蒜山に着く辺りから急に空が曇ってきたようだ。

神戸を出てから車内は暑く、エアコンが効き難い状態だった。外気温度は35度。

蒜山ではいつもジャージー牛乳で出来たソフトクリームを食べることを楽しみにしていて、この日も車は自然にサ-ビスエリアに入った。少し肌寒い感じがしたが、310円のそれを注文した。何人かで寄ったり、バスでの職員旅行の時など、決まって奨めた。値打ちもんだと思うが、今まで不足を言った者はなかった。

冷たさが際立ったのは、霧雨が降り出した所為もあると思うが、蒜山を出た頃は外気温度が24度に下がっていた。そのまま走り、出雲空港へと向かった。

すぐそこに空港が見えた時、いきなり目の前を日本航空のジェット機が横切った。その大きさに避けそうになった。駐車場に着くと、すぐ横浜からの4人をロビーで出迎えた。午後8時ともなると、もう暗い。これは昨日3日のことである。


一昨日の2日は、2つのコンサートを聴いた。1時半からは島崎央子さんのピアノリサイタルである。そのタイトルは「島崎央子 幻想と抒情~妖精の響き」と言うもので、私は「妖精」に引っかかってしまった。ピアノのリサイタルに就いて書く前に、妖精に誘われて横道に逸れる。

妖精と言う言葉から、羽の生えた小さな女の子を想像する。ディズニーのアニメに出て来る妖精のインパクトが強いからかも知れない。

男、老人、子供、動植物、怪物などで、性質も人間に友好的なものとそうでないものがある。全体から、人間に害をなす気味の悪い妖精の方が多い位だと言う。

2つの例を出すと、先ず人間をさらって来ては体中をくすぐり回し、疲れ切って死ぬまで一緒に踊りまくると言うもの。乗馬が得意だが、乗る時は後ろ向きに乗り、乗られた馬はそのまま逆向きに走り出すのだそうだ。

もう1つは、ニンフと呼ばれ、薄衣を身にまとい、野山に遊ぶ美しい女の妖精。水遊びや歌、踊りを愛するが、空を飛んだり姿を消したりする、不思議な能力をもつものである。

家の中や床下、塚や丘の上、廃墟になった民家や城・寺院、水中(海・川・湖・沼)、森の
中・木のうろなどに住むと言い、妖精の食べ物を口にすると、元の世界に戻れなくなると言う。

妖精が活発になる日が年に3回あるそうだ。5月1日、夏至の前夜、10月31日が会えるチャンスだ。日本の妖精も、黄昏時がいいようだ。

四つ葉のクローバーを頭に乗せたり、素朴なものをご馳走するといいそうで、好きな豆や牛乳をお皿一杯ほど軒下に出して置くと会える確立が高い。但し、怒りっぽかったりだらしのない人間を嫌い、正直な働き者には好意を持つので、妖精好みの人間になる必要がある。

妖精は、人間から親切にされると大袈な返礼をし、邪険にすると手ひどい仕返しがあると言う。何とも色々な世界があるものだ。

誰もいない部屋で何か気配を感じることがよくあるので、妖精でないにしても、私はそう言う存在を否定する気はない。

ああ、まただ。宇多田(うただ)ヒカル? 横道に逸れ、今から本題だ。皆で会っていると言うのに、私はブログ。mixiをする者。ドンキーコング2をやる者。夕餉の準備をする者。しかし、夜8時40分。オカリナの仏壇ライブをしようと思っていたのに、これでは近所迷惑なので、明日に持ち越しだ。

ところで島崎央子さん。後でプログラムを載せるが、何度か聴いた中でこの時は感動し、初めて満足をした。話す言葉にも知性が溢れ、正に今が旬。神戸女学院大学音楽学部音楽学科器楽専攻ピアノで学び、首席で卒業した才媛美人である。

