また編集手帳? と言わないで欲しい。
誰に言ってるの? 日記なんだから、書きたいこと、書いて置きたいこと、載せないでは済まないことなどを残しておけばいいんじゃない?
この事を書きたかったのだけれど、いい言葉が浮かばない。そこに時宜を得た文章があった。これだ、と思ったのである。
2010年1月28日の編集手帳もよみうり寸評も同じ、可哀そうな痛ましい惨(むご)い事件をコラムで扱っている。こんな事があっていいのだろうか。この子は7歳で逝ってしまった。愛情のない継父、父鬼の手にかかって。
産声を上げ、声や音に反応し、目でものや姿を追い、寝返りをし、這い這いをし、伝い歩きをし、無心な笑顔を見せ、片言を喋り、可愛いことを言い、手を繋いで歩き、言うことを信じて聞き、よく大人の真似をし、自分で出来る事が嬉しく、行動範囲が広がり、友達が出来、小学校へ入学した。人生への幕開けだった。
時には親を笑わせてもくれただろう。社会批判ではなく、この事件を知った者達は、真っ先に救う事が出来なかったか、救ってやりたかった、と皆が悔しさを滲ませ思った事であろう。
編集手帳 1.28
ある感想を、漫談家の徳川夢声が日記に書いている。<不愉快なのは自己的な親の方が、愛情の深い親よりも孝行者に恵まれることだ>(1944年3月27日付)。
あの親に、この子はもったいない。心からそう思うときがある。今月24日に死亡した東京・江戸川の小学1年生、岡本海渡君(7)の記事を読み返している。
継父(31)と実母(22)が傷害致死容疑で逮捕された。以前にも、海渡君の胸や腹にできたアザを診療中の歯科医が見つけたり、「ギャー」という叫び声を近所の人が何度も聞いたりしている。日常的に虐待があったのだろう。
搬送先の病院で息を引き取る2日前、学校帰りの海渡君に近所の男性が「お父さんからいじめられていないか?」と声をかけた。「いじめられてません。悪いことをすれば怒られるけど」。そう答えたという。もっといい子になれば優しくしてくれると、けなげに信じていたか、小さな胸の内は知るべくもない。
痛くて悲しい仕打ちに、あなた方をかばうことで報いた子である。どんな青年に育っただろう。この世に二つとない宝物であったと、そう思わないか。父よ。母よ。
よみうり寸評 1.28
<石に布団は着せられず>――この石は墓石。今さら悔いても死んだ子は帰らない。もっとかわいがってやれば・・は後の祭りだ。
<三千世界に子を持った親の心はみな一つ>――それがうそのようにわが子を虐待する親が後を絶たない。東京・江戸川の小1・岡本海渡君が不憫でならない。わずか7歳の一生だった。
<石に布団・・>はもともと、父母の死後に、生前の不孝、親を邪険に扱ったことなどを悔いても遅いということわざだ。子供に対するその戒めを逆に親に言わねばならないのが情けない。
しかも邪険な扱いどころか、とんでもない虐待だった。後の祭りは全く取り返しのつかない犯罪だった。31歳で電気工の継父と、22歳で無職の実母。
父母になることは容易でも父母であることは難しい2人だった。昨年9月、胸や腹のアザを歯科医が見つけた。その通報で、区の「子ども家庭支援センター」も、学校も知っていたのに残念だ。
父母の劣化が怖い。銀、金、玉にも勝る<子宝>を死語にしてはならない。
今度は愛情一杯に育てて貰える父母の下に生まれて来てと願うばかりだが、そうであっても、それはこの海渡君のままの姿ではない。心から冥福を祈りたい。
本当は、冥福など祈りたくはなかった。
誰に言ってるの? 日記なんだから、書きたいこと、書いて置きたいこと、載せないでは済まないことなどを残しておけばいいんじゃない?
この事を書きたかったのだけれど、いい言葉が浮かばない。そこに時宜を得た文章があった。これだ、と思ったのである。
2010年1月28日の編集手帳もよみうり寸評も同じ、可哀そうな痛ましい惨(むご)い事件をコラムで扱っている。こんな事があっていいのだろうか。この子は7歳で逝ってしまった。愛情のない継父、父鬼の手にかかって。
産声を上げ、声や音に反応し、目でものや姿を追い、寝返りをし、這い這いをし、伝い歩きをし、無心な笑顔を見せ、片言を喋り、可愛いことを言い、手を繋いで歩き、言うことを信じて聞き、よく大人の真似をし、自分で出来る事が嬉しく、行動範囲が広がり、友達が出来、小学校へ入学した。人生への幕開けだった。
時には親を笑わせてもくれただろう。社会批判ではなく、この事件を知った者達は、真っ先に救う事が出来なかったか、救ってやりたかった、と皆が悔しさを滲ませ思った事であろう。
編集手帳 1.28
ある感想を、漫談家の徳川夢声が日記に書いている。<不愉快なのは自己的な親の方が、愛情の深い親よりも孝行者に恵まれることだ>(1944年3月27日付)。
あの親に、この子はもったいない。心からそう思うときがある。今月24日に死亡した東京・江戸川の小学1年生、岡本海渡君(7)の記事を読み返している。
継父(31)と実母(22)が傷害致死容疑で逮捕された。以前にも、海渡君の胸や腹にできたアザを診療中の歯科医が見つけたり、「ギャー」という叫び声を近所の人が何度も聞いたりしている。日常的に虐待があったのだろう。
搬送先の病院で息を引き取る2日前、学校帰りの海渡君に近所の男性が「お父さんからいじめられていないか?」と声をかけた。「いじめられてません。悪いことをすれば怒られるけど」。そう答えたという。もっといい子になれば優しくしてくれると、けなげに信じていたか、小さな胸の内は知るべくもない。
痛くて悲しい仕打ちに、あなた方をかばうことで報いた子である。どんな青年に育っただろう。この世に二つとない宝物であったと、そう思わないか。父よ。母よ。
よみうり寸評 1.28
<石に布団は着せられず>――この石は墓石。今さら悔いても死んだ子は帰らない。もっとかわいがってやれば・・は後の祭りだ。
<三千世界に子を持った親の心はみな一つ>――それがうそのようにわが子を虐待する親が後を絶たない。東京・江戸川の小1・岡本海渡君が不憫でならない。わずか7歳の一生だった。
<石に布団・・>はもともと、父母の死後に、生前の不孝、親を邪険に扱ったことなどを悔いても遅いということわざだ。子供に対するその戒めを逆に親に言わねばならないのが情けない。
しかも邪険な扱いどころか、とんでもない虐待だった。後の祭りは全く取り返しのつかない犯罪だった。31歳で電気工の継父と、22歳で無職の実母。
父母になることは容易でも父母であることは難しい2人だった。昨年9月、胸や腹のアザを歯科医が見つけた。その通報で、区の「子ども家庭支援センター」も、学校も知っていたのに残念だ。
父母の劣化が怖い。銀、金、玉にも勝る<子宝>を死語にしてはならない。
今度は愛情一杯に育てて貰える父母の下に生まれて来てと願うばかりだが、そうであっても、それはこの海渡君のままの姿ではない。心から冥福を祈りたい。
本当は、冥福など祈りたくはなかった。