小郡辺りに来ると記憶のスイッチが押され、ビデオテープの巻き戻しのように猛烈な速さで過去の或る一点で止まった。それは高校3年生の時の修学旅行に焦点が当てられていた。

全員が行った訳ではないが、コースは2つに分けられていた。東京コースと九州コースだった。健二は・・なんて書くと小説になってしまう。私、で行こう。

東京はまた行くだろうと言う予感があって、私は滅多に行かないだろう九州を選んだ。それは福岡、長崎、熊本と言った北方面が中心のコースだった。その為、未だに宮崎や鹿児島には行った事がない。北では唯一佐賀もないのである。

修学旅行全般を書く積もりはなく、小郡辺りの行きがけのバスでの事に注目したい。


バスガイドは背の高い、感じのいい美人だった。バスの中では、独身かどうかを話し合ったりしていた。

チキンライスを型に入れて皿の上で引っくり返すが、取っ手を外したその型のような帽子を斜めに被っていた。色は青色だったような気がする。右に寄っていたか左によっていたかは、確率50パーセントだが思い出せない。バスガイドの名前は自己紹介の時覚えた積もりだったが、これもすっかり忘れている。それから今日まで、思い出す事もなかったのだから、淡い泡沫のようなバスの車中だったのだろう。

親切で、優しくて、声が綺麗で、話が上手くて、美人・・、これだけ揃えば十分過ぎる。今のガイドは幾つ兼ね備えているだろうか。人を沢山見て来た現在の自分なら、このバスガイド以上の人はもっといるに違いないとは思う。けれど、思い出の中にはこの人しかいない。況して、バスの前でツーショットで写真を撮っている。言い出し難い多感な高校生に対して、いとも簡単に応じてくれたのだった。

何がこのバスガイドの事を殊更に今頃になって書かせようとするのか。

それは、何度も何度も歌っては私達に歌わせ覚えさせてくれた歌があり、小郡辺りに差し掛かるとあの時の歌とバスガイドさんが、懐かしく思い出されるのだ。

もう、いいおばあちゃんになっている事だろう。その写真は捨てていないから、田舎の倉庫でも探せば出て来るかも知れない。でも、敢えて探そうとは思わない。たった青春の1コマ、それも瞬間の、セピア色に褪せた薄い記憶の一つに過ぎないからだ。

歌詞はうろ覚えで1番の所々が浮かんで来る位だが、題名は覚えていた。インターネットは本当に有難いもので、探したら歌詞も楽譜も載っていて、おまけかどうかは知らないが3番まで歌っていた。

作詞 河西新太郎、作曲 服部良一、唄 二葉あき子。演奏はコロンビアオーケストラである。


オリーブの歌

1.夢も楽しい そよ風に
  みどり明るい オリーブの
  枝がさやさや 揺れている
  ああ恋を知り 恋に泣く
  島の乙女の 胸のように

2.いつかあなたと あの丘で
  姿やさしい オリーブの
  銀の葉影に 頬よせて
  ああこぼれ咲き こぼれ散る
  白い花びら 数えたね

3.瀬戸の岬に 南欧の
  海を偲べば オリーブの
  実る葉風が 君を呼ぶ
  ああ青い空 青い波
  小豆島山 忘らりょうか


頭の隅に残っていた歌である。バスの中では、いつしか大合唱になっていた。

インターネットでは「オリーブの歌」で出て来る。その中の「オリーブの歌教えて下さい。・・」と言う所で歌も聴ける。念の為、アドレスも転写する。興味のある方は、ぜひ一度聴いてみられたら・・。

http://www.e-shodoshima.com/
または、
http://www.hmv.co.jp/product/detail/235145

あのバスガイドは、年老いて今何処に住んでいるのだろう。10才位お姉さんだったと思う。会えたら奇跡だし、会う必然性もないが、会ったとしても不思議はない。きっとオリーブの歌を歌って貰うだろう。そして、教えて貰ったように一緒に口ずさむだろう。

私のオカリナが今、嬉々としてこの「オリーブの歌」を歌っている。木村オカリナがソプラノの透明な声で、何の躊躇いもなく、腹の底から歌っている。微かな淡い思い出が何十年もの時を越え、高らかに蘇ったのだ。