ああ、天高い秋、実りの秋、食欲の秋。食べて、太って、嬉しさと苦しさが同居する、秋。
奈良県五條市は日本一の柿の産地だそうだ。昨日の夜のTVだが、そうそうNHKの「ためしてガッテン」だった。
日本には柿の種類が1000種以上あるそうで、これにはおったまげた。ヒガンバナの名称も1000以上あると言う学者もいたが・・。これは直接関係がないけれど、甘柿が17種とは、ちと少ないではないか。しかし市場には、渋柿を甘柿に変えて出荷しているそうだ。ガッテン!
硬い柿がいいか柔らかい柿がいいかで、圧倒的に硬い柿がいいと言うアンケト結果があった。けれど、柿は1日で柔らかく変化して行くそうで、その中途半端な柿を食べた人が、柿を敬遠するようになるそうだ。
買って来たらすぐに食べればまだシャキシャキ感はあるのだろうが、ちょっとでも放って置くと、嫌になる原因を作る中途半端な食感となる。ジュクジュクした方がいい向きは、暫く放って置けばあのつるっとした食感の柿を食べる事ができる。「おばあちゃんが食べている所を見たら妖怪みたいだった」とか「主人が結婚前に食べている所を見ていたら、結婚しなかった」とか、ジュクジュクの方は不評だった。けれど、食べたら甘くて美味しいのだ。私はどちらも好きなんだけれどねえ。
シャキシャキ感を保つ方法があると言う。リンゴは至る所で呼吸しているが、柿はへたの部分からだけ呼吸をしている。それで、水でティッシュを湿らせて、へたに被せ、下向きにすればいいそうだ。そのまま新聞紙にくるんで冷蔵庫に入れて置けば、3週間はその状態でいると言うから、これも吃驚だった。
折角のグルメの秋だが、ごそごそしていたら随分前に切り抜きをしていた「天声人語」が出て来た。これを載せてみようと思ったが、それだけで前書きが長くなってしまって、「しまった!」。また短くして、多くの人に見て貰えるチャンスを失ってしまった。
まっ、いいか。これも私の生まれながらの定めだ。紹介したら、それで今日は、おいとま致します。
天声人語
たしか落語の、先代の林家正蔵だったと記憶する。「カビってどうして生えてくるんでしょう」と聞かれて、「早く食わねえからだ」と答えたそうだ。単純にして愉快。だが、はなからカビたものや、農薬の残ったものを知らずに食わされては、消費者は身の守りようがない。
カビや農薬に汚染された事故米の広がりが、深刻さを増している。焼酎や日本酒にとどまらない。病院や老人施設の給食にも使われていたと明らかになった。学校給食は大丈夫か、社員食堂はどうかと、不安はいや増す。
なにしろ「瑞穂(みずほ)の国」である。米を中心にした食の文化を古来育んできた。主食としてはむろん、餅や菓子から発酵食品まで、多彩に暮らしに入り込んでいる。被害のおよぶ下地は相当に広い。
事故米は、工業用糊の原料などにしか使えない。だから安く仕入れられる。食用と偽って販売した業者は、罪を承知で利ざやを狙っていた。経営が苦しかったというが、糊口(ここう)をしのぐために、消費者が「糊」を食わされてはたまらない。
業者には、農水省が米を売った。だが工業用の米を食品会社に売ること自体、そもそもおかしくはないか。そして用途の検査は馴(な)れ合いだった。この役所の、消費者ではなく業界を向いている正体が、垣間見える。
舞台やドラマ撮影で、食べ物を「消え物」と呼ぶ。なるほど、腹に収まれば消えてなくなる。後を絶たない食品不祥事は、「しょせん消え物」だと業者が高をくくっているためか。やせ細った食への信頼はさらに細って、食欲の秋が色あせていく。
ここで終わる約束をした。言葉の意味だけ、私の薄識のために記して置きたい。角川国語辞典より。
「糊口」・・生計。くちすぎ。生活。「糊口の資」。「糊口をしのぐ」(やっとくらしていく。やっと食べていく)。
「くち過ぎ」・・生活。生計。糊口。「くち過ぎのための仕事」。
本当の実りの秋を、みんなで喜び合える日は、来るのだろうか。
奈良県五條市は日本一の柿の産地だそうだ。昨日の夜のTVだが、そうそうNHKの「ためしてガッテン」だった。
日本には柿の種類が1000種以上あるそうで、これにはおったまげた。ヒガンバナの名称も1000以上あると言う学者もいたが・・。これは直接関係がないけれど、甘柿が17種とは、ちと少ないではないか。しかし市場には、渋柿を甘柿に変えて出荷しているそうだ。ガッテン!
