私の祖母は、阪神・淡路大震災の2年後に亡くなった。出雲で。89歳だったかなあ。

どうして今頃こんなことを書くのか? 必然性は全くない。

何かでふと一遍上人のことを考えていて、ずっと前に一遍上人のことを俳句に詠んだことを思い出した。すると、俳句を作っていた祖母が偲ばれた。私は、祖母のことはずっとおばあちゃんと呼んでいた。あばあちゃん子だった。

詳しく書くと生い立ちからの私小説になり本一冊になってしまうので、今日こそ短い文章に挑戦しなくてはならない。チャンスが巡って来たぞ。


おばあちゃんは、保険の代理店をしながら、俳句を嗜んでいた。そんな関係で、様々な人達との親交があった。それは、保険の仕事からではなく、矢張り俳句を通じてだったように思う。だから子供の頃は一緒に連れて行ってくれることが多かったので、知名人や教養人と接することが多かった。と言ってもただついて行って、お菓子をや果物を食べられる利点があっただけなのだが。

俳号は香澄と言った。原石鼎の弟子に染水がいて、染水は夕飯時が済む頃、よく家に来た。それはそれは大人に交じって、よく遊んで貰ったものだ。百人一首、花札・・。どちらもちょいかじりで、「猪鹿蝶」とか「赤丹青丹」などはすぐ覚えたし、百人一首でも、初めて覚えた一首がある。


          村雨の露もまだひぬ真木の葉に霧立ちのぼる秋の夕暮れ  寂蓮法師


おばあちゃんから受けた恩恵は計り知れず、今になって思えば、受けるばかりでなにも返せなかったことが辛くのしかかってくる。

ついでに、今オカリナが唯一の楽しみとして残っているのは、小学4年生の時、おばあちゃんが買って来てくれたスペリオパイプ(縦笛)が元になっている。

それからこんな田舎でオカリナを知ったのも、おばあちゃんに美容院を営みながら俳句を作る仲間がいたからだ。その息子が、東京から当時は珍しかったオカリナを持って帰っていて、それをくれたのだ。小学6年生の時だった。しかし、すぐ後には踏まれて、それは粉々になってしまった。けれど、それもこれも、みんなおばあちゃんのお陰だ。

それから何十年も、オカリナとは離れていたから、初心者よりは少し吹ける程度。


ああ、俳句のことを書かなければ。

おばあちゃんの作った俳句の数は夥しいが、幾らかここに載せて、偲んでみたいと思う。

平成7年に「しまね俳句歳時記」が発行された。その中に4句載せられている。


「出雲」のところには、

     
        黄落の後のひそけさ石鼎忌


「高瀬川」のところには、


        染水忌近し紺屋のあけくれに


「日御碕」のところには、

        
        海猫のみち潮のみちなる日御碕


        冬鴎岬街道は浪の上        


この載せられている4句が、香澄の俳句だ。

この歳時記の中に、紙切れが挟んであったのを発見した。葉書の半分大のものがホッチキスで留めてある。この歳時記を念入りに見た訳ではないので、十年以上経って今頃気が付いた。

1枚目には、誰かのコメント。2枚目は、遺作が書き写してある。

「1月9日、あの香澄さんがなくなられた。植物に堪能で、道端の草や花の名でも香澄さんにきけば分かるし、ヤカナ(俳句仲間の集まり)のこと、長い年月にわたってお世話してくださった香澄さんだった。風花の舞う寒い日、お葬式には石楠花先生はじめ、45年来の友人といわれる行子、想夕さん達の顔もみえ、香澄さんの優しかったお人柄が偲ばれた。今日の初句会では、香澄さんの俳句をききながら黙祷を捧げ、ご冥福をお祈りした」

と、コピーの紙片にはそうあった。

その時の俳句は7句。私も、静かに聴いてみたい。


遺作7句 香澄


        日に一度日当る庭や沈丁花

        
        晶子の書読むや二月の雪積る


        どうだんの花の奥なる庭椿


        愛失せし身に幾とせの桃椿


        軒に干す紺風呂敷や巣立鳥


        野牡丹や貧しく老いし女の手


        高原に座る雲あり茨の実


私は、俳句を勉強した訳ではないし、俳句を趣味にして行こうと思った訳でもない。おばあちゃんは「鹿火屋」の同人だった。私はほんの少しの間、投稿したことがあった。5句載れば優秀だが、私は大体1句か2句。極稀に3句載ったことがあるだけだ。

いつだったか別の募集があり、応募したことがあった。それ一度っ切り。その時、ある選者の選に入った句がある。それ以来俳句など作ったことはないが、こんなところにも、おばあちゃんの影響がある。おばあちゃんは、これをしなさい、と言うようなことは、一度もなかった。小さい時からずっとおばあちゃんの布団に潜り、毎晩飽きもせず昔話を聞きながら、いつしか眠りに就いていた。やさしさに包まれて、おばあちゃんの背中から得たものが今の私の楽しみと喜びを齎してくれている。

おばあちゃんの俳句を載せた同じこの場所に、せめて選に入れて貰った私の1句を載せて、生前何も出来なかったお詫びと、尽きることのない感謝の気持ちとしたい。


                                         一遍のはだしの賦算に蝶が舞う