後1時間で今日が終わる。
遠き山に日は落ちて・・。星は空を散りばめぬ・・。

8日9日と2日間にわたって繰り広げられたオカリナフェスティバルも終わった。私は打ち上げに、韓国料理の店に行った。

女主人のことを、普通ママと言う。私より年は上だと言っていたが、強ち嘘でもなさそうだ。

食材は釜山まで仕入れに行くと言う。何故? と聞くと、お客さんに美味しく食べて欲しいから、と言った。確かに美味く、他人に紹介できる、但しツウの人なら手放しでリピーターになる店だ。

私がこんなことを書いているのは、今日の内に今日のグログを書きたいからだ。オカリナフェスティバルに就いては、明日以降、ゆっくりと書かなければ、今日が終わる。

安東出身のママで、キョッポ(日本籍を持って日本に住んでいる韓国の人)である。日本で生まれている。5月に帰ってみる積もりだったが、空港でパスポートが切れていることが分かり、9月に帰ることにしたそうだ。

以前帰った時の墓参りの写真を見せて貰った。小山のような墓が5基。まあ、小型の円墳だが、ママはその前に額づいて挨拶をしていた。父母や祖父母の墓だ。何だか日本の懐かしい昔を感じさせる、素朴な光景だった。儒教を重んじる姿が、幼い頃の私の育った時代を彷彿とさせ、懐かしさに結びついた。

ママは、先祖が百済の王の第一の家臣で、1日だけ王をさせられ、その後首を刎ねられたと聞いた。まあ、なにかあると25親等までが集まるそうである。日本なら、精々4親等までだろう。

ママは自分がヤンバン(高貴な出)の血筋であることに誇りをもっているようだった。だから話が面白い。当然リュウ・シオンの話も出た。この店に来たのは2度目なのに、何でも話してくれた。滅多にお客さんとは話さないと言いながら・・。「アンニョンハセヨ」と言ったからか。

「アボジ, ナ ト ワッソヨ.」と言って墓に供え物(酒や果物)をして、挨拶すると言う。「アボジ, ナ ト オゲッソヨ.」と言って墓を離れると言った。「お父さん、私また来ました」。「お父さん、私また来ます」と。韓国の先祖、家族の繋がりは、羨ましいくらいに深い。ママは、兄弟が11人で、兄が2人、女が9人いると言った。

何だか、生きると言うことが、切ないほど愛おしい。生きるって、上長を敬い、年下の者を慈しむことが基本だと、私には、ママの話や写真から頻りに思われた。



この間4人で会ったが、その一人(医者)からメールが届いていた。

「○○さん、先日は神戸で楽しい一時有り難うございました。久しぶりに皆さんと飲み、楽しくてよく笑いました。さて先ほどブログを見ました。先日の飲み会のことが書いてあり、思い出しながら読みました。これからも読みますのでブログを続けてください。お願いします」。

こんなメールを貰うなんて、想像さえしていなかった。彼のために黙々と書くのも人生修行。一人のためにすることは、全部のためにすることに通ずる。昔、誰かが盛んに口にしていた言葉がある。

「一人はみんなのために。みんなは一人のために」。

人間って、いいね。







8月9日23時55分に書き終えた。そのまま貼り付けてぎりぎり9日の日付が表示される筈だった。けれど、その手続きに手間取った。悔しいけれど、ブログを始めて約ひと月間の日付連続表示が絶たれた。

毎日書いていることには変わりなかったのだけれど、この表示が、私には何とも哀しい。

2009/8/10(月)午前0:09

しかし、これで日付表示に関しては連続記録が破られたようなもので、この件については仕方の無いことだ。

楽になるための階段を、これで一歩上ったんじゃないかな、と思っている。