久し振りのコリアタウンへ、商店の連なる狭い路をK君と歩いた。目的は「高橋まゆみ創作人形展」だったが、初めてと言うコリアタウンで、遅い昼食を取るのが先だった。
要らなくなった傘を持って歩くのも、頭に大きなリボンを付けているような違和感があった。早く何処かに置きたい気持ちがした。K君は、帰りに上手にそれを忘れて来た。取りに行こうと言ったが、要らないと言った。安かったからと言うのがその理由だ。
いつも必ず寄る「班家食工房」でチャジャン麺を食べた。一段高い座敷の右手には、パジとチマのチョゴリを着た男女の等身大の人形があり、正面には幾つかの供物が本物のように置かれていた。青や黄色やピンクの色彩は、否が応でも韓国らしい雰囲気を醸し出していた。
食べ終わると缶に入った韓国海苔を買った。一時1600円していたが、徳山物産の会長が、出来るだけ安くしようと言うので、1300円になっている。
「1000円にして」
と言ったが、
「それは駄目です」
と本気だか冗談だか分からない風に、出身は釜山だと言う中年の女が言った。輪をかけて、
「10個買ったら、1000円になる?」
と聞いて見た。それでも駄目だと言った。冷静に考えてみると、2缶サービスした事になる。私だって駄目だと言うに違いない。心の中で笑って、顔には出さなかった。
少し発音の可笑しい所はあったが、「すっから」と言う月刊誌の記事を読んで、日韓友好の事が書いてあると言った。私が逆にこれ位の韓国語を読む力があったらなと思った。
もう一人の女も側に来て、4人で喋った。その女は完璧に話した。垂水の朝鮮学校に通ってから大学に入ったと言った。親の出身は慶尚道と言っていた。
「日本語上手いなあ」
と失礼な事を言った。生まれてこの方日本に住んでいるのだから、日本人と全く変わらない。かなり4人で喋ったが、次に進めない。K君も1缶買って出た。
おっと、この店、チェ・ジウが来て、ここで映画のワンシーンを撮っていたのだ。この貴重なチャンスに、私は乗っかれなかったのを悔やむ。
キムチが欲しいと言ったので、私がこの界隈では一番旨いと思っている「山田商店」に行った。今は店を大きくしていて、新しくなっている。500円でも結構重いし、量もある。ポギキムチなら4箱分の量はあるだろう。いかにお得か分かると言うものだ。結局2人は同じものを買った事になる。
最初桃谷で会ったので、帰りは鶴橋まで歩いた。近鉄線に乗って次の駅上本町で降りた。すぐ近くの近鉄百貨店の9階が目的の場所だ。催し会場では、高橋まゆみの人形が展示されていた。500円だ。
高橋まゆみさん本人とは、惜しくも擦れ違いだった。本人の許可を得て、オカリナを吹こうと思っていたのだ。何と、中に入ると、宗次郎の浜辺の歌が、それだけ何度も繰り返し鳴っていた。幾ら上手い人だと言っても、何遍も聴くと「もういらない」と叫びそうになって来るから勝手なものだとは思う。私は、「朧月夜」「茶摘」「里の秋」「たきび」を四季の順に吹こうと考えていた。もっとと言われれば、「春の小川」「夏の思い出」「紅葉」「冬景色」、幾らでもあるのだ。伴奏もなしで、素朴でいいだろうなと、一人で残念がっていた。
「よう、そんな勇気があるな」
とK君が言ったが、
「本当は恥ずかしいけど、やらなかったら広まらない」
と答えた。
あの懐かしい人形達が、ずらりと並んでいる。結構実物は大きく、30~50センチはありそうだった。順番や配置にもよるが、「頑固ばーさんの家出」が先ず目に入った。インパクトがある。あの左目の下のほくろが頑固さを更に強調しているようだった。「おせわさん 気合い一つで 家を出る あんな鬼嫁 話すもしゃくだ」。背中には鍋と傘。手には枕を抱えて。笑いそうにもなり泣きそうにもなる。
