ON? ではないが、ドライバーがOさんで、引率案内がNさんだった。同期10名で中型の観光バスに乗り、丹後半島方面への旅に出かけたのだ。
9時半集合で、神戸の湊川神社前に集まった。1人欠席と言う事で11人が10人となった(男子9名、女子名1名)。可愛いバスで、17人乗りだとか言っていた。後ろにはサロンもあり、略1シートを独占出来た。
阪神高速、六甲北有料道路、舞鶴道から宮津のインターを出ると、智恩寺・文殊堂に向かった。心配した程の寒さも感じる事なく、何日も前の雪が残っているだけだった。マフラーも手袋も、用無しだった。
「これ、変わってるね。三重塔みたいだけど二重で、しかも真ん中が四角じゃなくて丸くなってるわ」
「きれいな形してるなあ」
などと話しながら、文殊の知恵じゃないけれど、もうちょっと頭が良かったらなあ、などと思っていた。おみくじを引くのが好きで、また開けて読んだが、やっぱり末吉みたいな文言だった。じっと我慢していたら、いずれ花開く、みたいな・・。ずっと端っこの小さい木の枝に括りつけた。
取り立てるほどの事もない昼食を終えると、天橋立ワイナリーへ。
天橋立ワイナリー
〒629-2234 京都府宮津市国分123
Tel.0772-27-2222
試飲も白ワインだけ。200円の有料ワインもある。規模はそんなに大きくない。島根ワイナリーによく行っていたからそう思うのかも知れないが、島根ワイナリーでの試飲など、6種類位の葡萄酒をいくらでも飲ませてくれる。毎日通ったと言う武勇伝まである位だ。親切にも、子どものための葡萄ジュースもある。
まあ比較してどうなるものでもないので、300円のソフトクリームを買って食べた。
「これは美味い。こんなソフトクリームは、そうどこにもない」
と、皆のところに行ってそれを買った2人で美味そうに食べたが、一人に「味見をさせろ」と言って舐められた他は、誰も買ったりする気配はなかった。
試飲のワインの味は大変良かったと思っている。京都産葡萄を使用していると書いてあった。
次に向かったのが丹後ちりめん歴史館だ。京都府与謝郡与謝野町岩屋317。Tel.0772-43-0469。無休、無料である。
丹後シルクは美しく、手触りも気持ちいい。あれやこれや、皆よく買う。もう来ないだろうと思って買う。私は、丹後シルクではないけれど、紫色の1m20cm程の紐を買った。300円ちょいだ。オカリナを入れているアタッシュケースの一方の鍵が壊れ、不透明なテープで縛っていた。余りにも格好が悪いのでこの紐を選んだのだ。直せるものなら鍵の部分を修理したいが、今は応急処置の段階だ。
肌を擦るといいそうで、穴の開いた、指に嵌められる繭を2つ持っていっていいと書いてあった。昔、子供の頃自分で蚕を飼っていた事があって、それを思い出していた。桑の葉を取りに行くのが大変だった事を覚えている。繭は懐かしい気はするが、欲しいとは思わなかった。
ちょっと時間があると言うので行ったのが、予定外の琴引浜鳴き砂文化館(〒629-3112 京都府京丹後市網野町掛津56番地)だった。ここが一番盛り上がったようだ。ガラスのすり鉢状の器に鳴き砂が入っていて、それをすりこ木のような棒で強く押すと、大きな音を出す。
子どもも楽しめるように、輪投げ、コマ回し、フラフープなどが出来るようにもなっているが、実は大人たちが懐かしそうに楽しんでいたのだ。
「今、世界の海洋汚染は恐ろしい段階まで来ています。人類の海に対するこれまでの50年間の振る舞いを、仕方ないこととして次の50年も繰り返したとすれば、きっと・・私たちの生命は、他の多くの生命を道連れにして途絶えることになるでしょう。鳴砂の浜は、少しずつその音を濁していくことで警告を発しています。私たちは、鳴砂の音を耳にすることで、まだ生きることの出来る環境が残されていることを実感したいのかもしれません。生き物の命に対する愛しさが、鳴砂に対する切ない思いの根源にあるとは言えないでしょうか・・」(財)日本ナショナルトラスト「平成18年度『観光資源としての鳴き砂の浜の総合調査報告書』」より抜粋。委員長 九州大学 西山徳明教授。
