NHKテレビ「にっぽん紀行」は、24日夜7時半より加計呂麻島(かげろまじま)を映し出していた。
バスの表示には、西阿里⇔瀬相とあったように思う。バス廃止に追いやられたのを発想の転換で、存続の危機を脱した事を伝えた番組だった。この島は奄美の南に位置する横長い島である。何故ブロブに取り上げたかは簡単だ。私のブログを盛り上げてくれる「シマ唄魅力さん」の故郷がすぐ近くの徳之島だからである。五番街ではないけれど「ローズマリーさん」のブログに立ち寄った時目にし、是非見てみようと思ったのだった。
以下、テレビで観た事を取材? しよう。
東京からは飛行機に乗り、船に乗って、6時間ほどかかる。加計呂麻島の暮らしは、バスに負う所が大きい。狭く険しい崖のある山道を1時間かけてバスの発着所に着く。私の母の里岡山県の千屋町成地は、高梁川に沿って新見から6里の道を上って行くのだが、よく似ていて思い出した。
社長のHさんは10人の社員(運転手)を抱え、自分も運転している。停留所は簡素な板張りのもので、懐かしい思いがした。けれどバスは道のどこでも止まる。人の良さそうな社長兼運転手は二人のおばあさんを見つけて止めた。「きゅらむん(美人)二人が乗ってくれた」と言った。大体65才以上のお年寄りが乗るそうだ。
バスは島民の生活の足ともなっていて、食料も運ぶ。ダンボール1箱100円で運ぶから、とても親切だ。
運転手が、1日の売り上げを出して合って計算する。その日は18,590円だった。この社長Hさんは何年前だったか聞きそびれたが、廃絶するこの会社を5,000万円の借金で買い取ったそうだ。
壊れた部分もある古いバスは、自分達で修理しなければならなかった。パンクしたタイヤのチューブを見せていたが、その度にゴムを貼った箇所は8つもあった。
社長は社員に宣言した。給料3割カット! バスを容赦なく、激しい雨が叩く。
ただし、バス以外の仕事(バイト)も許した。例えばハブ捕り・・。1匹捕まえて然る所へ持って行けば3,000円になる。ハブからは血清が採れるのだ。
ハイビスカスは、道端に当たり前のように赤く鮮やかに花をつけている。
やっぱりこの人は社長である。奄美市のトラベル会社に談判に行った。貸切バスでの観光を思い付いたのだった。必ずお客の満足出来る案内をすると言って、承諾を取り付けた。こう言う所が胸を打つのだ。
ガイドは兵庫県から来ている、ここでは若い社員が担当する事になった。ダイビングのインストラクターだったが、観光客もなく人も少なく、止めざるを得なかったそうだ。そこに、この社長に雇って貰ったと言う訳である。彼は、島の事を勉強し始めた。
社長が運転し、彼の初仕事が始まった。バスガイドである。
降りて、海軍の施設跡を案内する。
「これは特攻艇『しんよう』です。この突き出た所が当たると爆発します」
12の防空壕に2・3艇が置かれていたと言う。
島民はバス観光に協力した。おじいさんが椅子に座り三線(さんしん)で唄う。生活に溶け込んでいる極自然な唄に、観光客は耳を寄せる。そして惜しみない拍手。これぞ奄美の本意だ。まあ、カラオケで歌っているようなものだとは思う。ステージでの歌手とは違う。
シマ唄さん(魅力まで付けると面倒臭いのでここでは省略するが)なんかに歌わせたら、日本(奄美)でも有数の歌い手だろう。彼はステージに立てる男なのである。先ず本土では右に出る者はいないと思う。バシャ山会の会長をしており、週に1回は、練習会を持っている。
三線は黒檀やニシキヘビの皮を使って自分で作る。最近はニシキヘビも殆どいなくなり本物の皮は使わないと言っていたように思うが、かれこれ40年のベテランである。どこからあんなこぶしの効いた声が飛び出すのか、と思う程の美声の持ち主だ。是非皆に聴かせたい。
バスは満員の観光客を乗せて走る。
「この道端にいくつもある、先が赤く塗ってある棒は何でしょう? これは用心棒と言って、ハブに出会ったらこれで叩く為のものです。死んだら元も子もありませんが、生きていたらお金になります」
彼の話も調子を帯びて来た。バスを降りると説明は続く。
「海の中にあるあの垣は、潮が満ちたら隠れ、引いた時に魚などが引っかかっている漁で、垣漁と言います」
観光を終わってバスから降りるお客は、感謝の言葉を述べながら彼と握手をした。
加計呂麻島の海は青く、山々はどこでもそんなに違わないのに、この海は2層になっている。向こう側が青、こちら側は水色。例えようもなく透明だった。