以前紹介したので長々とは書かないが、写真とは違って立体的なので、見る角度によって様々な表情を感じる事が出来るのだ。私の子どもの頃の時代を彷彿とさせる。手や表情など、細かいところにこの時代に生き、それをよく見詰めて来た人にしか出来ない表現があった。
駅のプラットホームでの様子。家の庭の中の便所で子どもがお尻を出して用を足している姿が懐かしい。
農家の広い庭。おばあちゃんが真ん中に筵を敷いて座っている。父ちゃん母ちゃんがベンチに座り、若いカップルは楽しそうに空を見上げている。近くで打ち上げられている花火を見ているのだ。小さな子どもは二人で下を見ながら線香花火に興じている。なんと平和な瞬間だろう。
2本の傘を持って子どもを迎えに行くおじいちゃん。嬉しそうな顔を見ると涙が出る。
「母の手」がやさしかった。「つらい時があったら 何も語らず 寝たきりの母にもたれて いつしか うとうとと・・・・ どのくらい時がたったのだろう ふと めがさめると か細い 母の手が 私の肩を なでていた」。これは、全部見た後に、もう一度見た。誰にも感動を与える『やさしさ』と言うタイトルなのだった。
「楽しみの 一つすらない 母の手に 持たせて帰る 赤い万華鏡」。覗いているのか覗いていないのか、眼からずれているこの表現の切なさよ、「赤い万華鏡」の母に見蕩れる。
じいちゃんが手をそっと開いて子どもに見せる「ほたる」。「夏一夜 あま水 にが水 すいながら 灯す命を つなぐ手のひら」。なんと蛍のおしりが本物のように光っては消えていた。
何度でも見たくなる懐かし人形達だった。その中に、紛れもなく私がいたからだ。そんな思いで見る人は多かったと思う。配置も良かった。大学ノートに感想を書いて出た。ブログの癖で、13行にはなったのではないか。
地下でジュースを飲み時間を潰した積もりだったが、S君はもう鶴橋に来ていると言う。慌てて電車に乗り、鶴橋に着いた。S君は6時には着いていたと言った。6時半頃に約束をしてはいたが、こんな事ならジュースは余分だったかも知れない。余り美味くなかったし。
路地の両側は殆ど焼肉屋が並んでいる中、老舗の「鶴一」に入った。大きい店なのだろう。3階に通された。
生ビールから始まった。5種盛りの肉を注文した。ロース、ミノ、ホルモンと言った盛りである。話と言えばいつものように肩の凝らない話だが、これを至福の一時と言う。
「タバコは身体に悪い」
とS君が言う。更に、
「ハイライトは13ミリもあるし、あれはニコチンが強い。13ミリかどうかははっきりしないけどね」
「僕は昔ピースを吸っていたよ。両切りの。美味かったけど、これって強いかなあ」
と言うと、
「一番強いよ。20ミリだもの」
とS君は驚きを隠せない様子で答えた。
「でも、ピースだったよ」
「冴えてるなあ」
とK君は言い、
「座布団、座布団」
とS君は言った。
「家でこんな事言ったら、5点か0点だよ」
と言って笑った。
また韓国に行きたいと言う話が出て、釜山は行ったから今度は済州島がいいと言う事になった。5月位に、菜の花が咲き乱れる頃。それは私も望むところだが、こんなに旅だらけでは困るので11月頃にしようと言った。私は韓国なら同じところでも何度でも行きたいとは思っている。
それにしても、どうして即決してしまうんだろう。もう2人とも今年中に行けると思っている。誰を誘うか指を折りながら、名前を挙げていた。
「雉鍋が美味いんだよ。アワビも美味いしな」
たったそれだけの事でも真剣に聞いているから面白い。円筒状の物を置くと、コロコロと坂を上って行く「トッケビ キル(お化け道路)」と言う道もあるし、「トン テジ」がどのように飼われていたかが実際に分かる場所で説明もしてくれる。「トン テジ」が何であるかは自分で調べて欲しい。説明し難い。
