姫路の目抜き通りには、神戸のルミナリエのような電飾がいくつも並んでいた。あの鏤められた緑や赤の光の色は、昔の記憶にある懐かしさに溢れ、静かに癒されていくのを覚える。

開演7時までには、まだ時間は十分にある。4人で、感じのいい居酒屋へ入った。生ビールで乾杯。2人はその後、芋焼酎の水割りを飲んだ。オカリナのコンサートを気持ち良く聴くのに、先に気持ち良くなっていてもいいだろう、と言う屁理屈を付けて飲んだ。

12月に入ってから集合で飲むのを忘年会と言うなら、正しくこれは今年初めての忘年会である。気の置けない人と飲む酒はいいものである。出会って、食べて、飲んで、歓談して、握手して別れる。何気ない事のようだが、これは幸せな事ではないだろうか。


歯科クリニックの2階に、会場の「南風会サロン」はあった。以前、今日の主催者であるテレマン楽器のYさんにカンターレオカリナの事を話したら、持って来ていたので見せて貰った。実力も無いくせにやたらオカリナが欲しくて、スタンダードの1Cと4Cを笠間のカンターレに注文している。これはモデルチェンジの前の、スタンダードよりワンランク上のオカリナだった。

吹いてもいいと言うので、階段で音を鳴らしてみた。どう表現していいか分からない。まともに吹いたら高音は出ない。音階を吹いたら息の加減で狂う。真にこちらの力によって、音を自在に出してくれるオカリナだと思った。音質は例えようもないが、竜宮城で乙姫様に会ったような音。そうとでも言うしかない。わくわくして来た事だけは確かだ。ラッキーにも、今月中に送られて来る事は、カンターレの奥さんと約束済みである。

100人程入れるサロンだが、満員だった。


2009年12月4日、「オカリナとギターのコンサート~暖かい風~」が始まった。

オカリナの茨木智博さんもギターの大芝拓さんも東京音楽大学卒の若手だ。今年4月に聴いて以来、注目している一人である。ギターは故・北村謙、荘村清志に師事しているとあるが、筋金入りである。オカリナはトランペットを専攻していて、あらゆるジヤンルを吹きこなす。

「みなさん、今晩は。司会の方が随分ハードルを上げて下さって。普通の人間です」

と言って、黒ずくめのスーツに銀色のストライプのネクタイをした茨木智博さんは吹き出した。大柴拓さんはと言えば、同じように黒の服で、黄緑色の襟が、大きく覗いていた。すっきりとした、角刈りのような頭になっていた。

始めの曲は、P・マスカーニの「歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』より間奏曲」。後は、プログラム通りではなく、数曲が挿入された。

2番目は日本の曲で「夕焼け小焼け」。昨日は福岡で演奏したと言う。おみやげだと言って、「明太子チーズ」の袋を見せた。後ろを向いて放ろうかと言っていたが、この日が誕生日の人がいて、その人に当たった。

3番目、C・A・ビクシオの「マンマ」。4番目が、「アメージング・グレース」だった。

次にギターソロが入り、「ロマンス」と「カプリコーン」を弾いた。

「ギターの弦はテニスのラケットと一緒で、ナイロンが張ってあります。温度や湿度ですぐ音が狂うので、調弦が大変です。ピアノは200本以上もピアノ線があるので調律師に任せますが、ギターは自分一人でします。右手は爪を伸ばすので爪が折れたらいけないので、ボールが飛んで来ても顔で受けます」

と言って、笑わせた。

前半最後の曲は、A・マルチェッロの「オーボエ協奏曲ニ短調」だった。バロック音楽で、クラシック中のクラシックだと言った。ここまで吹けたら、プロになっても楽しいだろうと思う。こうして前半が終わり、15分の休憩となった。


