先日、管楽器コンクールの時に注文していたCDなどが送られて来た。CDを聴くと、欠点がよく分かり、改めて初心に戻る。挑戦する事は、自分を見つめ直す事だと知った。
1000回以上練習して来た「千の風になって」が、何故にこうも吹く度に違うのか。順序良く上手くなってくれていれば問題はないのだが。この曲に関しては、しつこく永遠の課題として、あらゆる場で吹き捲ろう。
銀賞って全く大した事はない(誰でも貰える)が、CDを聴いていると、私が審査員でも金賞は上げない。何故か?これが、審査員を呼んだ(管楽器)コンクールだからだ。音が微妙に外れたりしている。これでは、耳障りで仕様がないだろうと思う。納得中の納得で、ほっとく、しかない。どうしょう、もない。
花柄で枠が飾られた葉書大の大きさの「銀賞」が同封されていた。
「あなたはKOSMA主催阪神淡路大震災復興記念第13回アマチュア管楽器コンクールにおいて優秀な成績を収められましたのでこれを賞します 平成21年11月29日 KOZUMA音楽愛好会」
これだけ読むと、知らない人はへえーと思うかも知れないが、「銀賞」と言えど「参加賞」みたいなもんだ。絵葉書に使ってやろうかしらん。
CDと一緒に入っていたものを全部、載せるだけ載せてみよう。
11月30日月曜日 読売新聞
「第13回アマチュア管楽器コンクール」(KOZUMA音楽愛好会主催、読売新聞大阪本社など後援)が29日、神戸市灘区の親和中学・親和女子高校ホールであり、小中高生や中高年ら約130人が、熱のこもった演奏を披露した。
阪神大震災の被災地を勇気づけようと、1998年から同会が毎年開催している。ピアノ伴奏に合わせてフルートやトランペットを吹くソロ部門は、15歳以下、18歳以下、一般、音楽専攻の4クラスで競った。アンサンブルでは、3、4人のグループが息の合ったハーモニーを響かせ、観客は体を動かしてリズムを取っていた。
(中高年て、高年は私しかいないじゃないか!)
帰った後にメールがもう1枚、会場のポストに入っていたみたいだ。
「音がよく出ていて、よくのびていて、とてもアマチュアとは思えない程でした」。
ちょっと褒め過ぎではないか。今時の言葉で言えば、褒め殺しかなあ。でも、そう感じて貰ったのだから、お礼を申し上げたい。
2人の審査員の言葉が入っていた。村上哲氏は、大阪フィルハーモニー交響楽団のホルン奏者。畦内雅人氏は、同ファゴット奏者だ。こんな方々に審査して頂いたのだと思ったら、ある種の感動を覚える。あのヴァイオリニスト I さんとも、同じ大フィルで同じステージで顔見知りとは驚きだった。
審査 村上哲
とてもロマンチックに演奏されていたと思います。オカリナは中低音域で息を入れすぎると音程が上ずるので、伴奏を少し小さくしてもらうなどの工夫が必要かと思いました。
審査 畦内雅人
とてもそぼくな音色で、心がほっとしました。演奏するのが楽しそうだというのがこちらにつたわってきました。これからも、ずっと吹いていて下さい。
(どちらにも、高齢者を労る気持ちが感じられた。おいおい、私が人物審査員じゃあない!)