済州島は三多島とか三無島と呼ばれている。現在は怪しくなっているかも知れないが、そんな島だった。韓国人でも新婚旅行に行く程の美しい島、東洋一のリゾート地でもある。
おっと、三多島とは「女、風、石」が多い島と言う訳だ。では三無島とは何か。それは「盗人、門、乞食」がいなかったり、なかったりなのだ。今は何と呼ばれているかって? この他には三宝島と言われていて、「漁業、植物、観光」が島の宝だそうだ。
生ビールを2杯飲むとマッコリを1本注文した。「二東(イドン)マッコリ」と言って、これは有名である。720mlで1800円。度数は高くなく8度だ。幾らでも飲めそうな濁り酒だ。韓国では大きな木のボールに入れて出されるから、コップに掬って飲む事になる。これがまた風情があるし、一体感が保たれるのだ。
「浅野ゆう子、どうする?」
と言う話になった。以前三宮の、浅野ゆう子さんのお母さんが経営しているスナック(クラブ?)に、この2人ともう1人の4人で行った事があった。私が以前から知っていた事もあって、お母さんと言うかママさんはずっと私たちの所にいてくれた。みんなもとても喜んでくれて、何かあったら連絡すると言う事で、住所を知らせていた。
もう40周年を迎えるので、ささやかなパーティーをしたいとの案内が皆に来ていた。S君もK君も、私が出席するなら行ってもいいと言う。ゆう子さんは一度会って話してみたい人だったので、滅多に無いチャンスではある。ママからは「オカリナ吹いたら」とまで言われていたし、ゆう子さんが聴いてくれたら嬉しい事この上ない。が、その日は、よそのオカリナフェスティバルに出演する事にしていて、既にエントリーされている。断れない事はないが、ゲストとも話がしたかったし、その齋藤由美香さんの素敵な演奏を聴きたいと思っていた。どちらにするか、判断に困る。しばらく考えようと思っている。
ビールを2本注文し、ロースを3人前注文した。野菜も頼んでいたが、トウモロコシなど結構大きく切ってあった。
「Hちゃんがブログに書いてたけど、今こうしている時が一番幸せな時だって。この出会っている瞬間が、一番輝いている時だっとあったけど、いい言葉だと思った」
とK君が言った。Hちゃんとは私の事だ。子どもの頃からの付き合いだから、こう呼ばれるのだ。
「S君はよく、こうして我々と付き合うようになったなあ。俺達も嬉しいよ」
「最初は看護師のYさんが同窓会に連れて行ってくれたのが切っ掛けでね」
「じゃあ、Yさんは恩人だな」
「S君は医者だから、色んな事只で聞けるしな。いい事尽くめだ」
時計を見ると9時半を回っていた。ここは鶴橋だ。そろそろ出ないと午前様になってはまずい。去りがたかったが、仕方がない。
JRに乗ると、S君は京橋で降り、K君とは大阪で別れた。私は新快速に乗り、神戸から各停に乗り換えた。
「鶴一」もタレに好き好きがあるのか、ちょっと甘いとか言っていた。今度神戸に来たら、連れて行きたい肉関係の店が3つある。焼肉なら「羅生門」。厚みのある焼肉を食べるなら、有名人が沢山来た「けいしゅう」。ステ-キなら「みやす」に連れて行きたい。「六段」や「かわむら」、「A-1」・・、いくらでも旨い所はある。
これらは21日の出来事だが、S君はきっと今日22日に、高橋まゆみの人形展を見に行っている筈だ。K君が、行きたくなるような説明をしていたから。
垂水に着いたら11時前だった。娘にお願いをして、迎えに来て貰った。もし駄目だったら、1時間はかかる寒いバス道に沿って、歩いて帰る積もりだった。アイスの「ジャンボモナカ」を齧りながら、来てくれる安心感とゆとりの中で、ゆっくり待つ事にした。タクシー? 勿体無い!
