こんなに怖いと感じて来た事も珍しい。
整形外科からMR検査を受けて来るように言われた。そこで予約をされてしまっては、もう逃げ場はなかった。
MR検査依頼用紙には、その注意事項として「検査当日、当施設での問診や検査開始直後の状態により、検査を中止する場合があります」として3つ挙げてある。
事故などで残留体内金属片のある方または可能性のある方。
閉所恐怖症(狭いところが苦手)の方。
入れ墨(アート眉、アイラインなどを含む)などをされている方。
私は狭い所が苦手である。特に身動きが取れない所などは考えられないし、絶対駄目である。想像しただけで身震いしてしまう程だ。だから、あんな狭い空洞に入れられる事は、恐怖なのだった。
午後1時に、兵庫県予防医学協会「健康ライフプラザ」に着いた。JR兵庫駅南側に出ると右手にすぐ見える。3階に上がった。1時30分の予約で、番号の印刷された紙を渡された。301番だった。電光表示は259番で、順番はこんなに待たなければならないのかと周りを見渡すが、4・5人の人しか見当たらない。
が、間もなく表示は突然301に変わり名前が呼ばれた。男子更衣室で上下診察服に着替えて外に出ると、幾つか角を曲がって、検査の為の問診室に入るよう促された。中には男の先生がいて、閉所恐怖症だと言う事をしっかりと訴えた上で、少しの時間雑談した。
「エレベーターの中は怖いですか」
と聞いて来た。
「いいえ、別に何ともありませんが」
と言いながら、戸が閉まったまま開かない時の事を想像した。これは怖いけどなあ、と思った。
「ボタンがあって何かあったら合図出来るようになっているから大丈夫ですよ」
「どの位の時間かかりますか」
「決まりでは30分以内にやるようになっていますが、ゆっくりした場合、どうしても1時間近くかかる事もあります」
それを聞いて、ますます恐怖を感じた。15分位で済んだらいいと思っていた位だし、3分でも辛抱出来るかと思う位なので、ポリープ切除のまな板の鯉の方がまだ俄然いいと思った。
「狭い所で自由の利かない所は駄目だと思います。電車の中で気持ち良くコックリしているような状態になっていたらいいのですが」
「でも、それは贅沢と言うものですよ。こう言う検査出来る施設は、イギリスとフランスとドイツを合わせたより、兵庫の方が沢山ありますよ。アメリカと日本は、医療はダントツで恵まれているんです。イギリスなど、金持ちは別ですが、庶民は予約してから3年待ちなんて言うのもあって、その頃はもう死んでいる人もいるんです」
「えっ、そうなんですか!」
そう言われると何も言えなくなるが、それでも怖いものは怖い。
「大丈夫ですよ。ではこちらへ」
と言って、検査室に案内された。フランス料理でも食べられる部屋への案内だったらどんなにか良いだろうと思った。そこには慣れていそうな女の人が一人いて、
「真ん中辺りで写真を撮りますからねえ。気分が悪くなったりしたら、これを握って下さい」
と言った。撮影が中断されて、すぐこちらに来ると言うのである。カメラのレンズに強い空気を吹きかけて掃除をするゴムで出来たブロウワーと呼ばれるものがあるが、そんなものを待たせて、その時はこれをぐっと握れと言う。
「握ったらどうなるんですか」
「途中で中断して、そちらにいきます。すると、また頭から撮り直しになりますね。中では大きな音がしますので、耳栓をしておいて下さい」
と言って、オレンジ色の耳栓が渡された。摘んで小さくして、耳に入れた。中で空気を吸って膨らむそうだ。
「では、ここに寝て下さい」
もう、すぐにでもこの握っている手榴弾みたいな形のゴムを押してやろうと思った。ポロッと落ちたらどうしようと思って、寧ろ管の方をしっかりと握った。寝台は上げられ、空洞の中に入って行った。真ん中に頭が来る辺りで止まった。目は開けないと決めていた。
「先ず5分間撮ります」
マイクの声が、耳元で響いた。ガラス越しに座っている筈のこの人がいなくなったら困るのだ。ただ一人、凄い頑丈な扉のある部屋に入れられ、今正に恐怖の空洞の中にいる。1秒間に2拍位のダッダッダッと言う音がし始めた。私は目をしっかり閉じたまま、顔の上は広い空が広がっている様を想像した。
同じビートで更に大きな音が重なった。頭の中で「里の秋」を、オカリナで吹いてみた。そのうち音が止んだ。5分間の撮影が終わったのだろうかと思った。自分を恐怖感に陥れさえしなければ、これなら持ちそうかと、一瞬希望の星が過ぎった。
