2009年10月4日(日)
少々拡大した両家の対面顔合わせが済むと、その記念写真を撮った。
庭園での撮影だが、既に紅い絨毯が敷かれていた。それは、芝生の緑に一際光彩を放っていた。上空の空は不思議に二分され、青空と厚い雲の境が出来ていた。冷たい雫を2滴程顔面に感じた後は、何事も起こらなかった。そんな話をした者は誰一人いないようだった。
どこかで知り合って何かを育んで来た小児科医の二人。リングベアラーの子どもを先頭に、父親に誘われて角隠しの新婦が絨毯を踏んだ。歩く父親の脚がぎこちなく、小刻みに震えているのが分かった。その気持ちは手に取るように分かる。緊張も伝わって来る。
待ち受ける新郎に委ねられた。
エンゲージリングが交わされ、三々九度の杯が。高知の「土佐鶴」と福島の「舞」がミックスされたお酒だった。目の前で2つのボトルから混ぜられたものだ。
新婦側は顔面に、新郎側は後頭部に暑い日差しを受け、新郎新婦は紅い絨毯を歩み出す。見守る両サイドの者達は、花びらを両手で片手で思い思いに投げ掛ける。人前で承認された祝福のフラワーシャワーだった。花びらもこぼれ笑みもこぼれ、二人は消えた。
披露宴が始まった。新郎側21名、新婦側25名、中央の知人が26名、新郎新婦を入れて74名の宴となった。
ウエディングドレスの新婦は際立って綺麗だった。新郎はさっきまでルパンのようなもみ上げだったが、それを剃っての入場だった。誰かが「サプライズがある」と言っていた意味がここで分かった。
独協医科大学○○病院小児科教授、準教授の来賓祝辞があり、○○病院小児科部長の乾杯の音頭でフランス産スパークリングワイン(BOUQUET D’OR)を飲み干した。恐怖のグルメの旅の開幕である。
MENU
御祝肴
琥珀寄せ 子持昆布 海老雲丹焼 枝豆蟹真丈銀杏 子持鮎有馬煮 萩豆腐花菊
御椀物
蟹真丈 松茸
御造里
祝鯛姿造り 北寄貝 帆立
ロブスター黄金焼
茶碗蒸しフカヒレ餡
福島牛フィレステーキ(マルサラソース)
福の島実りの秋の朴葉包み 古代米笹巻
デザート
珈琲
娘がロブスターを食べてくれと言う。取り敢えず手許に置いたが、食べず仕舞いだった。また、言った。ステーキを食べてくれと。これも取り敢えず手許に置いたが、これは食べた。旨い! そして、ここからが絶望への道を辿る事となった。
最後は庭に出て、入刀されたウェディングケーキが二人の手によって振舞われた。お腹は満タンで噎せ返っていたが、新婦が「あら」と言ったような顔をして、親しそうにケーキを皿に入れてくれた。昨夜の宴会で会っているし、あれだけオカリナを失敗したら、嫌でも覚えてくれる。インパクトがあった訳だ。
何と、このケーキが旨い。二つ食べれば良かったと言う人がいたが、これは納得である。私は勿論二つなんてパスだ。世界中で一番太った犬みたいな腹を抱えて元の場所に戻り、コーヒーを飲んだ。
二人はそれぞれの親に素敵な花籠を手渡し、謝辞があって、お開きとなった。
ずっと仕切っていた若女将が私の胸のポケットにオレンジ色の花を差してくれた。何故だろうと考えた。宴の中で女将の本に載っている文章を褒めたからだと思った。それで、この顔が印象に残っていたのだろう。
新郎新婦と親が退席する者達に挨拶するために並んでいる。私はそこに向かおうとしたが、若女将とスタッフが並んでいる所に戻り、素晴らしい披露宴だった事を告げた。あの一輪の花が、そうさせたのだった。こうしたちょっとした若女将の気遣いが、人の心を温かくさせる。人って、私です!