要らなくなった傘を持って歩くのも、頭に大きなリボンを付けているような違和感があった。早く何処かに置きたい気持ちがした。K君は、帰りに上手にそれを忘れて来た。取りに行こうと言ったが、要らないと言った。安かったからと言うのがその理由だ。
いつも必ず寄る「班家食工房」でチャジャン麺を食べた。一段高い座敷の右手には、パジとチマのチョゴリを着た男女の等身大の人形があり、正面には幾つかの供物が本物のように置かれていた。青や黄色やピンクの色彩は、否が応でも韓国らしい雰囲気を醸し出していた。
食べ終わると缶に入った韓国海苔を買った。一時1600円していたが、徳山物産の会長が、出来るだけ安くしようと言うので、1300円になっている。
「1000円にして」
と言ったが、
「それは駄目です」
と本気だか冗談だか分からない風に、出身は釜山だと言う中年の女が言った。輪をかけて、
「10個買ったら、1000円になる?」
と聞いて見た。それでも駄目だと言った。冷静に考えてみると、2缶サービスした事になる。私だって駄目だと言うに違いない。心の中で笑って、顔には出さなかった。
少し発音の可笑しい所はあったが、「すっから」と言う月刊誌の記事を読んで、日韓友好の事が書いてあると言った。私が逆にこれ位の韓国語を読む力があったらなと思った。
もう一人の女も側に来て、4人で喋った。その女は完璧に話した。垂水の朝鮮学校に通ってから大学に入ったと言った。親の出身は慶尚道と言っていた。
「日本語上手いなあ」
と失礼な事を言った。生まれてこの方日本に住んでいるのだから、日本人と全く変わらない。かなり4人で喋ったが、次に進めない。K君も1缶買って出た。
おっと、この店、チェ・ジウが来て、ここで映画のワンシーンを撮っていたのだ。この貴重なチャンスに、私は乗っかれなかったのを悔やむ。
キムチが欲しいと言ったので、私がこの界隈では一番旨いと思っている「山田商店」に行った。今は店を大きくしていて、新しくなっている。500円でも結構重いし、量もある。ポギキムチなら4箱分の量はあるだろう。いかにお得か分かると言うものだ。結局2人は同じものを買った事になる。
最初桃谷で会ったので、帰りは鶴橋まで歩いた。近鉄線に乗って次の駅上本町で降りた。すぐ近くの近鉄百貨店の9階が目的の場所だ。催し会場では、高橋まゆみの人形が展示されていた。500円だ。
高橋まゆみさん本人とは、惜しくも擦れ違いだった。本人の許可を得て、オカリナを吹こうと思っていたのだ。何と、中に入ると、宗次郎の浜辺の歌が、それだけ何度も繰り返し鳴っていた。幾ら上手い人だと言っても、何遍も聴くと「もういらない」と叫びそうになって来るから勝手なものだとは思う。私は、「朧月夜」「茶摘」「里の秋」「たきび」を四季の順に吹こうと考えていた。もっとと言われれば、「春の小川」「夏の思い出」「紅葉」「冬景色」、幾らでもあるのだ。伴奏もなしで、素朴でいいだろうなと、一人で残念がっていた。
「よう、そんな勇気があるな」
とK君が言ったが、
「本当は恥ずかしいけど、やらなかったら広まらない」
と答えた。
あの懐かしい人形達が、ずらりと並んでいる。結構実物は大きく、30~50センチはありそうだった。順番や配置にもよるが、「頑固ばーさんの家出」が先ず目に入った。インパクトがある。あの左目の下のほくろが頑固さを更に強調しているようだった。「おせわさん 気合い一つで 家を出る あんな鬼嫁 話すもしゃくだ」。背中には鍋と傘。手には枕を抱えて。笑いそうにもなり泣きそうにもなる。
