木枯らし1号の話はどこでも持ち切り。
寒い、確かに寒いけど好きなんだ、この木枯らしと寒さ。
やっぱり、好きになったのは、このうただひかる? 違う、この歌の所為だ。
たきび
作詞 巽 聖歌 作曲 渡辺 茂
1.かきねの かきねの まがりかど
たきびだ たきびだおちばたき
「あたろうか」「あたろうよ」
きたかぜぴいぷう ふいている
2.さざんか さざんか さいたみち
たきびだ たきびだ おちばたき
「あたろうか」「あたろうよ」
しもやけ おててが もう かゆい
3.こがらし こがらし さむいみち
たきびだ たきびだ おちばたき
「あたろうか」「あたろうよ」
そうだんしながら あるいてく
この歌は、大好きな歌である。童謡や唱歌にはそんな歌がいっぱいあるので、順位は付け難いが、私のベスト3に入るかも?
巽聖歌は明治38年に岩手県に生まれている。家業は鍛冶屋だったが文学を志し、北原白秋に師事した。与田準一らと「乳樹」を創刊。また季刊誌「新児童文化」も昭和15年に創刊している。新美南吉の研究者、紹介者としても有名だ。もっとも、代表作は「たきび」であるが。昭和48年に没した。
渡辺茂は明治45年に東京で生まれた。東京都の小学校教諭をしたり、東京学芸大学や聖徳学園短期大学の講師も務めた。日本教育音楽協会理事、日本童謡協会理事を歴任している。代表曲に「ふしぎなポケット」やNHKの依頼で作曲したと言うこの「たきび」がある。
この「たきび」は昭和16年12月9、10日の両日、太平洋戦争開戦後の2日間だけ、NHKラジオ「うたのおけいこ」の時間に放送された。11日には、非常時に何事かと言う軍の命令で中止になっている。昭和24年から「歌のおばさん」で改めて放送された。中野区上高田付近の冬の情景を詞にしているが、モデルになった中野の鈴木家では、たき火をして焼いも大会を行ったりしていると言う。
今から思えば、巽聖歌に会えていた可能性もあったと思うと、明治生まれもそんなに遠くはないと思えて来た。心の中では、「たきび」は同居しているのである。
「かきねの かきねの まがりかど たきびだ たきびだ おちばたき・・」。木枯らしが吹く頃になると、不思議とこの歌が口をついて出る。垣根や山茶花や木枯らしは、この歌で覚えた言葉だと思う。「あたろうか」「あたろうよ」・・。きっとこの言葉からも、自然にやさしさを学んだに違いない。
寒い、確かに寒いけど好きなんだ、この木枯らしと寒さ。
やっぱり、好きになったのは、このうただひかる? 違う、この歌の所為だ。
たきび
作詞 巽 聖歌 作曲 渡辺 茂
1.かきねの かきねの まがりかど
たきびだ たきびだおちばたき
「あたろうか」「あたろうよ」
きたかぜぴいぷう ふいている
2.さざんか さざんか さいたみち
たきびだ たきびだ おちばたき
「あたろうか」「あたろうよ」
しもやけ おててが もう かゆい
3.こがらし こがらし さむいみち
たきびだ たきびだ おちばたき
「あたろうか」「あたろうよ」
そうだんしながら あるいてく
この歌は、大好きな歌である。童謡や唱歌にはそんな歌がいっぱいあるので、順位は付け難いが、私のベスト3に入るかも?
巽聖歌は明治38年に岩手県に生まれている。家業は鍛冶屋だったが文学を志し、北原白秋に師事した。与田準一らと「乳樹」を創刊。また季刊誌「新児童文化」も昭和15年に創刊している。新美南吉の研究者、紹介者としても有名だ。もっとも、代表作は「たきび」であるが。昭和48年に没した。
渡辺茂は明治45年に東京で生まれた。東京都の小学校教諭をしたり、東京学芸大学や聖徳学園短期大学の講師も務めた。日本教育音楽協会理事、日本童謡協会理事を歴任している。代表曲に「ふしぎなポケット」やNHKの依頼で作曲したと言うこの「たきび」がある。
この「たきび」は昭和16年12月9、10日の両日、太平洋戦争開戦後の2日間だけ、NHKラジオ「うたのおけいこ」の時間に放送された。11日には、非常時に何事かと言う軍の命令で中止になっている。昭和24年から「歌のおばさん」で改めて放送された。中野区上高田付近の冬の情景を詞にしているが、モデルになった中野の鈴木家では、たき火をして焼いも大会を行ったりしていると言う。
今から思えば、巽聖歌に会えていた可能性もあったと思うと、明治生まれもそんなに遠くはないと思えて来た。心の中では、「たきび」は同居しているのである。
「かきねの かきねの まがりかど たきびだ たきびだ おちばたき・・」。木枯らしが吹く頃になると、不思議とこの歌が口をついて出る。垣根や山茶花や木枯らしは、この歌で覚えた言葉だと思う。「あたろうか」「あたろうよ」・・。きっとこの言葉からも、自然にやさしさを学んだに違いない。