国や地球の現状を憂えている人は沢山いる。それぞれの分野で考えながら。私たちは、出来得る限り旅をして、啓発されなければならないだろう。
所々に雪が残り、田や畑は土を見せながらも、正に雪野原。神戸では最近は見る事の出来ない銀世界に、美しさが蘇った。
「雪は温かいなあ」
と言うと、
「いや、冷たい」
と言った者がいる。
「そりゃそうだ。触ると冷たいけど、飲みながら降る雪を見るのはまた格別で、温かいと思う」
と言うと、
「俺もそう思う」
と言った者がいたりで、こんな他愛もない会話が平気で出来るのが同期の良さだ。同期と言うのは、あのずっと昔の同じ頃、あちこちで産声を上げていた赤ちゃんだったのだから。
宿は、民宿のようでそうでないみたいな宿。レイクサイド琴引(〒629-3113 京都府京丹後市網野町小浜912 Tel.0772-72-173)と言った。
バスの中で、我々はよく知っている添乗員のNさんが部屋割りの抽選をしようとした。すると誰かが叫んだ。
「もう部屋割りは出来てるんと違う? タバコを吸う人の部屋と吸わない人の部屋にしたらいいんじゃない」
と・・。Nさんは、皆に挙手を求めた。
「タバコを吸う人?」
4人が手を挙げた。なら即決だ。喫煙組4人。禁煙組5人。女性1人。3部屋で決まりだった。
107号室は廊下の突き当たりだ。5人はその部屋で寛いだ。三線をする男がいて、彼はコロコロ引いて歩くスーツケースから三線を取り出して、組み立て始めた。持って来ていないと思っていた。そのケースには、パーツで入れていたのだ。その男こそ、私のブログ上に毎日のように顔を出し賑わいを添えてくれている「シマ唄魅力」で、私はシマさんと呼んでいる。
弦を調節している時、三本のうちの1本が、大きな音を立てて切れた。Okさんが言った。
「弦はある?」
「付いてるよ!」
何とちぐはぐな会話。必死なYさん(シマさん)と、心配して聞いたOkさん。勿論プロは換えの弦位何本も用意して持っている。私が解説しなければ誤解で終わる。私は通訳かいな。
その後、風呂に入った。ここは温泉なので気持ち良く温まる。
宴会は6時から。
ドーンと各自に茹で蟹が丸々一杯ずつ。暫く無言。旨い。甘エビも沢山在るが、先ずは蟹。甲羅を外して味噌を食べた後はそれに日本酒を注ぐ。うーん、旨いっ! そして身の詰まった鋏や脚を直火に網を置き、焼いて食べる。これがまた例えようがない程旨いのだ。手が動いていても普通は喋れるものだが、この場合口も手に連動して蟹の身が入っていくので、ここで喋るのは至難の技なのだった。
後は太い身の所をしゃぶしゃぶで食べる。旨いの他に表現を知らないのが悔しい。そして雑炊で終わるのだが、勿論話も弾んだ。結局、一人当たり2.5杯の蟹を食べたのだそうだ。こんなに甘くて旨い蟹を、私はこれまでに食べた事がないと思った程の旨さだった。添乗員のNさんも、我々の為に選んでくれた場所だったと思う。蟹を取ったら3時間で帰れるそうで鮮度が良く、本当に旨かった。今までなら、あと1年は食べたくないと思っていた位だが、これならいつでも食べられる感じだ。
Yさんの三線演奏が始まった。いい音、いい声、いい男? だ。宴会には特にピッタリする。そもそも、それが始まりなのだから。皆も、楽しそうに聴いた。6月6日のチラシも配った。まあ、言わばプロの演奏が目の前で聴けるのだから、こんなにラッキーな事もない筈だが、我々は仲間である意識が最初にあるので、当たり前のように聴く所が面白い。