以前紹介したので長々とは書かないが、写真とは違って立体的なので、見る角度によって様々な表情を感じる事が出来るのだ。私の子どもの頃の時代を彷彿とさせる。手や表情など、細かいところにこの時代に生き、それをよく見詰めて来た人にしか出来ない表現があった。
駅のプラットホームでの様子。家の庭の中の便所で子どもがお尻を出して用を足している姿が懐かしい。
農家の広い庭。おばあちゃんが真ん中に筵を敷いて座っている。父ちゃん母ちゃんがベンチに座り、若いカップルは楽しそうに空を見上げている。近くで打ち上げられている花火を見ているのだ。小さな子どもは二人で下を見ながら線香花火に興じている。なんと平和な瞬間だろう。
2本の傘を持って子どもを迎えに行くおじいちゃん。嬉しそうな顔を見ると涙が出る。
「母の手」がやさしかった。「つらい時があったら 何も語らず 寝たきりの母にもたれて いつしか うとうとと・・・・ どのくらい時がたったのだろう ふと めがさめると か細い 母の手が 私の肩を なでていた」。これは、全部見た後に、もう一度見た。誰にも感動を与える『やさしさ』と言うタイトルなのだった。
「楽しみの 一つすらない 母の手に 持たせて帰る 赤い万華鏡」。覗いているのか覗いていないのか、眼からずれているこの表現の切なさよ、「赤い万華鏡」の母に見蕩れる。
じいちゃんが手をそっと開いて子どもに見せる「ほたる」。「夏一夜 あま水 にが水 すいながら 灯す命を つなぐ手のひら」。なんと蛍のおしりが本物のように光っては消えていた。
何度でも見たくなる懐かし人形達だった。その中に、紛れもなく私がいたからだ。そんな思いで見る人は多かったと思う。配置も良かった。大学ノートに感想を書いて出た。ブログの癖で、13行にはなったのではないか。
地下でジュースを飲み時間を潰した積もりだったが、S君はもう鶴橋に来ていると言う。慌てて電車に乗り、鶴橋に着いた。S君は6時には着いていたと言った。6時半頃に約束をしてはいたが、こんな事ならジュースは余分だったかも知れない。余り美味くなかったし。
路地の両側は殆ど焼肉屋が並んでいる中、老舗の「鶴一」に入った。大きい店なのだろう。3階に通された。
生ビールから始まった。5種盛りの肉を注文した。ロース、ミノ、ホルモンと言った盛りである。話と言えばいつものように肩の凝らない話だが、これを至福の一時と言う。
「タバコは身体に悪い」
とS君が言う。更に、
「ハイライトは13ミリもあるし、あれはニコチンが強い。13ミリかどうかははっきりしないけどね」
「僕は昔ピースを吸っていたよ。両切りの。美味かったけど、これって強いかなあ」
と言うと、
「一番強いよ。20ミリだもの」
とS君は驚きを隠せない様子で答えた。
「でも、ピースだったよ」
「冴えてるなあ」
とK君は言い、
「座布団、座布団」
とS君は言った。
「家でこんな事言ったら、5点か0点だよ」
と言って笑った。
また韓国に行きたいと言う話が出て、釜山は行ったから今度は済州島がいいと言う事になった。5月位に、菜の花が咲き乱れる頃。それは私も望むところだが、こんなに旅だらけでは困るので11月頃にしようと言った。私は韓国なら同じところでも何度でも行きたいとは思っている。
それにしても、どうして即決してしまうんだろう。もう2人とも今年中に行けると思っている。誰を誘うか指を折りながら、名前を挙げていた。
「雉鍋が美味いんだよ。アワビも美味いしな」
たったそれだけの事でも真剣に聞いているから面白い。円筒状の物を置くと、コロコロと坂を上って行く「トッケビ キル(お化け道路)」と言う道もあるし、「トン テジ」がどのように飼われていたかが実際に分かる場所で説明もしてくれる。「トン テジ」が何であるかは自分で調べて欲しい。説明し難い。
