昨日は男3人で、出西窯(しゅっさいがま)を訪ねた。
斐伊川の橋の東側の川に沿った道を南に下り、踏切を渡ってしばらく行き、東に進むと左手に出西窯はある。
その日は工事のため、随分道を迂回し、やっと辿り着いた感がある。南面山が連なり、斐川平野の一角に位置する出西窯は、鄙びた田舎を思わすのに十分な落ち着きと長閑さがあった。都会の喧騒から隔絶されたかのようなこの窯は、恐らく何度でも来たくなる魅力に満ちていた。
のぼり窯6室、灯油窯2基、焼成火度1,250度から1,300度の窯を要する作業場と陶器を販売する店の他は、砂利の上に雑草の茂った駐車スペースがあるだけの、如何にものんびりしたたたずまいだ。
昭和22年8月、5名の青年と2名の賛助者の協力で創業された。昭和23年9月に初窯。ウィリアム・モリスの書に影響を受け、河井寛次郎、浜田庄司の話に感銘をうける。バーナード・リーチの教えをうけ、またその来訪を得る。
日本民藝館展には、昭和31年より毎年入選し、昭和62年からは、隔年に開催される日本陶芸展にも毎回入選を果たしている。そして、その中でも優秀な賞を何度も受賞している。
略歴はこのくらいにして、白や黒の陶器、緑の混じった陶器、藍色の陶器・・。落ち着きのある飽きのこないこれらの皿や茶碗、どんぶり、急須、湯のみ、徳利、お猪口、コーヒーカップなどの大小の陶器類は、何度でも足を運びたい欲求を駆り立てるに十分である。
私は藍のものが特に好きで、ご飯茶碗を求めた。この色に魅せられ、食事が楽しくなり、ご飯が口に入れる芸術となる。
作業場では、轆轤で土を蟻塚のように盛り上げ、皿を作っていた。まるで生き物のように土は変幻自在に形を変え、糸でさっと底に切れ目を入れ両手で優しく抱くように離すと、一つの小さな鉢が出来た。3人はその過程に暫し見入っていた。すぐ側には、窯元宛に届いた、そのままの手で開封されたと思われる、遠慮がちに土の付いた封筒や葉書が、無造作に重ねられていた。
販売場には、こんな文が飾られていた。
出西窯の職人さん達は
窯を育てて来たというより
窯に育てられて来ました。
出雲の為に
器をつくらせていただく
拵えたものを使っていただく
その姿勢に貫かれ
さらにこの土地の多くの職人さん
鉄を打ち、紙を漉き
糸を紡ぎ、染め、織りあげる
そうした人々に支えられた
心優しい仕事場。
僕の旅の中で
行くのではなく帰るとすれば
それは出西。
永六輔
柳宗悦の民芸の教えに一心に帰依した作陶家達。素朴で、健康で、美しく、暮らしの道具として喜んで使ってもらえるものを作ろうとする祈りと願い。
技も智恵も、心も未熟だと言う謙虚な姿に尚感銘を受ける。
住所 〒699-0612 島根県簸川郡斐川町出西3368
電話 (0853)72-0239 FAX(0853)72-9219
営業時間は9時30分~18時で、定休日は火曜日である。祝日は営業している。
とまあ宣伝をすると共に、私のメモ代わりとして載せた。出雲市駅からは車で約15分位だろうか。誰でも一度は行ってみるのもいいと思う。
コーヒ-を好みの器に入れて飲んだ。ブーブー紙に包んだ生姜糖を口に入れた。懐かしい生姜の味が口の中に広がった。
「好い所だねえ」
と言い合って車に乗り込んだ。
雨の止んだ鈍色の空でも、梅雨明けの山は、目の先に緑色がくっきりと映えていた。
斐伊川の橋の東側の川に沿った道を南に下り、踏切を渡ってしばらく行き、東に進むと左手に出西窯はある。
その日は工事のため、随分道を迂回し、やっと辿り着いた感がある。南面山が連なり、斐川平野の一角に位置する出西窯は、鄙びた田舎を思わすのに十分な落ち着きと長閑さがあった。都会の喧騒から隔絶されたかのようなこの窯は、恐らく何度でも来たくなる魅力に満ちていた。
のぼり窯6室、灯油窯2基、焼成火度1,250度から1,300度の窯を要する作業場と陶器を販売する店の他は、砂利の上に雑草の茂った駐車スペースがあるだけの、如何にものんびりしたたたずまいだ。
昭和22年8月、5名の青年と2名の賛助者の協力で創業された。昭和23年9月に初窯。ウィリアム・モリスの書に影響を受け、河井寛次郎、浜田庄司の話に感銘をうける。バーナード・リーチの教えをうけ、またその来訪を得る。
日本民藝館展には、昭和31年より毎年入選し、昭和62年からは、隔年に開催される日本陶芸展にも毎回入選を果たしている。そして、その中でも優秀な賞を何度も受賞している。
略歴はこのくらいにして、白や黒の陶器、緑の混じった陶器、藍色の陶器・・。落ち着きのある飽きのこないこれらの皿や茶碗、どんぶり、急須、湯のみ、徳利、お猪口、コーヒーカップなどの大小の陶器類は、何度でも足を運びたい欲求を駆り立てるに十分である。
私は藍のものが特に好きで、ご飯茶碗を求めた。この色に魅せられ、食事が楽しくなり、ご飯が口に入れる芸術となる。
作業場では、轆轤で土を蟻塚のように盛り上げ、皿を作っていた。まるで生き物のように土は変幻自在に形を変え、糸でさっと底に切れ目を入れ両手で優しく抱くように離すと、一つの小さな鉢が出来た。3人はその過程に暫し見入っていた。すぐ側には、窯元宛に届いた、そのままの手で開封されたと思われる、遠慮がちに土の付いた封筒や葉書が、無造作に重ねられていた。
販売場には、こんな文が飾られていた。
出西窯の職人さん達は
窯を育てて来たというより
窯に育てられて来ました。
出雲の為に
器をつくらせていただく
拵えたものを使っていただく
その姿勢に貫かれ
さらにこの土地の多くの職人さん
鉄を打ち、紙を漉き
糸を紡ぎ、染め、織りあげる
そうした人々に支えられた
心優しい仕事場。
僕の旅の中で
行くのではなく帰るとすれば
それは出西。
永六輔
柳宗悦の民芸の教えに一心に帰依した作陶家達。素朴で、健康で、美しく、暮らしの道具として喜んで使ってもらえるものを作ろうとする祈りと願い。
技も智恵も、心も未熟だと言う謙虚な姿に尚感銘を受ける。
住所 〒699-0612 島根県簸川郡斐川町出西3368
電話 (0853)72-0239 FAX(0853)72-9219
営業時間は9時30分~18時で、定休日は火曜日である。祝日は営業している。
とまあ宣伝をすると共に、私のメモ代わりとして載せた。出雲市駅からは車で約15分位だろうか。誰でも一度は行ってみるのもいいと思う。
コーヒ-を好みの器に入れて飲んだ。ブーブー紙に包んだ生姜糖を口に入れた。懐かしい生姜の味が口の中に広がった。
「好い所だねえ」
と言い合って車に乗り込んだ。
雨の止んだ鈍色の空でも、梅雨明けの山は、目の先に緑色がくっきりと映えていた。