次は私の番だった。飲んでいるから息も荒いけれど、それは割り引いて貰うとして、3曲と声が上がったので、「オナラ」「アリラン」「宵待草」にした。飲んだ時、息の少なくてすむ、余りにも遅い曲は厳禁だ。音が大きく揺れ、乱れるからだ。息が強く、一杯に吐ける曲がいい。少々の狂いは物ともしないから。
宴が終わると、それぞれの部屋に戻った。我々の会を「モクの会」と言うが、これでは煙草を吸う者達の会と間違われる可能性がある。106号室の側を通ると、凄い煙草の匂いがする。
翌日18日も晴れていた。贅沢を言えば、雪が降って欲しかった。カーテンを開けると昨日のままの、外気で汚れた雪の塊があるだけだった。
9時出発で、バスは、ゆっくりと、この日は閉まっている豊岡コウノトリの里公園に向かった。雪が降っていないお陰で、門の側まで来る事が出来た。何と門が半開きになっているではないか。皆悪びれる事もなく中に入った。柵のなかにコウノトリがいた。数えると11羽。目の前で羽を広げてくれたりした。上は筒抜けなので、コウノトリはあちこちに飛来できる。これもラッキーで、辺り一面の畑を覆った純白の絨毯はコウノトリを一段と美しく見させてくれた。
バスの中から、自然の田んぼの雪の上に3羽のコウノトリがいて、順番に飛び立って行った。映画のシーンを見ているようだった。こんなにタイミングが良くていいのだろうか。歓声が上がった。
播磨屋・豊の丘工場の後は出石。出石は勿論出石皿そばだ。一人前が5皿で780円だったか定かではないが、添乗員さんは120皿注文していた。食べられなかったら他の人が食べればいいと言う事で。でも、5・6皿位でもう食べられないと言っていた者も、なんと言う事はない、ちゃんと10皿を平らげていた。10分で50皿食べたら永久会員で、いつ行っても只になるとあったが、49杯目で10分を過ぎたらと思うとぞっとする。自腹の支払いになるのは元より、満腹どころの騒ぎではないのだ。
ここ、「近又」は旨かった。ここも当たり。主人の愛想がとてもいい。次来ても、ここにしようと思わせるのだった。
こんなお腹を抱えての見物。沢庵寺もあったが、行ってみると有料。ここは止めだ。皆引き返した。桂小五郎のいた跡もあったが、石に説明などが書いてあるだけだった。文字はさっぱり読めない。
途中柳行李などを編んでいる店があった。聞く話は参考になったし楽しかった。小型の文を入れるようなものでも4万円はする。昔ながらの弁当箱が1万2千円だ。もう、貴重なものになっている。弟子になる後継者がいないと言っていた。入って来ても、長くて1週間しか続かないと言う。あの姿勢でやるんだから、私なら1時間でお仕舞いだ。
さて、これで全観光は終わりで、後は只管神戸に帰るだけとなった。
バスの中では眠ったり、ビデオを観たり、元気の良い者は後ろのサロンで喋くったりしていた。時折目を覚ましては観る9作目の「釣りバカ日誌」は面白かった。あのシリーズは、どこかで笑わせてくれるのだ。
そうこうしている内に、最後のサービスエリアの西紀で15分の休憩となった。何か皆が一箇所にかたまっている。黒豆のアンパンを買っていたのだ。私もヨーグルトと一緒に買ってしまったが、これがまた美味い。みやげに3個お買い上げ。西紀では、黒豆のパンを是非賞味の程を。
5時頃には、湊川神社前に着いた。何とお礼を言っていいか分からない位のOさんとNさん。とりわけ計画して頂いた添乗員Nさんには、感謝だ。我々同期の計画を担当したNiさんとTさんにも、ご苦労さんと言っておきたい。
瞬間瞬間が過ぎ、帰らぬ思い出となる。しかしそれこそが生きた証となるし、その積み重ねが心の拠り所ともなって行く。そして、どんどん積もりそれを懐かしく思い出す頃になったらきっと、掛け替えの無いセピア色に変わっているだろうと思ったりしている。