審査室こぼれ話
参加者の皆さんには限られた時間内で、しかも慣れない会場でいつもの実力を発揮するのは大変な事だったと思います。
講評にはその方の為になることを書きました。もし今分からなくても、3年後には為になることだと思います。楽譜の裏に書いてあることを想像して向き合って下さい。そうすると想像力と聴く力のレベルが上がって、技術がついてくるようになります。音を並べているだけでは音楽的とは言えません。
当日の審査結果が皆さんの演奏能力の優劣をつけている訳ではありません。もちろん「いい賞」を受賞した方々には理由があります。それはその場で充分な基礎能力を持ち合わせていた上で、いい演奏をしてアピール出来たからに他ありません。ただし満足いく賞をもらえなかった方々のなかにはとても才能は感じるのに、数々の制約の中で実力を発揮しきれなかった参加者も多くいました。しかし今回「いい賞」をもらえなかった方々が引け目など感じる必要はあるのでしょうか? 参加して最後まで演奏した事に誇りを持つべきではないかと思います。
こうして、最高齢者である私の管楽器コンクールへの冷や汗挑戦は終わった。これは、その最終章でもある。
1000回以上練習して来た「千の風になって」が、何故にこうも吹く度に違うのか。順序良く上手くなってくれていれば問題はないのだが。この曲に関しては、しつこく永遠の課題として、あらゆる場で吹き捲ろう。
銀賞って全く大した事はない(誰でも貰える)が、CDを聴いていると、私が審査員でも金賞は上げない。何故か?これが、審査員を呼んだ(管楽器)コンクールだからだ。音が微妙に外れたりしている。これでは、耳障りで仕様がないだろうと思う。納得中の納得で、ほっとく、しかない。どうしょう、もない。
花柄で枠が飾られた葉書大の大きさの「銀賞」が同封されていた。
「あなたはKOSMA主催阪神淡路大震災復興記念第13回アマチュア管楽器コンクールにおいて優秀な成績を収められましたのでこれを賞します 平成21年11月29日 KOZUMA音楽愛好会」
これだけ読むと、知らない人はへえーと思うかも知れないが、「銀賞」と言えど「参加賞」みたいなもんだ。絵葉書に使ってやろうかしらん。
CDと一緒に入っていたものを全部、載せるだけ載せてみよう。
11月30日月曜日 読売新聞
「第13回アマチュア管楽器コンクール」(KOZUMA音楽愛好会主催、読売新聞大阪本社など後援)が29日、神戸市灘区の親和中学・親和女子高校ホールであり、小中高生や中高年ら約130人が、熱のこもった演奏を披露した。
阪神大震災の被災地を勇気づけようと、1998年から同会が毎年開催している。ピアノ伴奏に合わせてフルートやトランペットを吹くソロ部門は、15歳以下、18歳以下、一般、音楽専攻の4クラスで競った。アンサンブルでは、3、4人のグループが息の合ったハーモニーを響かせ、観客は体を動かしてリズムを取っていた。
(中高年て、高年は私しかいないじゃないか!)
帰った後にメールがもう1枚、会場のポストに入っていたみたいだ。
「音がよく出ていて、よくのびていて、とてもアマチュアとは思えない程でした」。
ちょっと褒め過ぎではないか。今時の言葉で言えば、褒め殺しかなあ。でも、そう感じて貰ったのだから、お礼を申し上げたい。
2人の審査員の言葉が入っていた。村上哲氏は、大阪フィルハーモニー交響楽団のホルン奏者。畦内雅人氏は、同ファゴット奏者だ。こんな方々に審査して頂いたのだと思ったら、ある種の感動を覚える。あのヴァイオリニスト I さんとも、同じ大フィルで同じステージで顔見知りとは驚きだった。
審査 村上哲
とてもロマンチックに演奏されていたと思います。オカリナは中低音域で息を入れすぎると音程が上ずるので、伴奏を少し小さくしてもらうなどの工夫が必要かと思いました。
審査 畦内雅人
とてもそぼくな音色で、心がほっとしました。演奏するのが楽しそうだというのがこちらにつたわってきました。これからも、ずっと吹いていて下さい。
(どちらにも、高齢者を労る気持ちが感じられた。おいおい、私が人物審査員じゃあない!)
審査室こぼれ話
参加者の皆さんには限られた時間内で、しかも慣れない会場でいつもの実力を発揮するのは大変な事だったと思います。
講評にはその方の為になることを書きました。もし今分からなくても、3年後には為になることだと思います。楽譜の裏に書いてあることを想像して向き合って下さい。そうすると想像力と聴く力のレベルが上がって、技術がついてくるようになります。音を並べているだけでは音楽的とは言えません。
当日の審査結果が皆さんの演奏能力の優劣をつけている訳ではありません。もちろん「いい賞」を受賞した方々には理由があります。それはその場で充分な基礎能力を持ち合わせていた上で、いい演奏をしてアピール出来たからに他ありません。ただし満足いく賞をもらえなかった方々のなかにはとても才能は感じるのに、数々の制約の中で実力を発揮しきれなかった参加者も多くいました。しかし今回「いい賞」をもらえなかった方々が引け目など感じる必要はあるのでしょうか? 参加して最後まで演奏した事に誇りを持つべきではないかと思います。
こうして、最高齢者である私の管楽器コンクールへの冷や汗挑戦は終わった。これは、その最終章でもある。