私は色んなオカリナを持っているが、コレクターではない。1つウン万円もするオカリナを趣味で買い集める程の余裕はないのだ。けれど集める。もう、私のもがきと足掻きの人生の中に、自分を表現出来るものはオカリナしかない。

10年チョイ前、東京のアケタに電話をした。私はアケタしか知らなかったので、アケタのオカリナを吹いていた。それまではあんまり吹いてもいなかったが、「マエストロ」から「マキシマール」まで。「マエストロ」のT2Fは愛用していた1本で、C管楽器に例えると普通最下音はラまでだが、ソまで出る。貴重な1本だ。使わなかったアケタの2連も2本あり、B♭だってある。自慢話ではなく、アケタを愛用していたと言う話に過ぎないのだけれど。

でも、他の製作者の楽器を紹介して貰いたくなって、アケタオカリーナの話のついでに軽い気持ちで聞いてみた。オカリナの大御所アケタに、他の製作者によるオカリナの紹介を、である。

その時電話口に出て応対してくれていたのが、今でこそ知る深瀬欽吾さんだった。彼のCDを聴きながら、こうして書いているけれど、マシュケナダの張りのある音が聞こえている。上手いもんだと感心する。録音も素晴らしい。

「吉塚テルヲさんと言う方が作っていますが・・」

よく教えてくれたなと今でも感心する程だが、きっと心臓が2つあって、1つをくれたんだと思う。深瀬さんとは、今年の夏、神戸のオカリナフェスティバル初日の後の懇親会で初めて話をした。世間はやっぱり狭い。


その彼に住所と電話番号を聞き、すぐに吉塚さんに電話をした。ボソボソっとした、か細い声が聞こえた。

「こんなこと聞くのは失礼かもしれませんが、どの管がお得意ですか」
「一番高い音のするSC(スモールC)です」
私は、1本の積もりだったが、一か八かSC、SG、SF、MC(ミドルC)の4本を注文した。1度も聴いたことさえないオカリナだったし、製作者だって知らない名前だった。

今は注文してから2年はかかるが、その頃は3ケ月位で出来たと思う。待ち侘びながら送って来た4本のオカリナ。ツーンと鼻を突くウレタンの匂い。赤がSG、青がSF、SCとMCは黄土色。MCはほんの僅かの場所に、緑と赤色がくすんで暈してあった。この時の感激は忘れることが出来ない。音も出していないのに・・。

その瞬間、ああこれはいい! と思った。矢張りSCは、綺麗な音がした。どれも気に入って、晩はそれらのオカリナを抱いて寝た。

後、低い音のLG、LF、LCを注文したのは日に間がなかった。Lとはラージのことである。吉塚オカリナでは、そう表記している。

その後、若い吉塚さんを東京に訪ねたことは、想像に難くない。工房にしている一室で、図々しくも、プロの演奏家でもある吉塚さんと「故郷」を吹いた。私が、記憶している下のパートを吹いた。今は、あの有名な小山京子さんと結婚されて、ギターを加えた3人で演奏活動をされている。「ねんど」と言うグループだ。


隅にごろごろしているオカリナたち。どうするか聞いた。捨てるのだと言う。捨てるなら全部欲しいと思った。人に売るものだから、ここは拘りがある。不完全と思えたものは人に渡すことは出来ないのだった。芸術家の良心を見た気がした。更に大きなLCの下のF管を注文して帰った。さすがに重い! 「叱られて」やオリジナル曲「夜明け」のフクロウの声の部分にしか、まだ使っていない。

それから何本か注文し、3年前には1セット7本を注文している。上4本は赤、下3本は薄紫。この間届いたのは、黄土色のSCと水色のSB♭。現在20本ある。SGもSFもいいが、特にSCは流石の音がする。SCは5本ある。

2004年に手に入れた黄土色のSCはこれぞ命と言うほどのオカリナだった。私は狂気した。この伸びのある天上から聞こえてくるような音は一体何なんだ、と思ったほどの凄音(すごおと)だった。私の「浜辺の歌」専属となった。ところが、ある式にでる前に歌口を掃除した。すると紙が抜けなくなり慌てたので内部をおかしくしてしまった。血の気が引いた。今は余り出番のない他のオカリナ達と雑魚寝をしているが、玉座に君臨する筈のオカリナだった。後にも先にも新長田のピフレホールで「浜辺の歌」を奏でたのが最後だった。

後悔は1年間続いた。今は他の2本のSCが代役を務めているが、あのオカリナの音さえ聴いていなかったら、十分に主人公でいられるオカリナたちである。もう、過去に拘ってはならない。けれど、「浜辺の歌」を吹くと、思い出されることがある。


「浜辺の歌」は、誰もが好きな歌だと思う。林古渓作詞・成田為三作曲である。歌は何のことはない、朝と夕べに浜辺を歩いていたら、昔のことや人が偲ばれたと言うのだ。でもこの歌詞には不思議なものが宿っているのではないかとさえ思われる。3番は歌われていないが、2番まででいい。1番だけでもいい。

曲は名曲だ。成田為三は明治26年12月15日に生まれ、昭和20年10月29日に没した。この「浜辺の歌」は、大正時代に発表され、昭和に入ってから歌われ出したそうだ。何故こんなに愛され、根強い人気を誇っているのか。それは、曲も詞も素晴らしいからである。何のことはないその歌詞の中に、詩情と懐かしさを併せ持っている。それが、我々の故郷になっているからだ。

曲は、誰の口にも上りやすい親しさがある。3拍子にしたところなど、当時のモダンさが偲ばれるようだ。平凡なように見えて、実は非凡な曲なのだと思う。


1.あした浜辺を さまよえば
  昔のことぞ 忍ばるる
  風の音よ 雲のさまよ
  寄する波も 貝の色も

2.ゆうべ浜辺を もとおれば
  昔の人ぞ 忍ばるる
  寄する波よ 返す波よ
  月の色も 星の影も

3.はやちたちまち 波を吹き
  赤裳のすそぞ ぬれもせじ
  やみし我は すでにいえて
  浜辺の真砂 まなごいまは


3番、歌いたいだろうか? 


一度機会があれば秋田県立博物館に行って、大正2年に出版された「浜辺の歌」の表紙の実物をを見てみたい。上村松園の描いた「序の舞」を彷彿とさせるものがあるが、質素な着物に赤い帯を前に垂らした女が、小波の寄せる、浜の砂の上に佇んでいる。