前にいた職場からの帰りに、信号で止まった私の前に2トン? トラックが止まっていた。
長い漢字だなと思って左から読んで見ると、「南都鶴賀良島山山」と書いてある。島山なら分かるが、島山山は変だなあと、思考態勢に入ろうとした時、上にも漢字が並んでいた。「大京舞滋奈広福岡」。なあんだ、謎が解けた。縦に読むと最初のは大阪南となり3文字だが、だから後が開き過ぎになっていて、おまけに横の漢字がくっ付いているものだから、あんな読み方しか出来ず、謎解きみたいになってしまった。
大阪南、京都、舞鶴、滋賀、奈良、広島、福山、岡山になる。すぐ分かるように書かないと、赤信号が短かったら手品みたいで、何だか騙されたような気になっただろう。
忘れかけられた程の昔、大分の車道を走っている時、右手に看板が見えた。「スウハチンラ」と書いてある。頭を捻った。右から読んでみて納得した。だが今でもその時の印象は強烈で、そのことだけが残っている。横に書いた文字は左から読むと言う先入観があったので。もっともっと昔は、横に書く文字は全部、右から書いたり読んだりしたのだったが。
いらんことで悩んだことは、一向に忘れる気配がない。
もうこんなに書いてしまった。違うことを書こうと午前中から考えていたんだけどなあ。
実は7月25日(土)夜8時54分からのテレビ東京で、「生きるを伝える」と言う番組が放映されたそうな。ただこの人のブログに出会い、ちょっと離れられなくなった。ブログにあったその番組を聞けたので、一部再現して見ようと思った。
奥田良子さんは、年に100回以上のコンサートを開くフルーティストなのだ。
天才少女とまで言われ、オペラハウス管弦楽団オーディションにも合格していた。
しかし、二十歳過ぎてから、重症になると内臓に穴が開くと言われる難病クローン病に罹った。ところが27才の時、腸が破裂してしまった。
原田知世さんのインタビューに答える。
「ほんとに辛かったですね。病気になったことより、これから自分の未来が閉ざされたことに。何か悲しくて辛くて、泣きましたね」
それから奥田勝彦さんと出会い、結婚した。勝彦さんと言えば、関西のカリスマベーシストだ。二人は「エスペランサ」を結成して、コンサート活動を始めた。
すると、また難病が襲った。「特発性大腿骨頭壊死病」。これは、大腿骨の先端が壊死し、歩行が困難になる難しい病気だ。
「何でまた難病なんだろうと思って、もう目の前が真っ暗になって・・」
しかし、生きる勇気を与えてくれたのは、夫である勝彦さんだったと言う。
「手が動かなくなる病気じゃなくてよかったなあ。もし手が動かなくなったら、もうフルートは吹けないだろう。でも、足が悪くなって、もしも車いすになって、それでも僕が車いすを押したらどこまでも行けるじゃないか」
と。
何でこんなにやさしいのだろう。そして、一人の失望が希望に変わった。
3つの目標はこうだ。
○今の演奏活動を続けていくこと。
○病気を持ってる人が日本国内どこにいても、同じような治療を受けられるようになったらいいなと思っている。
そして最大の目標は、
○普通に生きるということ。
「それをもっともっと、私がもし病気じゃなかったら、もっと普通にこんなこと出来ただろうという、そんなことまで頑張っていきたい。だから、私はよく愛は生きるエネルギーですと言ってる。そう言う夢がいくつかあって、その夢を達成するために今頑張ってたら、それが生きると言うことかなと思う」
良子さんは今、トークコンサートを全国に展開しながら、メッセージを伝えていっている。素晴らしいことだけれど、もし病気に罹っていなかったら、人に勇気を与え、希望を与え、生きる喜びを伝えることが出来たかどうか。また、素敵な人、勝彦さんと出会えたかどうか。「生きる喜び」の伝道師は生まれていなかっただろう。天と地の彼方の偉大なる存在は、地下鉄のように、見えないところで必ず目的地に辿り着けるよう、レールを敷いている。挫けそうになっても、希望さえ失わなければ。
そして、こんなことを言っている。
「表情美しく何気ないひとこと」
自分が少し変われば、周りはものすごく変わる。電車の中でどんな顔をしていますか。仕事中、同僚に話しかけていますか。ちょっと面倒なことを引き受けてみませんか。
「夢をあきらめないで」
病気になったことは運命なのか、それともアクシデントなのか。誰にでも挫けそうなことは必ずあります。真実は一つだけ、「生きていかなくてはいけないこと」。それは、乗り越えていかなくてはいけない。
「必ず出来るって信じること」
挫折から立ち直るには。社会復帰するには。自分には必ず出来ると信じること。「自分は無理だ」「あの人だから出来るんだ」「そんなことしても報われない」こんなネガティブ思想を自分の力で振り払う。「やってみなくては分からない」「努力は必ず報われる」「できないって言わない」「悪いことは起こってから考える」
奥田良子さん、私は今日を生きていて、こんな素晴らしい人と出会えました。勿論勝彦さんもです。できたらコンサートで会いたいなと思っています。
8月6日は、忙しいコンサートツアーの中、島根県の出雲での演奏が予定されているようだ。しかし、この日は理由は分からないが、一般は入れないとのことだ。もし縁があれば、何らかの形で聴くことができるだろう。
私はその日、出雲にいる。奥田良子さんのフルートを聴きたい。奥田勝彦さんのベースは、本人はどう言うか分からないが、是非聴かせたいベースギター専攻の音大生がいる。そして、彼も出雲に行っている。
