「お前は立派な侍になれるきに。母はそう信じちゅう」。ドラマの中でそう龍馬に言った。


子どもを見ると親が分かると言うが、子どもに親の姿が写っているからである。

ドロシー・ロー・ノルトの後半部の良い姿が写っている箇所を書き上げてみよう。


励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる。

広い心でせっすれば、キレる子にはならない。

誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ。

愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ。

認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる。

見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる。

分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ。

親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る。

子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ。

やさしく、思いやりをもって育てれば、子どもは、やさしい子に育つ。

守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ。

和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、このよの中はいいところだと思えるようになる。


自分がどうされたいかを考えれば自ずと分かって来る事だが、自分がどうされたいかを考える前に賛成できかねる行動に出てしまう事が多い。不満や不愉快や不機嫌な気持ちでいたり、馬鹿にしたり叱ったり乱暴をしたりしていたら育つ子も育たない。いいものばかりの世の中ならいいが、それは期待出来ない事だ。ならば、子どもに対して、良くない思いや行動の範囲をぐっと縮めて、いい思いや、いい言葉や、いい行動を出来るだけ表せるようにする事が、いい子どもを作る基になるのではないかと思う。

日本にも、よく聞いたであろう古来からの子育ての格言がある。これはどう言う子どもにするかの5つの心の在り方を言葉で教えたものだ。このような言葉が当たり前のように出る為にはどう育てるかは書いてないが、考えてみるには十分なテーマなのだ。

日常五心の訓

「ハイ」と云う素直な心

「ありがとう」と云う感謝の心

「すみません」と云う反省の心

「私がします」と云う奉仕の心

「おかげさまで」と云う謙虚な心


私が照らし合わせてみるに、どれも中途半端で恥ずかしい限りである。これを機に、ドロシーさんの言葉と合わせながら、そんな言葉を発したり行動出来たりするように、ゆっくり考えてみたいと思う。


在る会社の社長が、部下をどう観ているかと言うような事を会長から聞かれ、「出来るだけ部下のいい所を見るようにしています」と胸を張って答えた所、その会長はこう言ったそうだ。「私には、部下のいい所しか見えないんだよ」と。



ああ、人間っていいな。空のように広くて、海のように深いんだもの。