9時半集合で、神戸の湊川神社前に集まった。1人欠席と言う事で11人が10人となった(男子9名、女子名1名)。可愛いバスで、17人乗りだとか言っていた。後ろにはサロンもあり、略1シートを独占出来た。
阪神高速、六甲北有料道路、舞鶴道から宮津のインターを出ると、智恩寺・文殊堂に向かった。心配した程の寒さも感じる事なく、何日も前の雪が残っているだけだった。マフラーも手袋も、用無しだった。
「これ、変わってるね。三重塔みたいだけど二重で、しかも真ん中が四角じゃなくて丸くなってるわ」
「きれいな形してるなあ」
などと話しながら、文殊の知恵じゃないけれど、もうちょっと頭が良かったらなあ、などと思っていた。おみくじを引くのが好きで、また開けて読んだが、やっぱり末吉みたいな文言だった。じっと我慢していたら、いずれ花開く、みたいな・・。ずっと端っこの小さい木の枝に括りつけた。
取り立てるほどの事もない昼食を終えると、天橋立ワイナリーへ。
天橋立ワイナリー
〒629-2234 京都府宮津市国分123
Tel.0772-27-2222
試飲も白ワインだけ。200円の有料ワインもある。規模はそんなに大きくない。島根ワイナリーによく行っていたからそう思うのかも知れないが、島根ワイナリーでの試飲など、6種類位の葡萄酒をいくらでも飲ませてくれる。毎日通ったと言う武勇伝まである位だ。親切にも、子どものための葡萄ジュースもある。
まあ比較してどうなるものでもないので、300円のソフトクリームを買って食べた。
「これは美味い。こんなソフトクリームは、そうどこにもない」
と、皆のところに行ってそれを買った2人で美味そうに食べたが、一人に「味見をさせろ」と言って舐められた他は、誰も買ったりする気配はなかった。
試飲のワインの味は大変良かったと思っている。京都産葡萄を使用していると書いてあった。
次に向かったのが丹後ちりめん歴史館だ。京都府与謝郡与謝野町岩屋317。Tel.0772-43-0469。無休、無料である。
丹後シルクは美しく、手触りも気持ちいい。あれやこれや、皆よく買う。もう来ないだろうと思って買う。私は、丹後シルクではないけれど、紫色の1m20cm程の紐を買った。300円ちょいだ。オカリナを入れているアタッシュケースの一方の鍵が壊れ、不透明なテープで縛っていた。余りにも格好が悪いのでこの紐を選んだのだ。直せるものなら鍵の部分を修理したいが、今は応急処置の段階だ。
肌を擦るといいそうで、穴の開いた、指に嵌められる繭を2つ持っていっていいと書いてあった。昔、子供の頃自分で蚕を飼っていた事があって、それを思い出していた。桑の葉を取りに行くのが大変だった事を覚えている。繭は懐かしい気はするが、欲しいとは思わなかった。
ちょっと時間があると言うので行ったのが、予定外の琴引浜鳴き砂文化館(〒629-3112 京都府京丹後市網野町掛津56番地)だった。ここが一番盛り上がったようだ。ガラスのすり鉢状の器に鳴き砂が入っていて、それをすりこ木のような棒で強く押すと、大きな音を出す。
子どもも楽しめるように、輪投げ、コマ回し、フラフープなどが出来るようにもなっているが、実は大人たちが懐かしそうに楽しんでいたのだ。
「今、世界の海洋汚染は恐ろしい段階まで来ています。人類の海に対するこれまでの50年間の振る舞いを、仕方ないこととして次の50年も繰り返したとすれば、きっと・・私たちの生命は、他の多くの生命を道連れにして途絶えることになるでしょう。鳴砂の浜は、少しずつその音を濁していくことで警告を発しています。私たちは、鳴砂の音を耳にすることで、まだ生きることの出来る環境が残されていることを実感したいのかもしれません。生き物の命に対する愛しさが、鳴砂に対する切ない思いの根源にあるとは言えないでしょうか・・」(財)日本ナショナルトラスト「平成18年度『観光資源としての鳴き砂の浜の総合調査報告書』」より抜粋。委員長 九州大学 西山徳明教授。