新郎に、「世界一の研究者になって」と言った。「先ず、日本一になります」と応えた。最もだと思った。彼が小さい時から知っているが、素晴らしい青年になったと思った。「こんどCD作ったら送る」と言った。いつになるか分からないのに「お願いします」と言って笑った。新婦も横でそれを聴いていた。こうして「一力」での結婚式と披露宴は終わった。心から二人の前途を祝福したい。
でも、気を付けろよ! 新婦は綺麗で華奢だが、剣道は二段なんだから。
4日と5日は「裏磐梯ロイヤルホテル」に宿泊予定である。
そんなに急がないが、親戚4人と合流する事になっている。時間も4時半を回った。この頃「野口英世記念館」の前にいた。入館出来るか否かの切実な時間の中にいた。磐梯山は目の前に麗姿を顕にしている。4月~10月は入場は16時45分までだった。11月~3月なら16時までだ。辛うじてセーフ。500円の入場料で、足早に見学する事にした。
〒969-3284 福島県耶麻郡猪苗代町大字三ツ和字前田81(三城潟)
TEL(0242)65-2319 FAX(0242)65-2500
生家についてこう記されている。
1867年(明治9)11月9日に生まれて、上京するまでの19年間を過ごしたこの家は、建てられて二百年近くたった今も当時の姿が保たれています。博士が火傷した囲炉裏や、上京するときに決意を刻んだ柱が残されています。
囲炉裏も柱も見た。母シカは、博士をどれ程愛していたかが伺われる例の手紙。それは帰って来て欲しい気持ちを切々と書いたものだ。「はやくきてくだされ」と続けて4回並べられている。最後は「ねてもねむられません」と結んである。
ここに佇んでいると、1歳を過ぎた赤子の博士がこの囲炉裏で手を大火傷した様、この土間を歩いている様子がまざまざと思い返されるのである。
柱の決意は、確かこう刻まれていたと思う。
「志を得ざれば 再び此地を踏まず」。
偶然の火傷から苦しみを乗り越えて偉大な業績を残した博士。けれど、私にはそうあるための神のシナリオだったような気がしてならない。野口英世博士への質問に、そっくりのロボの博士が、身振り手振りで応える。「千円札になった感想は?」「一万円札かと思ったが・・。それは冗談で、医学者がなったのは初めてで、とても嬉しい」。
国民は「野口英世」を心から誇りに思っている。永遠に失いたくない人格だとも思っている。偉大な人だったとつくづく思うのだ。
「裏磐梯ロイヤルホテル」に着くと、「天地人」を観てからの夕食となった。なんとホテルの中に居酒屋があり、そこで一人一皿ずつ注文しては分けながら食べた。意外と旨く、おでんなど2度も注文した。唐揚げも好評だった。焼おにぎりもよく売れた。生ビールの後は芋焼酎の水割りをご飯の代わりにした。そうして、総勢9名の遅い夕食は終わった。
特にする事もなく、柔らかな布団に身をうずめると、いつしかまどろんで行ったようだった。
裏磐梯ロイヤルホテル
〒969-2701 福島県耶麻郡北塩原村大字桧原字剣ヶ峯1093-309
TEL(0241)32-3110 FAX(0241)32-3130
乗用車180台収容 地上4階 227室
少々拡大した両家の対面顔合わせが済むと、その記念写真を撮った。
庭園での撮影だが、既に紅い絨毯が敷かれていた。それは、芝生の緑に一際光彩を放っていた。上空の空は不思議に二分され、青空と厚い雲の境が出来ていた。冷たい雫を2滴程顔面に感じた後は、何事も起こらなかった。そんな話をした者は誰一人いないようだった。
どこかで知り合って何かを育んで来た小児科医の二人。リングベアラーの子どもを先頭に、父親に誘われて角隠しの新婦が絨毯を踏んだ。歩く父親の脚がぎこちなく、小刻みに震えているのが分かった。その気持ちは手に取るように分かる。緊張も伝わって来る。
待ち受ける新郎に委ねられた。
エンゲージリングが交わされ、三々九度の杯が。高知の「土佐鶴」と福島の「舞」がミックスされたお酒だった。目の前で2つのボトルから混ぜられたものだ。
新婦側は顔面に、新郎側は後頭部に暑い日差しを受け、新郎新婦は紅い絨毯を歩み出す。見守る両サイドの者達は、花びらを両手で片手で思い思いに投げ掛ける。人前で承認された祝福のフラワーシャワーだった。花びらもこぼれ笑みもこぼれ、二人は消えた。
披露宴が始まった。新郎側21名、新婦側25名、中央の知人が26名、新郎新婦を入れて74名の宴となった。
ウエディングドレスの新婦は際立って綺麗だった。新郎はさっきまでルパンのようなもみ上げだったが、それを剃っての入場だった。誰かが「サプライズがある」と言っていた意味がここで分かった。
独協医科大学○○病院小児科教授、準教授の来賓祝辞があり、○○病院小児科部長の乾杯の音頭でフランス産スパークリングワイン(BOUQUET D’OR)を飲み干した。恐怖のグルメの旅の開幕である。
MENU
御祝肴
