今日は、韓国料理店「こっちゅ」でオカリナを吹きながら、忘年会をする事になっている。26日で店仕舞いをするので、是非ママ達の心に音色が残ったらいいと思う。お客さんには迷惑かも知れないが、後悔するよりずっといい。

しもた屋になってからも、時には開けて食べさせて欲しいと願いつつ。

そんな訳で、今日のブログのノルマ? は、短く、編集手帳から転載して終わりにしたい。

編集手帳を利用したのではなく、背筋が寒くなったので、これは載せて置く必要があると思ったのだ。乙武さんは泣いているだろう。切ない。



編集手帳(2009.12.23)

乙武洋匡さんが両腕と両脚のない先天性四肢切断の障害をもって生まれたとき、周囲は母子の対面を見合わせた。母親が取り乱し、泣きわめき、倒れるかも知れないと。

1ケ月して対面の時が訪れる。わが子を見るや、母親は言った。「かわいい」。乙武さんが著書「五体不満足」(講談社)に書いている。<生後一か月、ようやくボクは「誕生」した>

その一節を読んで聞かせたい人がいる。「高度医療のおかげで以前は自然に淘汰された機能障害を持ったのを生き残らせている」。自身のブログでそう語った鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(50)が、今度は講演で物議を醸したという。

いわく、「木の枝の先が腐れば切り落とし、全体として活力のある状態にする」。いわく、「社会をつくるには命の部分に踏み込まないと駄目だ。刈り込む作業をしないと全体が死ぬ」

竹原氏は自身に向けられた批判を、「言葉狩りだ」と逆に批判している。持論を語る自由は誰にもあるから、障害者に振りかざす言葉の笞を力ずくで奪いはしない。障害者やその家族と一緒に血を流し、笞をもつその人を憐れむのみである。



最初、お母さんの言葉に泣いた。乙武さんの言葉にも胸が詰まった。そして、非情な言動に血の気が失せた。何故か今も、涙が流れて仕方がない。今から、オカリナの練習をしようと思っているのに。