大分でのオカリナフェスタ(8日)が終わると、いつもの別府湾ロイヤルホテルに1泊するのを残すだけだった。
恒例の露天風呂が待っていた。
後は打ち上げ。(大した事ないので、こう言う場合は言わないと思うけど)
ホテル内の居酒屋でビール、唐揚げ、鍋・・、芋焼酎。「耶馬美人」も1升瓶が2本並べられていた。白と黒のラベルの2種類があるようだ。黒は麦焼酎で、白は米焼酎。白の方が高い。
「天地人」を観る為に早く戻った。11階の1室。見晴らしはいいが、夜の帳(とばり)の中、海の向こうの町の灯り、それと車の黄色っぽいライトや赤いテールランプの光の他は、何も見えなかった。「天地人」が始まった頃は柔らかい布団の所為で、白河夜船だった。
朝(9日)5時半頃の窓の外はさほど重くない雲に覆われていて、少し紫がかった色をしていた。これが東雲(しののめ)と言うのだろう。むらさきだちたるくものほそくたなびきたる・・。
大分や杵築の町の灯りが横長にキラキラしている。右手の道路は細く続き、白っぽい光と赤い光の帯が流れるように行き交っていた。その中に一つだけ、緑の丸い灯りが美しかった。
光景は変わらないのに、時間が経つに連れ、微妙に雰囲気が変わる。もう先ほどの灯りの美しさは感じられなくなっていた。
いざ露天風呂へ。バスが5・6台停められていたから観光客の為風呂も多いと思っていたが、6・7人しかいなかった。折角の露天風呂も、雲と海の境が分からない程の空模様だった。
朝食は7時から8時は人が多いと思ったので、8時過ぎに朝食会場へと足を向けた。ここのバイキングは何故かしら旨い。このホテル、アバロだ。今作った新造語だから分かるまいなあ。私の3つの楽しみ、「朝日とバイキングと露天風呂」の頭文字だ。失礼した。
ゆっくりホテルを出ると、義兄の家に行った。持って帰るものがあったからだ。素敵な所へ連れて行って貰う事になっていたが、その日は一押しの耶馬溪町のコーヒー屋さんが休みの為、断念せざるを得なかった。義兄は休もうと思っていたボランティアのパソコン指導に出かけた。義姉と連れ合いと私の3人は、義姉の勧める串揚げ屋さんに行った。それは昭和の町の中にある。6本だけついた定食で、なかなか美味しいものだった。食感も普通のものとは違う。「金薩摩」「赤薩摩」「森伊蔵」「伊佐美」「耶馬美人」「いいちこ」が並べられ、端っこには「越の寒梅」が存在感を顕にしていた。
昭和の町は550mほどのものだが、桂川を渡ると始まる。中央通り、新町1丁目、新町2丁目、稲荷通りへと続く。ぽつんと離れた宮町通りもその一つだ。
昭和が蘇り、とても懐かしい気分になる。落ち着いた町並みで、歩くのが楽しい。昔ながらの薬屋、呉服屋、雑貨屋、履物屋、御茶屋、駄菓子屋、はかりや等が並ぶ。昭和の町展示館には昔の紙幣類や紙芝居を見ている子供たちの写真、宇佐神宮・くにさき三十三霊場のパネルが有り、結構面白い。
大分には国宝宇佐神宮を元に、三十三の霊場がある。国宝の霊場は、2番目の富貴寺(ふきじ)だけで、ここは九州最古の木造建築物とされている。見え難くなっている壁画も一見の価値はある。霊場には国宝級と言うのと元国宝と言うのがあった。大抵国東市と豊後高田市に散らばっている。「宇佐神宮・国東半島を世界遺産にする会」が発足しているようだ。
小さなみかんだが5、60個はネットに入っている。これが200円なので、驚いて買った。酸っぱ味と甘味が程よく重なり、一口に頬張る事が出来る。やっぱり物価が安いのだ。1本30円の大根も買った。「このかぼす、お一人さま5個まで無料」と言うのもある。
義兄の家まで行き義姉を下ろすと、一路帰途についた。
神戸の布施畑を真夜中過ぎてから出ると通行料が半額になる。ゆっくり休み休み走った。急がないので嫌でも安全運転になる。
小郡辺りに差し掛かると、高校時代の修学旅行を思い出したりしていた。
中国自動車道路を山口ジャンクションから山陽自動車道路に入る。夕食は福山サービスエリアで肉うどんを食べた。麺類は好きだが、特にうどんはいい。時にラーメンが食べたくもなるが、この時はうどんの他は思い付かなかった。
売店をうろうろしながら買ったものがある。「うめ風味(削り節入り)ごまふりかけ」と「しょうゆ風味黒ごまふりかけ」だ。沢山のごまをご飯にかけて食べるのは、何とも豪快だ。「うめ風味」は特にうめーので、ここに書いておいて、気が向いたら注文する積もりだ。あらあら、もう余りないぞ。何千粒食べただろうか。
(株)佐川醤油店
山口県柳井市柳井3708-1
TEL(0820)22-1830 FAX(0820)22-1831
神戸を7日の終わりの方の夜出発して、夜通し走った。10日の初めの方の夜に、神戸に着いた。寝たのはホテルの1泊だけ。だから1泊4日の旅だった。