色んな想像をしようとした。出来る事なら眠ってしまおうとも思ったが、これは無理だった。再びさっきの音の繰り返しが始まった。今度は、ガーッと言う連続音も加わった。もう耐えるしかない。音楽も鳴っているようだが、もう少し大きくしてくれたら気が紛れるのに。「赤いスイトピー」でも流れていたら、そっちに気が取られて、そのうち終わるだろうのにと思ったけれど、それは勝手な思いであってどうしようもない事だった。
「はい、終わりましたよ」
と男の人が入って来て、空洞の天井を見る事もなく外に出た。見ておくべきだったと思ったが、済んだのだからこれ以上は何も言う事は出来ない。
体を起こしてくれた。時間がどの位経ったかなど、分かろう筈もなかった。
何事もなかったかのように着替え、暫く待ってフィルムを受け取り、支払いをして、健康ライフプラザを出た。
MRIは「magnetic resonance imaging」の略で、磁気共鳴装置(MR)による影像法の事だ。メリットは、
縦切りや斜めなど自由な角度で撮影できる。
磁気はX線と比べてほとんど人体に害がない。
に代表される。こんなに長時間、X線だったらどうなっていた事だろう。
終わったら、自分でお祝いをしようと考えていた。三宮のそごうデパートの地下で「牛めし」を買って帰って食べる事だった。
予定より早く1時10分に始まったようだった。終わった時間は後で自分の時計を見たが、1時50分だった。あれで40分狭い空洞にいた事になる。終わったからいいようなものだが、私には、這うようにして工事をする管の中での仕事などは絶対に出来ないと思った。
三宮からの高速バスの中ではパンを食べた。家に帰ると「牛めし」を食べた。野菜や刺激物は駄目だが、肉はいいと言う。肉なら腸は喜んでくれるのか。それよりも、次もどうしてもこの「牛めし」を食べたいと言う気にはならなかった。それもそうだ。焼酎と一緒に食べれないんじゃあ、楽しみがない。途中でお腹が痛くなった。ああ、待ってろよ、お前も焼酎が飲みたいんだろ?
思い過ごしだったのか、取り越し苦労だったのか、想像力が逞しかったのか、杞憂に終わったようだ。それでも問診の時の医師は言っていた。
「何割かの人は、閉所恐怖症だと言いますよ」
MRIを撮って来るように言った整形外科の看護師は、
「どうしても駄目で、すぐに合図をして止めてしまったご婦人もいたみたいですよ」
と言っていた位だから、今日までの想像だけで衰弱したような気分だった。
整形外科からMR検査を受けて来るように言われた。そこで予約をされてしまっては、もう逃げ場はなかった。
MR検査依頼用紙には、その注意事項として「検査当日、当施設での問診や検査開始直後の状態により、検査を中止する場合があります」として3つ挙げてある。
事故などで残留体内金属片のある方または可能性のある方。
閉所恐怖症(狭いところが苦手)の方。
入れ墨(アート眉、アイラインなどを含む)などをされている方。
私は狭い所が苦手である。特に身動きが取れない所などは考えられないし、絶対駄目である。想像しただけで身震いしてしまう程だ。だから、あんな狭い空洞に入れられる事は、恐怖なのだった。
午後1時に、兵庫県予防医学協会「健康ライフプラザ」に着いた。JR兵庫駅南側に出ると右手にすぐ見える。3階に上がった。1時30分の予約で、番号の印刷された紙を渡された。301番だった。電光表示は259番で、順番はこんなに待たなければならないのかと周りを見渡すが、4・5人の人しか見当たらない。
が、間もなく表示は突然301に変わり名前が呼ばれた。男子更衣室で上下診察服に着替えて外に出ると、幾つか角を曲がって、検査の為の問診室に入るよう促された。中には男の先生がいて、閉所恐怖症だと言う事をしっかりと訴えた上で、少しの時間雑談した。
「エレベーターの中は怖いですか」
と聞いて来た。
「いいえ、別に何ともありませんが」
と言いながら、戸が閉まったまま開かない時の事を想像した。これは怖いけどなあ、と思った。
「ボタンがあって何かあったら合図出来るようになっているから大丈夫ですよ」
「どの位の時間かかりますか」
「決まりでは30分以内にやるようになっていますが、ゆっくりした場合、どうしても1時間近くかかる事もあります」
それを聞いて、ますます恐怖を感じた。15分位で済んだらいいと思っていた位だし、3分でも辛抱出来るかと思う位なので、ポリープ切除のまな板の鯉の方がまだ俄然いいと思った。
「狭い所で自由の利かない所は駄目だと思います。電車の中で気持ち良くコックリしているような状態になっていたらいいのですが」
