席は23列17番だった。一番後から3列目で、顔は余りよく見えない。聴くだけに専念する事にした。

午後6時開演、六車智香「ふれあいコンサート」は始まった。同期の者達で旅行に出かけた日の前日、16日の事だ。

前から気になってはいたものの、そんなに関心がある訳ではなかった。知らない人だったし、器楽なら聴いていただろうと思うけど。

それが、阪神大震災復興祈念コンサートが始められてから、この西宮アミティホールでずっと歌っていたそうだ。当時4才だった子が、今17才になっていると言っていたから、キャリアは凄いと思った。

私がラッキーだったのは、今回が六車智香さんの最終公演で、最後に聴くチャンスに恵まれた事だった。これからも活動は続けると言う話なので、このシリーズは今回で終わる事になる。

真実、そんなに期待はしていなかった。

ペチカを歌い出した時、来て良かったと思った。最後まで聴ける確信が持てた。表現不足でいつも困るが、とっても綺麗な声だった。玉を転がすなどとも表現するだろうが、美しくて綺麗な声、ずっと聴いていたい声だと言っておきたい。

どこかで彼女の名前を見たり聞いたりしたら、またコンサートなどに行ってみたいと思う。リピーターの一人となってしまったかも。

ピアノの金子正樹さんとは大阪音大時代に知り合い結婚したが、彼のピアノがまた上手いのだ。1999年から2005年までは芦屋フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者を務め、2001年からオーケストラ・ノインテ常任指揮者となっている程の人である。

六車智香さんは、例を挙げると1999年7月、小林研一郎指揮でマーラーの『千人の交響曲』(大フィル管弦楽団、フェスティバルホール)に第2ソプラノとしてソロ出演をして、絶賛を博したそうだ。また、犬童球渓賞、第3回長江杯国際音楽コンクール声楽部門第1位、イタリア声楽コンコルソ・シェナ大賞などを受賞している。

昨年の5月9日に行われたコンサートの感想文の一部には、こんな風に書かれている。

「六車さんは尊敬する先生です。益々魅力的になり、家庭も大切にされています。今後ともご活躍を祈っています」

「芦屋フィルでお世話になっていた頃、六車さんの歌声を聴いてから、夫はすっかり魅了されてしまい、『綺麗な歌声だなあ』と、ことあるごとに言い続けてきました。今回、新聞を見て初めて応募しました。年月は経ったものの、あの美声は変わることなく、夫はとても満喫した様子で、『これからもずっと聴きに行きたい』と話しています」

「お二人の『あうん』の呼吸がとても良かったし、六車さんのお喋りが面白く、温かく印象的。素晴らしいコンサートでした」

スミ・ジョーも聴きに行った事があるが、この場合はスミ・ジョーの周波数に合わせようとしながら聞くが、六車さんの場合はこちらの周波数に合ってくると言う感じで、また違うのである。親しみのある日本の曲を歌ってくれる事にもよるだろうが、安心して聴ける歌声なのだ。心の琴線がチリチリと共鳴する。

第1部

(1)ペチカ(山田耕筰)
(2)赤とんぼ(山田耕筰)
(3)大きな古時計(ワーク)
(4)ダニーボーイ(アイルランド民謡)
(5)さくら貝の歌(八洲秀章)
(6)さくら横ちょう(別宮貞雄)
(7)くちなし(高田三郎)
(8)初恋(越谷達之助)
(9)からたちの花(山田耕筰)
(10)イエスよ、私は主の名を呼ぶ(バッハ/ブゾーニ編)
(11) 幻想曲(モーツァルト)
(12)幻想即興曲(ショパン)
※ピアノ独奏 薮田 唯

第2部

(13)主よ、あわれみ給え〈教会のアリア〉(ストラデッラ)
(14)愛の聖女(ドゥランテ)
(15)優しい眼差しよ~歌劇「エジプトのジューリオ・チェーザレ」より(ヘンデル)
(16)私を泣かせてください~歌劇「リナルド」より(ヘンデル)
(17)ヴィリアの歌~喜歌劇「メリー・ウィドゥ」より(レハール)
(18)私の名はミミ~歌劇「ラ・ボエーム」より(プッチーニ)
(19)神よ、平和を与え給え~歌劇「運命の力」より(ヴェルディ)
(20)アヴェ・マリア~歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲より(マスカーニ)

ヴィリアの歌では、皆に或るパートを歌わせた。「ヴィリア オーヴィリア あなたは森の精 この命捧げても」と言う部分だ。

アンコールは3曲あり、最初は忘れた。それから「藤棚の下に」と「千と千尋の神隠し」を歌った。「千と千尋の神隠し」はえも言えぬ澄んだ歌声で、本家本元の声を彷彿とさせる優しい声だった。大変な満足感を覚えた。6時から始まって9時前まで。最後まで酔い痴れていた気がする。

いつも先にロビーに出て、お客が帰るのを見送るのがここのやり方だ。私は会って話すなどはしないで、すぐにホールを出た。

私が声楽を聴くのは珍しいが、「スミ・ジョー」や西宮芸術文化センターで聴いた「カルメン」以来、ソプラノも好きになりつつある。昔は演歌一辺倒だったが、上手く歌えなくなってからと言うもの、演歌の方の興味が急速に衰えて行った。カラオケボックスやスナックが私の練習場でありステージであり、或る種の生き甲斐だったのに。だんだんとクラシックに惹かれて行ったのは不思議なのか道理なのか分からない。


ブログを書いている私の横の簡易なステレオからは、季節外れの「きよしこの夜」が、スミ・ジョーの天使の歌声で流れている。