特別インタビューで書かれていることの、私の感じる部分をピックアップしてみよう。

○ 大舞台でソロ演奏するのはとても気持ちがいい。大きな拍手を独り占めできるのは気持ちがいいもので、「ピアノをやってきて本当に良かった」と思える瞬間です。

○ 画家と親交が深いドビュッシーは、絵を見て得られたインスピレーションを基に作った曲があることも知りました。絵で例えると、印象派でもラヴェルの方がより直截的なタッチで、はっきり描いている。ドビュッシーは、描いた絵の上にもう一度、油をザーッと塗り、わざとぼかした感じですね。

○ ベートーヴェンは中学生の時に弾いただけでした。けれど、弾けば弾くほど、作品の完成度が高いことを実感しました。どんどん奥深い世界に入っていける。ベートーヴェンは難しいけど、「癖になっていく」「魅力にはまってしまう」というのか・・。内容が濃く、和音も綺麗で歌うところもあり、激しさもあって、全てが揃っている感じです。集中して練習すれば、成果が顕著に出てくることがよく分かりました。

○ 中世ヨーロッパでは「自然は人間に支配されるべきもの」という自然観がありました。魔女やオオカミが住み、悪魔が支配する「森」。「月」は狂気の象徴でしたが、ゲーテが「自然」を賛美して以来、自然観が劇的に変わったそうです。悪魔が支配していた「森」は聖なる世界に生まれ変わり、狂気の象徴だった「月」は、心の安らぎを与えるもの、というように・・。ベートーヴェンが「月光」を書いた時代は、「月」のイメージが変わっていく移行期だったようです。

○ 「月光」の第3楽章で、胸に突き刺さるような響きがあって苦労しました。しかし、自然観が日本人とは異なり、ヨーロッパと「月」のイメージが違うことが分かってからは練習が進みました。

○ベートーヴェンの作品は、楽譜をしっかり読み込むことが特に大切です。「なんでここにこんな和音があるのか」とか、「ここがフォルテなのに、なぜピアノに変わるのか」とか・・。楽譜にベートーヴェンの気持ちがこもっていて、それを読み解くことが演奏家に求められていると思います。

○ ベートーヴェンの「月光」と「悲愴」を演奏できることがとても嬉しいし楽しみで、自分なりに満足できるよう、集中した練習を重ねて、本番に備えたいと思っています。ベートーヴェンは、努力を重ねる人間を、決して裏切らないと思っていますから。

○ 「優しさ」「温かさ」「深い思い」に満ちたコンサート。お客さんがとても多く、熱心に聴いてくれ、拍手と声援が大きくて熱い。演奏する喜びを感じさせてくれるコンサート。そんな演奏会に自分も出られてすごく嬉しいです。

○ 「その時だけでも幸せな気持ちになった」「心が癒された」「生きていて良かった」と言っていただけるととても嬉しいし、今後もそういう演奏ができたらいいなあ、と思います。

私の気に入った言葉。

○ ベートーヴェンの作品を何度も演奏して自分のものにし、ウイスキーのように年輪を重ね、熟成していければいいなあ、と思っていました。

私は、この時点で、今後聴きたいピアニストの一人に、宮崎央子さんが確実に入ってきた。ショパンの幻想即興曲を演奏する指は蛸の吸盤のように鍵盤に吸い付き、しかも驚く速さで粘っこく走って行く。カマキリのようにもたげられた釜のような指は、まるで生き物のように横に這う。まだ伝えたいが、長くなってしまった。

曲目を並べることで、仕舞いにしたい。ことごとくよく考えられた配置だった。


                            <演奏曲目>

(1) ショパン:幻想即興曲 嬰ハ短調 作品66
(2) ショパン:ノクターン 第20番 嬰ハ短調 「遺作」
(3) スクリャービン:エチュード 嬰ニ短調 作品8-12 「悲愴」
(4) ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13 「悲愴」

                              【休憩20分】

(5) リスト:リゴレット・パラフレーズ S.434
(6) ドビュッシー:水の反映 (映像第1集より 第1曲)
(7) ドビュッシー:月の光 (ベルガマスク組曲より 第3番)
(8) ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27-2 「月光」


昨日の朝、この記事を書き終わった時、文章が全部消えた。その消える前、例によってクマゼミがないていた。ほんとに、「シェーシェシェーシェシェーシェシェーシェ」と鳴いていた。