「でも、それは贅沢と言うものですよ。こう言う検査出来る施設は、イギリスとフランスとドイツを合わせたより、兵庫の方が沢山ありますよ。アメリカと日本は、医療はダントツで恵まれているんです。イギリスなど、金持ちは別ですが、庶民は予約してから3年待ちなんて言うのもあって、その頃はもう死んでいる人もいるんです」
「えっ、そうなんですか!」
そう言われると何も言えなくなるが、それでも怖いものは怖い。
「大丈夫ですよ。ではこちらへ」
と言って、検査室に案内された。フランス料理でも食べられる部屋への案内だったらどんなにか良いだろうと思った。そこには慣れていそうな女の人が一人いて、
「真ん中辺りで写真を撮りますからねえ。気分が悪くなったりしたら、これを握って下さい」
と言った。撮影が中断されて、すぐこちらに来ると言うのである。カメラのレンズに強い空気を吹きかけて掃除をするゴムで出来たブロウワーと呼ばれるものがあるが、そんなものを待たせて、その時はこれをぐっと握れと言う。
「握ったらどうなるんですか」
「途中で中断して、そちらにいきます。すると、また頭から撮り直しになりますね。中では大きな音がしますので、耳栓をしておいて下さい」
と言って、オレンジ色の耳栓が渡された。摘んで小さくして、耳に入れた。中で空気を吸って膨らむそうだ。
「では、ここに寝て下さい」
もう、すぐにでもこの握っている手榴弾みたいな形のゴムを押してやろうと思った。ポロッと落ちたらどうしようと思って、寧ろ管の方をしっかりと握った。寝台は上げられ、空洞の中に入って行った。真ん中に頭が来る辺りで止まった。目は開けないと決めていた。
「先ず5分間撮ります」
マイクの声が、耳元で響いた。ガラス越しに座っている筈のこの人がいなくなったら困るのだ。ただ一人、凄い頑丈な扉のある部屋に入れられ、今正に恐怖の空洞の中にいる。1秒間に2拍位のダッダッダッと言う音がし始めた。私は目をしっかり閉じたまま、顔の上は広い空が広がっている様を想像した。
同じビートで更に大きな音が重なった。頭の中で「里の秋」を、オカリナで吹いてみた。そのうち音が止んだ。5分間の撮影が終わったのだろうかと思った。自分を恐怖感に陥れさえしなければ、これなら持ちそうかと、一瞬希望の星が過ぎった。
色んな想像をしようとした。出来る事なら眠ってしまおうとも思ったが、これは無理だった。再びさっきの音の繰り返しが始まった。今度は、ガーッと言う連続音も加わった。もう耐えるしかない。音楽も鳴っているようだが、もう少し大きくしてくれたら気が紛れるのに。「赤いスイトピー」でも流れていたら、そっちに気が取られて、そのうち終わるだろうのにと思ったけれど、それは勝手な思いであってどうしようもない事だった。
「はい、終わりましたよ」
と男の人が入って来て、空洞の天井を見る事もなく外に出た。見ておくべきだったと思ったが、済んだのだからこれ以上は何も言う事は出来ない。
体を起こしてくれた。時間がどの位経ったかなど、分かろう筈もなかった。
何事もなかったかのように着替え、暫く待ってフィルムを受け取り、支払いをして、健康ライフプラザを出た。
MRIは「magnetic resonance imaging」の略で、磁気共鳴装置(MR)による影像法の事だ。メリットは、
縦切りや斜めなど自由な角度で撮影できる。
磁気はX線と比べてほとんど人体に害がない。
に代表される。こんなに長時間、X線だったらどうなっていた事だろう。
終わったら、自分でお祝いをしようと考えていた。三宮のそごうデパートの地下で「牛めし」を買って帰って食べる事だった。
予定より早く1時10分に始まったようだった。終わった時間は後で自分の時計を見たが、1時50分だった。あれで40分狭い空洞にいた事になる。終わったからいいようなものだが、私には、這うようにして工事をする管の中での仕事などは絶対に出来ないと思った。
三宮からの高速バスの中ではパンを食べた。家に帰ると「牛めし」を食べた。野菜や刺激物は駄目だが、肉はいいと言う。肉なら腸は喜んでくれるのか。それよりも、次もどうしてもこの「牛めし」を食べたいと言う気にはならなかった。それもそうだ。焼酎と一緒に食べれないんじゃあ、楽しみがない。途中でお腹が痛くなった。ああ、待ってろよ、お前も焼酎が飲みたいんだろ?
思い過ごしだったのか、取り越し苦労だったのか、想像力が逞しかったのか、杞憂に終わったようだ。それでも問診の時の医師は言っていた。
「何割かの人は、閉所恐怖症だと言いますよ」
MRIを撮って来るように言った整形外科の看護師は、
「どうしても駄目で、すぐに合図をして止めてしまったご婦人もいたみたいですよ」
と言っていた位だから、今日までの想像だけで衰弱したような気分だった。