、夢を見ていた。確かに人参と大根の夢だった。1本1本、店にあるものを買おうとしていたのだ。そんな夢がこんな形で実現しているなど、考えても見なかった。「また、いつでも作りますよ」とS氏は言ったが、また機会があれば是非食べたいと思う程の腕前だった。

3人で1本のボトルはすぐになくなった。それとともに、残り時間もなくなって行った。2時半になっていた。3時からはレッスンがあるのでお暇する事にしたが、3時間半もお邪魔していたのだった。

顔は赤かったが、心にもポッとした灯りが点っていた。あれだけ長い日々を待ちながら、あっという間の出来事のように思われた。瞬間瞬間を大切に捕らえていないと、何もなかったかのような錯覚に陥ってしまう。瞬間の点を大事にして過ごし、それがキラキラとした一繋がりの線になるような生き方をしたいと思った。

豚マンとシュウマイを買って、時間待ちをしていたバスに乗った。心地よい眠りから覚めると、もうそろそろ降りる所まで来ていた。またこんな機会があれば喜んで訪問したいが、今日は忙しい中お誘いを頂いた美味しい料理と美酒と温かい心遣いに、心よりお礼を申し上げたい。場をより楽しくしてくれたチェリーちゃんにも。