10月31日、コープ卓球大会から戻りすぐシャワーをしたのが4時過ぎだった。

慌てて準備して、と言ってもバッグにオカリナ「イカロス」を入れて、外出用の服を着て出かけるだけだ。が、懇親会は5時半からだそうで、すでに4時半頃だった。定刻には間に合わない事だけは分かるが、兎に角急いだ。

バスはすぐに来た。それはラッキーだった。

JR垂水駅から三宮まで行き、そこから阪急電車に乗り換え、4つ目の駅六甲で降りる。懇親会会場はすぐ目の前の「六甲苑」だった。近すぎて見落とす事もある。Mさんが外に出てくれていた。10分位遅れただけだった。

名前は覚えていないが、2階の中華料理の店で、テーブル2つで始まっていた。8人ずつで16人の参加だったと思う。知っている人は4人いた。懇親会だけに、しかも初めて参加する人間も珍しいのではないだろうか。


「六甲オカリナ会」をHさんが主催してまだ数回目だが、神戸学生青年センターのホールで行われていた。是非参加したかったし、皆のオカリナを聴きたかった。時間の制限などなしの、面白い企画だ。後から聞いた話では、流石に30分も演奏するグループ(ソロも)はなかったそうで、精々2・3曲だったみたいだ。

初めてお目にかかった人達もあって、知り合いになれるのは楽しいものである。

Aさん(男性)とYさん(女性)が1年半まえにユニットを組んだと言う「和美音(なごみね)」のYさんが頻りに話しかけて来てくれて、私の隣だった主催者HさんがYさんと席を代わった。

世間は狭いと思われるのは、かつての同僚 I さんが、Yさんに私がオカリナを吹く事を言ったみたいで、「オカリナフェスティバルin神戸」で演奏している私だと言う事が分かったそうだ。このユニットは、今年のフェスティバルには参加していた。

更に驚いた事は、Yさんが私の伴奏をしてくれているSさんを知っていた事で、知る所か旧知の間柄だった。何と、ピアノを習いに行っていた先生が同じだったそうだ。そして、Sさんはとても素晴らしい演奏をしていたと言った。Sさんに言ったらきっと驚くと思う。

ちょっとビールを飲んだだけで、私は饒舌になっていた。信じられない位喋り捲った。そこには某新聞社の論説委員の人もいたのに、何と言うお喋り。この自動発声装置はスイッチが故障して、止まらなくなっていた。

論説委員のKさんの話は重みがあり、聞く価値のあるものだった。何故ここに? と誰しもが思う事だろうが、主催者Hさんの吹くオカリナの音に惹かれて弟子になったとか。いい事だ。オカリナって素晴らしいと思った。

某新聞のコラムは一番いいと思うとか、某新聞のは官僚的になっているとか。また、記事のネタを提供されて書いているとも言った。教育の話もちょろっと出たりして、皆も耳を傾けた。

私が喋った事はオカリナ談義に過ぎなかったが、特にYさんは真剣に聴いてくれていたような眼差しだった。私はバッグから「イカロス」を取り出して見て貰った。知らない人もいて、参考になったと思う。最初はお客も1人か2人で音も出せたかと思うし、何より皆のオカリナを私は聴きたかった。けれど、もう既に満員だった。いやあ、ここの中華、結構旨かったと思う。話すのに夢中で、あんまり食べてはいないけれど。

もう一つのテーブルも行かないとと思い、Hさんと代わって貰って移動した。皆と話したかったけれど、こちらには知らない人ばかり。左側の2人と話しただけだった。神戸と尼崎の人だったが、尼崎のAさんとはビールも入り過ぎて、いらん事まで喋ってしまった。この喋り虫!! 心血注いだ「トルコ行進曲」の、オカリナ用に移調した楽譜を送ると言ってしまった。ちょっと音楽を齧っている人ならこの程度の事は朝飯前だから、楽譜を見て移調さえすれば良いのだ。私の楽譜を渡す事を惜しんでいる訳ではないが、自分にとっての楽譜類は呼吸であり、流れる血のようなものだ。吹きたかったら自分でどうにかすればいい事だったのに、この年でこの軽はずみが許せない。

言った手前、クラリネット用の楽譜を送る事にしたが、本当に吹きたかったら移調するなり長さを変えるなり、自分で作業をしたり工夫を凝らしたりして貰えばいいだけの事だ。飲んでいる席ではあったが、その所為にして黙っている訳にも行かないだろう。

反省点が久し振りに明らかになった。軽はずみな言動は慎まなければならない。饒舌は避けなければならない。論説委員のKさんを見習わなければならないと思った。落ち着きがあり、冷静だったからである。

皆、話はしているが、余分な事は言わず、慎ましやかだった。私はと言えば、回転車の中で落ち着きなく、くるくる回っている二十日鼠のようだった。

沈黙は金と言う諺が、今頃になってよく分かった。でも、沈黙ばかりしていたら楽しくないから、せめて銀か銅かのレベルに周波数を合わせて精進したい。決して浜の真砂にはなってはならないと誓った。すぐに崩れる誓いかも知れないが、反省する事に意義がある。テーブルに片手を付いて、静かに頭を垂れてみようと思う。

楽しいのは楽しかったが、人はその出会いで値踏みをするから恐ろしい。雑魚はいかんなあ、気楽なんだろうけれど。


最後のチャーハンも食べていなかったので、誘われるままに、フェスティバルでは毎年ユニークなジャズを演奏する自転車大好きと言う馴染みのSiさんと、迎えに出てくれていたMさんの3人で、かなり歩いてラーメンを食べに行った。「ラーメン太郎」。こんな場所でも、この時間でも満員だった。

垂水からの最終バスには十分に間に合った。