長い漢字だなと思って左から読んで見ると、「南都鶴賀良島山山」と書いてある。島山なら分かるが、島山山は変だなあと、思考態勢に入ろうとした時、上にも漢字が並んでいた。「大京舞滋奈広福岡」。なあんだ、謎が解けた。縦に読むと最初のは大阪南となり3文字だが、だから後が開き過ぎになっていて、おまけに横の漢字がくっ付いているものだから、あんな読み方しか出来ず、謎解きみたいになってしまった。
大阪南、京都、舞鶴、滋賀、奈良、広島、福山、岡山になる。すぐ分かるように書かないと、赤信号が短かったら手品みたいで、何だか騙されたような気になっただろう。
忘れかけられた程の昔、大分の車道を走っている時、右手に看板が見えた。「スウハチンラ」と書いてある。頭を捻った。右から読んでみて納得した。だが今でもその時の印象は強烈で、そのことだけが残っている。横に書いた文字は左から読むと言う先入観があったので。もっともっと昔は、横に書く文字は全部、右から書いたり読んだりしたのだったが。
いらんことで悩んだことは、一向に忘れる気配がない。
もうこんなに書いてしまった。違うことを書こうと午前中から考えていたんだけどなあ。
実は7月25日(土)夜8時54分からのテレビ東京で、「生きるを伝える」と言う番組が放映されたそうな。ただこの人のブログに出会い、ちょっと離れられなくなった。ブログにあったその番組を聞けたので、一部再現して見ようと思った。
奥田良子さんは、年に100回以上のコンサートを開くフルーティストなのだ。
天才少女とまで言われ、オペラハウス管弦楽団オーディションにも合格していた。
しかし、二十歳過ぎてから、重症になると内臓に穴が開くと言われる難病クローン病に罹った。ところが27才の時、腸が破裂してしまった。
原田知世さんのインタビューに答える。
「ほんとに辛かったですね。病気になったことより、これから自分の未来が閉ざされたことに。何か悲しくて辛くて、泣きましたね」
それから奥田勝彦さんと出会い、結婚した。勝彦さんと言えば、関西のカリスマベーシストだ。二人は「エスペランサ」を結成して、コンサート活動を始めた。
すると、また難病が襲った。「特発性大腿骨頭壊死病」。これは、大腿骨の先端が壊死し、歩行が困難になる難しい病気だ。
「何でまた難病なんだろうと思って、もう目の前が真っ暗になって・・」
しかし、生きる勇気を与えてくれたのは、夫である勝彦さんだったと言う。
「手が動かなくなる病気じゃなくてよかったなあ。もし手が動かなくなったら、もうフルートは吹けないだろう。でも、足が悪くなって、もしも車いすになって、それでも僕が車いすを押したらどこまでも行けるじゃないか」
と。
何でこんなにやさしいのだろう。そして、一人の失望が希望に変わった。
3つの目標はこうだ。
○今の演奏活動を続けていくこと。
○病気を持ってる人が日本国内どこにいても、同じような治療を受けられるようになったらいいなと思っている。
そして最大の目標は、
○普通に生きるということ。
「それをもっともっと、私がもし病気じゃなかったら、もっと普通にこんなこと出来ただろうという、そんなことまで頑張っていきたい。だから、私はよく愛は生きるエネルギーですと言ってる。そう言う夢がいくつかあって、その夢を達成するために今頑張ってたら、それが生きると言うことかなと思う」
良子さんは今、トークコンサートを全国に展開しながら、メッセージを伝えていっている。素晴らしいことだけれど、もし病気に罹っていなかったら、人に勇気を与え、希望を与え、生きる喜びを伝えることが出来たかどうか。また、素敵な人、勝彦さんと出会えたかどうか。「生きる喜び」の伝道師は生まれていなかっただろう。天と地の彼方の偉大なる存在は、地下鉄のように、見えないところで必ず目的地に辿り着けるよう、レールを敷いている。挫けそうになっても、希望さえ失わなければ。
そして、こんなことを言っている。
「表情美しく何気ないひとこと」
自分が少し変われば、周りはものすごく変わる。電車の中でどんな顔をしていますか。仕事中、同僚に話しかけていますか。ちょっと面倒なことを引き受けてみませんか。
「夢をあきらめないで」
病気になったことは運命なのか、それともアクシデントなのか。誰にでも挫けそうなことは必ずあります。真実は一つだけ、「生きていかなくてはいけないこと」。それは、乗り越えていかなくてはいけない。
「必ず出来るって信じること」
挫折から立ち直るには。社会復帰するには。自分には必ず出来ると信じること。「自分は無理だ」「あの人だから出来るんだ」「そんなことしても報われない」こんなネガティブ思想を自分の力で振り払う。「やってみなくては分からない」「努力は必ず報われる」「できないって言わない」「悪いことは起こってから考える」
奥田良子さん、私は今日を生きていて、こんな素晴らしい人と出会えました。勿論勝彦さんもです。できたらコンサートで会いたいなと思っています。
8月6日は、忙しいコンサートツアーの中、島根県の出雲での演奏が予定されているようだ。しかし、この日は理由は分からないが、一般は入れないとのことだ。もし縁があれば、何らかの形で聴くことができるだろう。
私はその日、出雲にいる。奥田良子さんのフルートを聴きたい。奥田勝彦さんのベースは、本人はどう言うか分からないが、是非聴かせたいベースギター専攻の音大生がいる。そして、彼も出雲に行っている。