今朝は、お粥に卵を溶いて入れ、塩を加えたものを食べた。その前に、ロールケーキを食べてしまった。今日の夜からは普通に食べようと思っている。野菜や果物や刺激のあるものは1週間駄目だが、魚や肉はいいそうだ。ブログのBO夫婦を訪ねると、牡蠣料理を作った写真が載っていた。貝はいいだろうと自己判断。牡蠣が無性に食べたくなった。

ロールケーキは「Mont-Blanc」製で、東加古川店で買って来てくれたものだった。とても美味い。神戸市西区上新地1丁目1番2 TEL(078)967-7001なので、また自分で買って食べたい。玉に瑕なのは、買ったその日が消費期限だと言う事である。期限後2日目だが、お構いなしにパクついた。

やっぱり安静は大切な事なのだろう。今まで感じた事もなかったが、腸の辺りが脈打っているのが分かる。ブログも書かずにのんびりしていようかとも思ったが、ある本の一部を抜粋して、幸せになる事を分かち合いたいと考えた。


浅見帆帆子著「宇宙につながると夢はかなう~さらに強運になる33の方法~」(フォレスト出版株式会社)。幸せ過ぎて必要の無い人もいるだろうし、こんな事で幸せになれるかと文句をつける人もいるだろう。そんな人達には、余り関係がない書物かも知れない。


「自分と他人の両方が幸せになることを考える」その1は~競争しない~となっているが、「他人を蹴落としたうえでなにかを勝ち取った人は、同じ仕打ちで今度は自分が下げられることになっていませんか?」で問いかける。

「競争の波動で向き合っていると、たとえそれに勝っても、すぐにまた競争しなくてはならない状況になります。常に相手の動きが気になるからです。いつも競争したり、他人と比較して自分の幸せを決めている人たちの世界は、ギスギスとした落ち着かない雰囲気になっているでしょう。まわりと競争して成功しようとする気持ちがなくなれば、あなたのまわりには、あなたと一緒に成功しようとする人、幸せになろうとする人、つまりあなたの夢に協力してくれる仲間がたくさん出てくるのです」。


その2。~まずあなたが幸せになる~を、それぞれの思いで読んで貰えたらいいと思う。




まず、あなた自身が毎日幸せを感じているかどうか、確認してください。

自分を犠牲にして他人のことを考えるのではなく、他人のことを思うためにも、まずはあなたが幸せになっていいのです。あなた自身が十分に幸せを感じていないと、他人のことを本当に思いやることはできないからです。

あなたが不幸のどん底の気持ちを感じているとき、健康や経済的な問題、人との不和など、人生のうまくいかないことをたくさん抱えているときに、まわりの人や世界の平和を心から思いやることはできるでしょうか? あなたより恵まれない人と比較して自分をなぐさめることはできても、それは、あなたよりもっと恵まれている人と比較した途端に、不幸を感じることになります。

自分が満足していない状態で見かけだけ他人につくそうとしていると、だんだんと「これだけしているのにどうして自分は・・」というような見返りを求め始めます。その奉仕活動は、知らないあいだに自分のなにかを犠牲にしたうえで成り立っているからです。このような波動で動けば、どんなに「人のために」と思っても、その行動はどんどんつらいものになっていくでしょう。

本当に楽しい気持ちで他人のためになることをしているとき、人は「自分を犠牲にして」というような感覚自体がありません。

むしろ、自分が楽しむためにしているようなワクワクした気持ちを味わいます。

その結果、自分も楽しくて人のためにもなっていると、両方を満たすことになるのです。

自分の生活さえ幸せに変えられない人が、人の生活に影響を与えよう、変えようとするのは順番が違います。本当に影響を与えられる人は、その本人が自分の生活に心から感謝して幸せを感じることができています。

まず、あなた自身が幸せになっていいのです。

あなたが幸せを感じてワクワクと毎日を過ごすようになると、次は自然にまわりに目が向きます。自分が幸せになっていい、と強く思ってください。



頑なな自分が存在するが、心から自分の考えを転回させて自分が変わる事で、周りも変わって来るのだと思う。プラスの方向に、明るい方向に、喜びの方向に、微笑みの方向に、幸せの方向に、感謝する方向に向かって歩き出した時、不思議な喜びが湧いて来るのを覚えるのだ。マイナス部分をすぐにプラスの方向に転換させられる決断力と勇気が湧いて来るのである。今年を振り返っても、出来ないと思っている事が出来たり、叶うはずがないと思っていた事が叶ったり、見える見えないに関わらず、助けの手が差し伸べられているのが、よりはっきりと確信出来るようになった。

至らぬ凡人の人生修行だが、昔より喜怒哀楽の比重が随分違って来たように思う。現実にはあるが、真ん中の二文字「怒哀」は要らない。「喜楽」がいい。文字を見ても、こっちの方が随分素晴らしく感じられる。気楽に、自然体でいられたらいいなと思う。

不平や不満は要らない。このいとも小さき者でも、常に喜びの世界にいたい。常に感謝の思いに満たされていたい。と言いながら、なかなかね・・。人間だもの。

でも、自分は不幸だとだけは、決して言わないでおこう。