2009年10月3日(土)から10月7日(水)まで、ブログを休みました。

義理の甥っ子の結婚式に出席していたからです。

兵庫県神戸市から福島県郡山市までの旅だったのです。

私と連れ合いと長女、それに次女と息子の5人が、車で出発したのです。

3日の午前1時30分の出発です。

目的地まで約750kmの距離を何度も休憩しながら、着いたのは午後4時30分。

延々15時間かかりました。



用意して貰っていたのは、政府登録国際観光旅館 ふくしま・磐梯熱海温泉 なごみの彩り「四季彩一力」と言って中々の旅館でした。トップクラスは間違いありません。昭和天皇・皇后が泊まられた程の旅館だったのです。


広い庭園があります。それはそうでしょう。この庭で人前結婚式が行われたのですから。

泊まりも式も同じこの旅館で、私達に取っても移動の負担がなく、配慮されていると思いました。


その晩6時半から、両家の家族と数人の親族で顔合わせの宴がありました。料理も半端なものではありませんでした。先ず、ここで満腹してしまい、ある部分に関しては悲劇の旅の始まりとなりました。結論から申せば、この旅の間中空腹感は一度もなく、5日で3圓料?未箸覆蠅泙靴拭3圓抜蔽韻妨世い泙垢、3圓離瀬鵐戰襪鮖?辰討澆堂爾気ぁあの重さが加わったのです。グルメを廃業しなければ、私の命が危ないのです。大袈裟でしょうか。


飲んで酔っていい気持ちになりました。オカリナを吹く事になり、音の美しさを披露しようと思いました。1Cで「赤い花白い花」、イカロスで「白鳥」を吹きました。酔っていたのでしょうね。「赤い花白い花」が突然「少年時代」のメロディ-変わったような気がしました。どうしようと思いましたが、最後辺りはアドリブで吹きました。挽回しようと思い2コーラス目も吹き始めました。元の木阿弥です。また同じ結果になってしまいました。ああ、この溜息聞こえますか。

「白鳥」の出番です。半ば過ぎてどっか最初と重複したのでしょうか。それが分かって愕然としました。これは余りにも有名な曲で、修復不可能です。初めて味わいました。ギブアップってやつ。「何か変になりましたね。無茶苦茶になりました」と言って途中で止めました。笑えない場面でしたが、笑ってしまいました。みんなも笑っていました。私の言動が可笑しかったのでしょうね。残念な事は否めませんが、これでいいと思いました。落ち込む状況ではなかったからです。けれど、演奏は恐ろしさと同居しています。



ちょっと気落ちさせてしまった皆さんのために、この旅館の女将が100人の女将の文章を載せた本に書いた文章を載せるので、女将の人柄と四季彩一力の雰囲気を味わって下されば幸いです。可笑しくて、私は久し振りに笑いました。文章がとっても上手いと思いました。ある紙の裏にボールペンで必死に写し取ったのですよ。



旅は出会いのパッケージ
             四季彩一力 小 口 潔 子(おぐちきよこ)


私ども四季彩一力は大正7年の創業ですから、これまでご利用になられたお客様に書いていただいた色紙や短冊がたくさんございます。

昭和59年、昭和天皇・皇后陛下がフルムーンでおいでになりましたとき、壁に飾ってあった一枚の色紙の前で歩みを止められました。そっと様子をうかがいますと、永六輔さんの色紙でした。「今度来たときは池の鯉を釣らして下さい」という、墨で書いた文章です。

昨年、永さんにお目にかかったとき、「今では一力の家宝みたいなものですよ」と、ご本人に話してみました。突然40年以上も前の話を持ち出されて、永さんは一瞬戸惑ったようでした。

永さんの話によると、その日は作家の壇一雄さんとご一緒で、大変グルメな壇さんは、いつも、どこにでも、包丁持参で出かけたそうです。その日、夜更けまで話し込むうちに、だんだんおなかが空いてきた。そうだ池には鯉がいっぱいいる。一匹捕って鯉の洗いを作ろう。

まだ若かった永さんは、障子を開けるとひらりと庭に下りて、池に入って行きました。鯉を捕まえようとすると、鯉は逃げる。つい夢中になって、バシャバシャしていたら、いつの間にか大騒ぎになり、お客さまやら、従業員やら、皆出てきて、ついに家人の知るところになってしまいました。

多分当時もスキンヘッドだったに違いない父は、頭から湯気をたてて怒るわ怒るわ、ついに「この夜中に池に入って鯉を捕るとは何事だ。釣るならともかく」と怒鳴ったそうです。そこで永さん「今度来たときには池の鯉を釣らして下さい」という色紙を書いたそうです。「いやー、今は来たくなかったのよね。一力の女将には会いたくなかったのよ」ということでした。「永さん、すみません。お客さまは神様です、という言葉を父は知らなかったのですね。この場をお借りしてお詫び申し上げます」と申しました。

実は昨年の女将サミットの会場での出来事です。司会の私と当日の記念講演をされた永さんの、台本にないやりとりに会場は笑いの渦となりました。最後に一度ステージを降りられた永さん、再び壇上に駆け上がって、「この間、三波春夫に会ったら、『あのときの神様は皆仏様になっちゃった』と言っていましたよ」。

会場はさらに笑いの渦。おかしさに涙を浮かべながら、今は亡き父のエピソードを聞いて、心温まる思いでした。一枚の色紙にまつわる物語が、心を打ちました。たくさんある色紙の一枚一枚に、それぞれの人と人との出会いや、かかわりがあるのだということに深く感銘いたしました。何かほほ笑ましい、古き良き時代が伝わってきます。立ち止まってじっくりと見入っておられた陛下は、何を感じられたのでしょう。色紙の裏に秘められた、温かなやりとりを、肌に感じられたのかもしれません。旅は出会いのパッケージ。素敵な出会いに満ちた場をつくっていきたいと思います。(96・9・20)


そうして、その夜は更けて行きました。男5人、旅館の一部屋で、「いいちこ」を飲んでおりました。





〒963-13 福島県郡山市熱海町熱海4-161
TEL(0249)84-2115 FAX(0249)84-3711
交通:JR磐梯熱海駅から徒歩4分、磐越自動車道磐梯熱海ICから7分
料金:1泊2食付き18,000~
客室数:75室
料理:山海焼き、福島牛しゃぶ、シャモ鍋

四季折々に美しく姿を変える日本庭園「水月園」で、自然と語らいながら散策を。