済州島は三多島とか三無島と呼ばれている。現在は怪しくなっているかも知れないが、そんな島だった。韓国人でも新婚旅行に行く程の美しい島、東洋一のリゾート地でもある。
おっと、三多島とは「女、風、石」が多い島と言う訳だ。では三無島とは何か。それは「盗人、門、乞食」がいなかったり、なかったりなのだ。今は何と呼ばれているかって? この他には三宝島と言われていて、「漁業、植物、観光」が島の宝だそうだ。
生ビールを2杯飲むとマッコリを1本注文した。「二東(イドン)マッコリ」と言って、これは有名である。720mlで1800円。度数は高くなく8度だ。幾らでも飲めそうな濁り酒だ。韓国では大きな木のボールに入れて出されるから、コップに掬って飲む事になる。これがまた風情があるし、一体感が保たれるのだ。
「浅野ゆう子、どうする?」
と言う話になった。以前三宮の、浅野ゆう子さんのお母さんが経営しているスナック(クラブ?)に、この2人ともう1人の4人で行った事があった。私が以前から知っていた事もあって、お母さんと言うかママさんはずっと私たちの所にいてくれた。みんなもとても喜んでくれて、何かあったら連絡すると言う事で、住所を知らせていた。
もう40周年を迎えるので、ささやかなパーティーをしたいとの案内が皆に来ていた。S君もK君も、私が出席するなら行ってもいいと言う。ゆう子さんは一度会って話してみたい人だったので、滅多に無いチャンスではある。ママからは「オカリナ吹いたら」とまで言われていたし、ゆう子さんが聴いてくれたら嬉しい事この上ない。が、その日は、よそのオカリナフェスティバルに出演する事にしていて、既にエントリーされている。断れない事はないが、ゲストとも話がしたかったし、その齋藤由美香さんの素敵な演奏を聴きたいと思っていた。どちらにするか、判断に困る。しばらく考えようと思っている。
ビールを2本注文し、ロースを3人前注文した。野菜も頼んでいたが、トウモロコシなど結構大きく切ってあった。
「Hちゃんがブログに書いてたけど、今こうしている時が一番幸せな時だって。この出会っている瞬間が、一番輝いている時だっとあったけど、いい言葉だと思った」
とK君が言った。Hちゃんとは私の事だ。子どもの頃からの付き合いだから、こう呼ばれるのだ。
「S君はよく、こうして我々と付き合うようになったなあ。俺達も嬉しいよ」
「最初は看護師のYさんが同窓会に連れて行ってくれたのが切っ掛けでね」
「じゃあ、Yさんは恩人だな」
「S君は医者だから、色んな事只で聞けるしな。いい事尽くめだ」
時計を見ると9時半を回っていた。ここは鶴橋だ。そろそろ出ないと午前様になってはまずい。去りがたかったが、仕方がない。
JRに乗ると、S君は京橋で降り、K君とは大阪で別れた。私は新快速に乗り、神戸から各停に乗り換えた。
「鶴一」もタレに好き好きがあるのか、ちょっと甘いとか言っていた。今度神戸に来たら、連れて行きたい肉関係の店が3つある。焼肉なら「羅生門」。厚みのある焼肉を食べるなら、有名人が沢山来た「けいしゅう」。ステ-キなら「みやす」に連れて行きたい。「六段」や「かわむら」、「A-1」・・、いくらでも旨い所はある。
これらは21日の出来事だが、S君はきっと今日22日に、高橋まゆみの人形展を見に行っている筈だ。K君が、行きたくなるような説明をしていたから。
垂水に着いたら11時前だった。娘にお願いをして、迎えに来て貰った。もし駄目だったら、1時間はかかる寒いバス道に沿って、歩いて帰る積もりだった。アイスの「ジャンボモナカ」を齧りながら、来てくれる安心感とゆとりの中で、ゆっくり待つ事にした。タクシー? 勿体無い!