私のいるこの部屋(さんま御殿でも徹子の部屋でもない)、むさ苦しい部屋の、冬時分は炬燵になるテーブルの上にPCが乗っている。すぐそこにテレビ。1つに窓。1つに外に出られるガラス戸。後の2方向はオカリナで囲まれている。

ケースの中は自分で枠取りをして、職人に取り付けて貰った2つの黒いアタッシュケース。1つには吉塚オカリナが種類別に7つ入っている。もう1つには、メーカー別、種類は同じものも含め、12個入っている。

引き出しには20個ほどが、まるで丁寧に仕舞われたガラクタのように納まっている。背後の小さなステレオコンポの乗っている戸棚には、15本のアケタ、千村、さくら工房のオカリナが詰め込まれている。

このテーブルの上には、写し取った「交響曲40番第1楽章」、この前やっと清書した「トルコ行進曲」、それに「タイスの瞑想曲」「亜麻色の髪の乙女」「春の海」の楽譜が、無造作に置かれている。携帯電話やハングルのラジオテキストも辞書も。

そして、吉塚の赤いオカリナSG(2G)と「イカロス」が置いてある。

今は感情の趣くところ、時間構わず「宵待草」を吹く。4Cでの1コーラスの後は一気に1Cへと駆け上がる如く、泣くように震える「イカロス」の、この音を聴きたくて吹く。「イカロス」との出会いはホントに大きなものだった。

赤いオカリナは、シングルで吹けるように書き直した「トルコ行進曲」の譜面を辿りながら、頼りなさそうな音を奏でている。滑らかな指遣いになるには、まだまだ練習を要するのではあるが。


先日21日に、少し子供っぽいけれど軽快に楽しそうに響く曲を作った。「移ろい」と名付けたが、マイナスイメ-ジの方が大きいので、「四季の移ろい」とした。副題は「-ようこそ みなさん-」だ。4拍子から3拍子に替わりまた4拍子に戻る。

この曲は、4C管の穴を全部塞いだドから2オクターブ上のミまでを使う。大した曲でもないのに、ちょっと大袈裟だが、挨拶代わりの曲がないので、「イカロス」の為に作ってみた。これで「イカロス」の為に作ったのは2曲目だ。最後の2音は、2つの吹き口を同時に吹いてハモらせる事にした。折角の3連なので。


ずっと以前からの構想で「スサノオ」の4部作を考えている。出雲と言えば私の故郷。「八岐大蛇」を「スサノオ」が退治する有名な神話がある。これを部分的にも演奏が出来、全体では15分から20分位かかるものを考えているのだが、全く手が付いていない状態である。神楽やお囃子もしっかり見たり聴いたりしなければならず、いつのことになるやら、先は遠い。こんな曲は、テレパシー(許し)がなければ到底取り掛かる事など出来ない相談かも知れない。


さて、今からオカリナを練習しなければ・・。怠けるとすぐにその付けは回って来る。もう依頼されている演奏曲の練習は飽きて来たのか少し疲れたが、今は、重い腰でも上げなければならない。腰と言うものは気分と目的の在りようで重くもなったり軽くもなったりする。



「待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬさうな♪」 


竹久夢二の原詩はこうだ。

遣る瀬ない釣鐘草の夕の歌が
あれあれ風に吹かれて来る
待てど暮らせど来ぬ人を
宵待草の心もとなき
想ふまいとは思へども
我としもなきため涙
今宵は月も出ぬさうな

千葉県銚子市小田新町に無人の海鹿島(あしかじま)駅があり、海を臨む辺りに夢二の肖像と「宵待草」の一節を刻んだ碑があるそうだ。行きたい所は色々あるが、ここもその一つとなりそうだ。



「白鳥」も泳ぎ疲れ、そろそろ羽も薄汚れて来たと思われる。それに換わって「宵待草」が、私の淡い情熱を辛うじて掻き立ててくれているようだ。