「でいごの花が真っ赤に咲くと、台風が多い」。島の人はそう言うそうだ。
バスの表示には、西阿里⇔瀬相とあったように思う。バス廃止に追いやられたのを発想の転換で、存続の危機を脱した事を伝えた番組だった。この島は奄美の南に位置する横長い島である。何故ブロブに取り上げたかは簡単だ。私のブログを盛り上げてくれる「シマ唄魅力さん」の故郷がすぐ近くの徳之島だからである。五番街ではないけれど「ローズマリーさん」のブログに立ち寄った時目にし、是非見てみようと思ったのだった。
以下、テレビで観た事を取材? しよう。
東京からは飛行機に乗り、船に乗って、6時間ほどかかる。加計呂麻島の暮らしは、バスに負う所が大きい。狭く険しい崖のある山道を1時間かけてバスの発着所に着く。私の母の里岡山県の千屋町成地は、高梁川に沿って新見から6里の道を上って行くのだが、よく似ていて思い出した。
社長のHさんは10人の社員(運転手)を抱え、自分も運転している。停留所は簡素な板張りのもので、懐かしい思いがした。けれどバスは道のどこでも止まる。人の良さそうな社長兼運転手は二人のおばあさんを見つけて止めた。「きゅらむん(美人)二人が乗ってくれた」と言った。大体65才以上のお年寄りが乗るそうだ。
バスは島民の生活の足ともなっていて、食料も運ぶ。ダンボール1箱100円で運ぶから、とても親切だ。
運転手が、1日の売り上げを出して合って計算する。その日は18,590円だった。この社長Hさんは何年前だったか聞きそびれたが、廃絶するこの会社を5,000万円の借金で買い取ったそうだ。
壊れた部分もある古いバスは、自分達で修理しなければならなかった。パンクしたタイヤのチューブを見せていたが、その度にゴムを貼った箇所は8つもあった。
社長は社員に宣言した。給料3割カット! バスを容赦なく、激しい雨が叩く。
ただし、バス以外の仕事(バイト)も許した。例えばハブ捕り・・。1匹捕まえて然る所へ持って行けば3,000円になる。ハブからは血清が採れるのだ。
ハイビスカスは、道端に当たり前のように赤く鮮やかに花をつけている。
やっぱりこの人は社長である。奄美市のトラベル会社に談判に行った。貸切バスでの観光を思い付いたのだった。必ずお客の満足出来る案内をすると言って、承諾を取り付けた。こう言う所が胸を打つのだ。
ガイドは兵庫県から来ている、ここでは若い社員が担当する事になった。ダイビングのインストラクターだったが、観光客もなく人も少なく、止めざるを得なかったそうだ。そこに、この社長に雇って貰ったと言う訳である。彼は、島の事を勉強し始めた。
社長が運転し、彼の初仕事が始まった。バスガイドである。
降りて、海軍の施設跡を案内する。
「これは特攻艇『しんよう』です。この突き出た所が当たると爆発します」
12の防空壕に2・3艇が置かれていたと言う。
島民はバス観光に協力した。おじいさんが椅子に座り三線(さんしん)で唄う。生活に溶け込んでいる極自然な唄に、観光客は耳を寄せる。そして惜しみない拍手。これぞ奄美の本意だ。まあ、カラオケで歌っているようなものだとは思う。ステージでの歌手とは違う。
シマ唄さん(魅力まで付けると面倒臭いのでここでは省略するが)なんかに歌わせたら、日本(奄美)でも有数の歌い手だろう。彼はステージに立てる男なのである。先ず本土では右に出る者はいないと思う。バシャ山会の会長をしており、週に1回は、練習会を持っている。
三線は黒檀やニシキヘビの皮を使って自分で作る。最近はニシキヘビも殆どいなくなり本物の皮は使わないと言っていたように思うが、かれこれ40年のベテランである。どこからあんなこぶしの効いた声が飛び出すのか、と思う程の美声の持ち主だ。是非皆に聴かせたい。
バスは満員の観光客を乗せて走る。
「この道端にいくつもある、先が赤く塗ってある棒は何でしょう? これは用心棒と言って、ハブに出会ったらこれで叩く為のものです。死んだら元も子もありませんが、生きていたらお金になります」
彼の話も調子を帯びて来た。バスを降りると説明は続く。
「海の中にあるあの垣は、潮が満ちたら隠れ、引いた時に魚などが引っかかっている漁で、垣漁と言います」
観光を終わってバスから降りるお客は、感謝の言葉を述べながら彼と握手をした。
加計呂麻島の海は青く、山々はどこでもそんなに違わないのに、この海は2層になっている。向こう側が青、こちら側は水色。例えようもなく透明だった。
「でいごの花が真っ赤に咲くと、台風が多い」。島の人はそう言うそうだ。