琥珀寄せ 子持昆布 海老雲丹焼 枝豆蟹真丈銀杏 子持鮎有馬煮 萩豆腐花菊
御椀物
蟹真丈 松茸
御造里
祝鯛姿造り 北寄貝 帆立
ロブスター黄金焼
茶碗蒸しフカヒレ餡
福島牛フィレステーキ(マルサラソース)
福の島実りの秋の朴葉包み 古代米笹巻
デザート
珈琲
娘がロブスターを食べてくれと言う。取り敢えず手許に置いたが、食べず仕舞いだった。また、言った。ステーキを食べてくれと。これも取り敢えず手許に置いたが、これは食べた。旨い! そして、ここからが絶望への道を辿る事となった。
最後は庭に出て、入刀されたウェディングケーキが二人の手によって振舞われた。お腹は満タンで噎せ返っていたが、新婦が「あら」と言ったような顔をして、親しそうにケーキを皿に入れてくれた。昨夜の宴会で会っているし、あれだけオカリナを失敗したら、嫌でも覚えてくれる。インパクトがあった訳だ。
何と、このケーキが旨い。二つ食べれば良かったと言う人がいたが、これは納得である。私は勿論二つなんてパスだ。世界中で一番太った犬みたいな腹を抱えて元の場所に戻り、コーヒーを飲んだ。
二人はそれぞれの親に素敵な花籠を手渡し、謝辞があって、お開きとなった。
ずっと仕切っていた若女将が私の胸のポケットにオレンジ色の花を差してくれた。何故だろうと考えた。宴の中で女将の本に載っている文章を褒めたからだと思った。それで、この顔が印象に残っていたのだろう。
新郎新婦と親が退席する者達に挨拶するために並んでいる。私はそこに向かおうとしたが、若女将とスタッフが並んでいる所に戻り、素晴らしい披露宴だった事を告げた。あの一輪の花が、そうさせたのだった。こうしたちょっとした若女将の気遣いが、人の心を温かくさせる。人って、私です!
新郎に、「世界一の研究者になって」と言った。「先ず、日本一になります」と応えた。最もだと思った。彼が小さい時から知っているが、素晴らしい青年になったと思った。「こんどCD作ったら送る」と言った。いつになるか分からないのに「お願いします」と言って笑った。新婦も横でそれを聴いていた。こうして「一力」での結婚式と披露宴は終わった。心から二人の前途を祝福したい。
でも、気を付けろよ! 新婦は綺麗で華奢だが、剣道は二段なんだから。
4日と5日は「裏磐梯ロイヤルホテル」に宿泊予定である。
そんなに急がないが、親戚4人と合流する事になっている。時間も4時半を回った。この頃「野口英世記念館」の前にいた。入館出来るか否かの切実な時間の中にいた。磐梯山は目の前に麗姿を顕にしている。4月~10月は入場は16時45分までだった。11月~3月なら16時までだ。辛うじてセーフ。500円の入場料で、足早に見学する事にした。
〒969-3284 福島県耶麻郡猪苗代町大字三ツ和字前田81(三城潟)
TEL(0242)65-2319 FAX(0242)65-2500
生家についてこう記されている。
1867年(明治9)11月9日に生まれて、上京するまでの19年間を過ごしたこの家は、建てられて二百年近くたった今も当時の姿が保たれています。博士が火傷した囲炉裏や、上京するときに決意を刻んだ柱が残されています。
囲炉裏も柱も見た。母シカは、博士をどれ程愛していたかが伺われる例の手紙。それは帰って来て欲しい気持ちを切々と書いたものだ。「はやくきてくだされ」と続けて4回並べられている。最後は「ねてもねむられません」と結んである。
ここに佇んでいると、1歳を過ぎた赤子の博士がこの囲炉裏で手を大火傷した様、この土間を歩いている様子がまざまざと思い返されるのである。
柱の決意は、確かこう刻まれていたと思う。
「志を得ざれば 再び此地を踏まず」。
偶然の火傷から苦しみを乗り越えて偉大な業績を残した博士。けれど、私にはそうあるための神のシナリオだったような気がしてならない。野口英世博士への質問に、そっくりのロボの博士が、身振り手振りで応える。「千円札になった感想は?」「一万円札かと思ったが・・。それは冗談で、医学者がなったのは初めてで、とても嬉しい」。
国民は「野口英世」を心から誇りに思っている。永遠に失いたくない人格だとも思っている。偉大な人だったとつくづく思うのだ。
「裏磐梯ロイヤルホテル」に着くと、「天地人」を観てからの夕食となった。なんとホテルの中に居酒屋があり、そこで一人一皿ずつ注文しては分けながら食べた。意外と旨く、おでんなど2度も注文した。唐揚げも好評だった。焼おにぎりもよく売れた。生ビールの後は芋焼酎の水割りをご飯の代わりにした。そうして、総勢9名の遅い夕食は終わった。
特にする事もなく、柔らかな布団に身をうずめると、いつしかまどろんで行ったようだった。
裏磐梯ロイヤルホテル
〒969-2701 福島県耶麻郡北塩原村大字桧原字剣ヶ峯1093-309
TEL(0241)32-3110 FAX(0241)32-3130
乗用車180台収容 地上4階 227室