2日に渡って読売新聞コラムは民主党幹事長の事を書いている。面白い書き方がしてあるので載せてみたい。揶揄を越えて、危機さえ感じさせる。


2010.1.14 編集手帳

初めて牛を見た子供の蛙が家に戻り、母親にその巨大さを告げた。母蛙は「そいつは、このくらい大きかったかい」と、腹を膨らます。「いや、もっと」「ならば、このくらいかい」「いや、もっと」。

民主党幹事長、小沢一郎氏の行動は寓話の母蛙を連想させる。議員を大挙率いての訪中といい、人を小ばかにしたような記者会見といい、なぜ、そんなに自分を巨大に見せようとするのだろう。

隠れもない政界の最高実力者、存在感を誇示する必要などあるまいに。憶測で物を言うのが許されるならば、答えは一つ浮かぶ。自身の資金管理団体「陸山会」の土地購入を巡る出所不明の4億円について、「これほど巨大な俺に疑惑の目を向ける度胸をお持ちかい?」という世間への威嚇としか思えない。

“小沢資金”に、東京地検特捜部による強制捜査の手が入った。「牛」は世間であり、有権者であり、常識であり、法である。牛よりも大きな蛙はいない。

衆院選で民主党に一票を投じた人々も真相が知りたいはずである。腹を膨らませての威嚇はほどほどにして、率直に語るべきだろう。



2010.1.15 よみうり寸評

「法に触れるようなことをしたつもりはない。国民も理解してくれるはずだ。だからこそ政権を我々に与えてくれたのではないか」と民主党の小沢一郎幹事長。

13日、名古屋市での党のパーティーでのあいさつだ。氏の資金管理団体「陸山会」の事務所など関係各所に東京地検の一斉捜査が行われている最中だった。

「操作中」を理由に記者会見では何も語らず、一方、その捜査が要請する事情聴取にも応じない。思うままに振る舞うのは、このあいさつのように「政権を握った」ことを何にも勝る力の源泉と考えているからのようだ。

が、「陸山会」の土地取引を巡る疑問の数々までも「国民は理解してくれるはず」と思うのは、それこそ「誤解」だろう。

「選挙に勝ったから私は正しい」などという考えの危険なことは「文芸春秋」2月号に中西輝政京大教授が書いている。

<独裁者の肖像・小沢一郎「天皇観」の異様>と題した寄稿。最も問題は「とりわけ与党・民主党から批判がまったく聞えてこないことだ」とある。




内部には岡目八目以上に想像を絶する事が潜んでいるだろう。だから安易に批判などする積もりはないが、いつものように日々の情勢を見ているしか方法を知らない。ただ言えるのは、コラム氏達が書いているだけでは済まない時が来ている、と言う事だ。