後半は、森悠也編「竹田の子守唄」だったが、編曲されていると興味深く聴けるものだ。

次7番目が「スペイン」で、これは難しい曲だ。オカリナで吹けたら素晴らしい。

8番目は久石譲の「Two of us」~映画「ふたり」より~。9番目が、アンジェラ・アキの「十五の手紙」だった。中学校の合唱コンクールの課題曲でもあり、茨木智博さんが言うようにメッセージ性の強い曲だ。レパートリーに入れるのにはいい曲かも知れない。4C管を使っていたようだったが、最初は吉塚オカリナだったと思う。次に持ち替えた4C管は違ったもので、音や響きが少し異なった。こんな所で変化を持たせるのは、意外に大事な事だと思う。

10番目、ルイ・アームストロングが歌うG・D・ワイス、G・ダグラスの「この素晴らしき世界」。アケタの模様入りのオカリナで吹いたのではなかったか。

11番目は、演歌っぽい歌謡曲だと言った伊藤薫「紙のピアノ」だった。折角なので、歌詞を載せて置こう。


紙のピアノ
佐野源左衛門一文 詞

黒い柱に大時計
今もかわらぬ故郷の
すすけた壁の子供部屋
紙のピアノがありました
開けると音が鳴ったよで
ポロリ泪が落ちました
ポロリポロポロポロポロリ
紙のピアノは母の声
優しい母の愛の歌

辛い生活母子家庭
ピアノ買ってと駄々こねて
眠った次の朝でした
ふたつ折りした長い紙
マジック書きの鍵盤は
母の手作り涙あと
ポロリポロポロポロポロリ
紙のピアノは鳴らないが
わたしにだけは聴こえてた

言えずじまいの一言を
風に小雪が舞う墓地で
つぶやく母の一周忌
夢をいっぱい ありがとう
笑顔と元気 ありがとう
嬉しかったよ お母さん
ポロリポロポロポロポロリ
家の娘は弾いてます
ゲランドピアノ白い部屋


最後12番は、A・ピアソラ「タンゴの歴史」よりカフェ1930、ナイトクラブ1960で終わった。

オカリナの吹き口は、私もそうだが真っ直ぐに構えずにやや斜めから息を入れている。すると息の音が入ったりもして、また別の効果を呼ぶ。吹き方を見ていると、そんな事が思われて親しみを覚えたが、技術は上手過ぎて、とても親しみなんて覚えられなかった。

アンコールは気分も良かったのか、3曲演奏した。何曲でも吹きそうな勢いがあったが、司会者が、そこで止めた格好になった。2時間以上の演奏で、9時を越えていた。遠くから来ている人もいるからだろう。もう、追っかけがついている。

次は自作の曲で、今の時期にピッタリの曲「七夕」だと言ったので、会場は爆笑した。織姫様に会ったような気持ちで吹きますと言って吹いた。帰りに楽譜をくれたので、今朝吹いてみた。オカリナで出せない最初の7小節の音は、ギターなどの伴奏譜だったから、それを除けば楽しく演奏出来る、なかなかいい曲だと思った。宗次郎さんの「天空のオリオン」以来他のオカリナ奏者の曲は吹いた事がないが、この「七夕」は是非吹いてみたい曲になった。茨木智博の世界が垣間見えるからである。

次「ホワイトクリスマス」。いい時期に聴けた。大柴拓さんが、もう終わったと思って立つので、

「まあ、お座り下さい」

と茨木智博さんが合図をして、最後に2人で演奏した曲が「小犬のワルツ」だった。前から吹きたいと思って、ちょっと手を付けていた曲だ。凄い! オカリナだとこうなるのか、と思った。いとも簡単に、時折会場を見つめながら、余裕を持って吹いている。プロと私の違いはここにある。余裕があるかないかの差なのだ。

デュオをするにも、相手は絶対余裕のある人でなければ、聴かせる演奏にはならない。私の相手は、私以外はみんな余裕がありすぎる位だ。それはそうだろう、みんなプロだもの。

今からもう一度、この時期にピッタリ? だと言った「七夕」を吹いてみよう。そして「小犬のワルツ」も。小犬はくるくる回り続けられなくて、よたよた歩いたり、ドタッと倒れたりするだろうけれど・・。