硬い柿がいいか柔らかい柿がいいかで、圧倒的に硬い柿がいいと言うアンケト結果があった。けれど、柿は1日で柔らかく変化して行くそうで、その中途半端な柿を食べた人が、柿を敬遠するようになるそうだ。
買って来たらすぐに食べればまだシャキシャキ感はあるのだろうが、ちょっとでも放って置くと、嫌になる原因を作る中途半端な食感となる。ジュクジュクした方がいい向きは、暫く放って置けばあのつるっとした食感の柿を食べる事ができる。「おばあちゃんが食べている所を見たら妖怪みたいだった」とか「主人が結婚前に食べている所を見ていたら、結婚しなかった」とか、ジュクジュクの方は不評だった。けれど、食べたら甘くて美味しいのだ。私はどちらも好きなんだけれどねえ。
シャキシャキ感を保つ方法があると言う。リンゴは至る所で呼吸しているが、柿はへたの部分からだけ呼吸をしている。それで、水でティッシュを湿らせて、へたに被せ、下向きにすればいいそうだ。そのまま新聞紙にくるんで冷蔵庫に入れて置けば、3週間はその状態でいると言うから、これも吃驚だった。
折角のグルメの秋だが、ごそごそしていたら随分前に切り抜きをしていた「天声人語」が出て来た。これを載せてみようと思ったが、それだけで前書きが長くなってしまって、「しまった!」。また短くして、多くの人に見て貰えるチャンスを失ってしまった。
まっ、いいか。これも私の生まれながらの定めだ。紹介したら、それで今日は、おいとま致します。
天声人語
たしか落語の、先代の林家正蔵だったと記憶する。「カビってどうして生えてくるんでしょう」と聞かれて、「早く食わねえからだ」と答えたそうだ。単純にして愉快。だが、はなからカビたものや、農薬の残ったものを知らずに食わされては、消費者は身の守りようがない。
カビや農薬に汚染された事故米の広がりが、深刻さを増している。焼酎や日本酒にとどまらない。病院や老人施設の給食にも使われていたと明らかになった。学校給食は大丈夫か、社員食堂はどうかと、不安はいや増す。
なにしろ「瑞穂(みずほ)の国」である。米を中心にした食の文化を古来育んできた。主食としてはむろん、餅や菓子から発酵食品まで、多彩に暮らしに入り込んでいる。被害のおよぶ下地は相当に広い。
事故米は、工業用糊の原料などにしか使えない。だから安く仕入れられる。食用と偽って販売した業者は、罪を承知で利ざやを狙っていた。経営が苦しかったというが、糊口(ここう)をしのぐために、消費者が「糊」を食わされてはたまらない。
業者には、農水省が米を売った。だが工業用の米を食品会社に売ること自体、そもそもおかしくはないか。そして用途の検査は馴(な)れ合いだった。この役所の、消費者ではなく業界を向いている正体が、垣間見える。
舞台やドラマ撮影で、食べ物を「消え物」と呼ぶ。なるほど、腹に収まれば消えてなくなる。後を絶たない食品不祥事は、「しょせん消え物」だと業者が高をくくっているためか。やせ細った食への信頼はさらに細って、食欲の秋が色あせていく。
ここで終わる約束をした。言葉の意味だけ、私の薄識のために記して置きたい。角川国語辞典より。
「糊口」・・生計。くちすぎ。生活。「糊口の資」。「糊口をしのぐ」(やっとくらしていく。やっと食べていく)。
「くち過ぎ」・・生活。生計。糊口。「くち過ぎのための仕事」。
本当の実りの秋を、みんなで喜び合える日は、来るのだろうか。