国や地球の現状を憂えている人は沢山いる。それぞれの分野で考えながら。私たちは、出来得る限り旅をして、啓発されなければならないだろう。
所々に雪が残り、田や畑は土を見せながらも、正に雪野原。神戸では最近は見る事の出来ない銀世界に、美しさが蘇った。
「雪は温かいなあ」
と言うと、
「いや、冷たい」
と言った者がいる。
「そりゃそうだ。触ると冷たいけど、飲みながら降る雪を見るのはまた格別で、温かいと思う」
と言うと、
「俺もそう思う」
と言った者がいたりで、こんな他愛もない会話が平気で出来るのが同期の良さだ。同期と言うのは、あのずっと昔の同じ頃、あちこちで産声を上げていた赤ちゃんだったのだから。
宿は、民宿のようでそうでないみたいな宿。レイクサイド琴引(〒629-3113 京都府京丹後市網野町小浜912 Tel.0772-72-173)と言った。
バスの中で、我々はよく知っている添乗員のNさんが部屋割りの抽選をしようとした。すると誰かが叫んだ。
「もう部屋割りは出来てるんと違う? タバコを吸う人の部屋と吸わない人の部屋にしたらいいんじゃない」
と・・。Nさんは、皆に挙手を求めた。
「タバコを吸う人?」
4人が手を挙げた。なら即決だ。喫煙組4人。禁煙組5人。女性1人。3部屋で決まりだった。
107号室は廊下の突き当たりだ。5人はその部屋で寛いだ。三線をする男がいて、彼はコロコロ引いて歩くスーツケースから三線を取り出して、組み立て始めた。持って来ていないと思っていた。そのケースには、パーツで入れていたのだ。その男こそ、私のブログ上に毎日のように顔を出し賑わいを添えてくれている「シマ唄魅力」で、私はシマさんと呼んでいる。
弦を調節している時、三本のうちの1本が、大きな音を立てて切れた。Okさんが言った。
「弦はある?」
「付いてるよ!」
何とちぐはぐな会話。必死なYさん(シマさん)と、心配して聞いたOkさん。勿論プロは換えの弦位何本も用意して持っている。私が解説しなければ誤解で終わる。私は通訳かいな。
その後、風呂に入った。ここは温泉なので気持ち良く温まる。
宴会は6時から。
ドーンと各自に茹で蟹が丸々一杯ずつ。暫く無言。旨い。甘エビも沢山在るが、先ずは蟹。甲羅を外して味噌を食べた後はそれに日本酒を注ぐ。うーん、旨いっ! そして身の詰まった鋏や脚を直火に網を置き、焼いて食べる。これがまた例えようがない程旨いのだ。手が動いていても普通は喋れるものだが、この場合口も手に連動して蟹の身が入っていくので、ここで喋るのは至難の技なのだった。
後は太い身の所をしゃぶしゃぶで食べる。旨いの他に表現を知らないのが悔しい。そして雑炊で終わるのだが、勿論話も弾んだ。結局、一人当たり2.5杯の蟹を食べたのだそうだ。こんなに甘くて旨い蟹を、私はこれまでに食べた事がないと思った程の旨さだった。添乗員のNさんも、我々の為に選んでくれた場所だったと思う。蟹を取ったら3時間で帰れるそうで鮮度が良く、本当に旨かった。今までなら、あと1年は食べたくないと思っていた位だが、これならいつでも食べられる感じだ。
Yさんの三線演奏が始まった。いい音、いい声、いい男? だ。宴会には特にピッタリする。そもそも、それが始まりなのだから。皆も、楽しそうに聴いた。6月6日のチラシも配った。まあ、言わばプロの演奏が目の前で聴けるのだから、こんなにラッキーな事もない筈だが、我々は仲間である意識が最初にあるので、当たり前のように聴く所が面白い。