恒例の露天風呂が待っていた。
後は打ち上げ。(大した事ないので、こう言う場合は言わないと思うけど)
ホテル内の居酒屋でビール、唐揚げ、鍋・・、芋焼酎。「耶馬美人」も1升瓶が2本並べられていた。白と黒のラベルの2種類があるようだ。黒は麦焼酎で、白は米焼酎。白の方が高い。
「天地人」を観る為に早く戻った。11階の1室。見晴らしはいいが、夜の帳(とばり)の中、海の向こうの町の灯り、それと車の黄色っぽいライトや赤いテールランプの光の他は、何も見えなかった。「天地人」が始まった頃は柔らかい布団の所為で、白河夜船だった。
朝(9日)5時半頃の窓の外はさほど重くない雲に覆われていて、少し紫がかった色をしていた。これが東雲(しののめ)と言うのだろう。むらさきだちたるくものほそくたなびきたる・・。
大分や杵築の町の灯りが横長にキラキラしている。右手の道路は細く続き、白っぽい光と赤い光の帯が流れるように行き交っていた。その中に一つだけ、緑の丸い灯りが美しかった。
光景は変わらないのに、時間が経つに連れ、微妙に雰囲気が変わる。もう先ほどの灯りの美しさは感じられなくなっていた。
いざ露天風呂へ。バスが5・6台停められていたから観光客の為風呂も多いと思っていたが、6・7人しかいなかった。折角の露天風呂も、雲と海の境が分からない程の空模様だった。
朝食は7時から8時は人が多いと思ったので、8時過ぎに朝食会場へと足を向けた。ここのバイキングは何故かしら旨い。このホテル、アバロだ。今作った新造語だから分かるまいなあ。私の3つの楽しみ、「朝日とバイキングと露天風呂」の頭文字だ。失礼した。
ゆっくりホテルを出ると、義兄の家に行った。持って帰るものがあったからだ。素敵な所へ連れて行って貰う事になっていたが、その日は一押しの耶馬溪町のコーヒー屋さんが休みの為、断念せざるを得なかった。義兄は休もうと思っていたボランティアのパソコン指導に出かけた。義姉と連れ合いと私の3人は、義姉の勧める串揚げ屋さんに行った。それは昭和の町の中にある。6本だけついた定食で、なかなか美味しいものだった。食感も普通のものとは違う。「金薩摩」「赤薩摩」「森伊蔵」「伊佐美」「耶馬美人」「いいちこ」が並べられ、端っこには「越の寒梅」が存在感を顕にしていた。
昭和の町は550mほどのものだが、桂川を渡ると始まる。中央通り、新町1丁目、新町2丁目、稲荷通りへと続く。ぽつんと離れた宮町通りもその一つだ。
昭和が蘇り、とても懐かしい気分になる。落ち着いた町並みで、歩くのが楽しい。昔ながらの薬屋、呉服屋、雑貨屋、履物屋、御茶屋、駄菓子屋、はかりや等が並ぶ。昭和の町展示館には昔の紙幣類や紙芝居を見ている子供たちの写真、宇佐神宮・くにさき三十三霊場のパネルが有り、結構面白い。
大分には国宝宇佐神宮を元に、三十三の霊場がある。国宝の霊場は、2番目の富貴寺(ふきじ)だけで、ここは九州最古の木造建築物とされている。見え難くなっている壁画も一見の価値はある。霊場には国宝級と言うのと元国宝と言うのがあった。大抵国東市と豊後高田市に散らばっている。「宇佐神宮・国東半島を世界遺産にする会」が発足しているようだ。
小さなみかんだが5、60個はネットに入っている。これが200円なので、驚いて買った。酸っぱ味と甘味が程よく重なり、一口に頬張る事が出来る。やっぱり物価が安いのだ。1本30円の大根も買った。「このかぼす、お一人さま5個まで無料」と言うのもある。
義兄の家まで行き義姉を下ろすと、一路帰途についた。
神戸の布施畑を真夜中過ぎてから出ると通行料が半額になる。ゆっくり休み休み走った。急がないので嫌でも安全運転になる。
小郡辺りに差し掛かると、高校時代の修学旅行を思い出したりしていた。
中国自動車道路を山口ジャンクションから山陽自動車道路に入る。夕食は福山サービスエリアで肉うどんを食べた。麺類は好きだが、特にうどんはいい。時にラーメンが食べたくもなるが、この時はうどんの他は思い付かなかった。
売店をうろうろしながら買ったものがある。「うめ風味(削り節入り)ごまふりかけ」と「しょうゆ風味黒ごまふりかけ」だ。沢山のごまをご飯にかけて食べるのは、何とも豪快だ。「うめ風味」は特にうめーので、ここに書いておいて、気が向いたら注文する積もりだ。あらあら、もう余りないぞ。何千粒食べただろうか。
(株)佐川醤油店
山口県柳井市柳井3708-1
TEL(0820)22-1830 FAX(0820)22-1831
神戸を7日の終わりの方の夜出発して、夜通し走った。10日の初めの方の夜に、神戸に着いた。寝たのはホテルの1泊だけ。だから1泊4日の旅だった。