次は私の番だった。飲んでいるから息も荒いけれど、それは割り引いて貰うとして、3曲と声が上がったので、「オナラ」「アリラン」「宵待草」にした。飲んだ時、息の少なくてすむ、余りにも遅い曲は厳禁だ。音が大きく揺れ、乱れるからだ。息が強く、一杯に吐ける曲がいい。少々の狂いは物ともしないから。
宴が終わると、それぞれの部屋に戻った。我々の会を「モクの会」と言うが、これでは煙草を吸う者達の会と間違われる可能性がある。106号室の側を通ると、凄い煙草の匂いがする。
翌日18日も晴れていた。贅沢を言えば、雪が降って欲しかった。カーテンを開けると昨日のままの、外気で汚れた雪の塊があるだけだった。
9時出発で、バスは、ゆっくりと、この日は閉まっている豊岡コウノトリの里公園に向かった。雪が降っていないお陰で、門の側まで来る事が出来た。何と門が半開きになっているではないか。皆悪びれる事もなく中に入った。柵のなかにコウノトリがいた。数えると11羽。目の前で羽を広げてくれたりした。上は筒抜けなので、コウノトリはあちこちに飛来できる。これもラッキーで、辺り一面の畑を覆った純白の絨毯はコウノトリを一段と美しく見させてくれた。
バスの中から、自然の田んぼの雪の上に3羽のコウノトリがいて、順番に飛び立って行った。映画のシーンを見ているようだった。こんなにタイミングが良くていいのだろうか。歓声が上がった。
播磨屋・豊の丘工場の後は出石。出石は勿論出石皿そばだ。一人前が5皿で780円だったか定かではないが、添乗員さんは120皿注文していた。食べられなかったら他の人が食べればいいと言う事で。でも、5・6皿位でもう食べられないと言っていた者も、なんと言う事はない、ちゃんと10皿を平らげていた。10分で50皿食べたら永久会員で、いつ行っても只になるとあったが、49杯目で10分を過ぎたらと思うとぞっとする。自腹の支払いになるのは元より、満腹どころの騒ぎではないのだ。
ここ、「近又」は旨かった。ここも当たり。主人の愛想がとてもいい。次来ても、ここにしようと思わせるのだった。
こんなお腹を抱えての見物。沢庵寺もあったが、行ってみると有料。ここは止めだ。皆引き返した。桂小五郎のいた跡もあったが、石に説明などが書いてあるだけだった。文字はさっぱり読めない。
途中柳行李などを編んでいる店があった。聞く話は参考になったし楽しかった。小型の文を入れるようなものでも4万円はする。昔ながらの弁当箱が1万2千円だ。もう、貴重なものになっている。弟子になる後継者がいないと言っていた。入って来ても、長くて1週間しか続かないと言う。あの姿勢でやるんだから、私なら1時間でお仕舞いだ。
さて、これで全観光は終わりで、後は只管神戸に帰るだけとなった。
バスの中では眠ったり、ビデオを観たり、元気の良い者は後ろのサロンで喋くったりしていた。時折目を覚ましては観る9作目の「釣りバカ日誌」は面白かった。あのシリーズは、どこかで笑わせてくれるのだ。
そうこうしている内に、最後のサービスエリアの西紀で15分の休憩となった。何か皆が一箇所にかたまっている。黒豆のアンパンを買っていたのだ。私もヨーグルトと一緒に買ってしまったが、これがまた美味い。みやげに3個お買い上げ。西紀では、黒豆のパンを是非賞味の程を。
5時頃には、湊川神社前に着いた。何とお礼を言っていいか分からない位のOさんとNさん。とりわけ計画して頂いた添乗員Nさんには、感謝だ。我々同期の計画を担当したNiさんとTさんにも、ご苦労さんと言っておきたい。
瞬間瞬間が過ぎ、帰らぬ思い出となる。しかしそれこそが生きた証となるし、その積み重ねが心の拠り所ともなって行く。そして、どんどん積もりそれを懐かしく思い出す頃になったらきっと、掛け替えの無いセピア色に変わっているだろうと思ったりしている。