2007年8月25(土)26(日)日は神戸文化ホール(中)で第7回目のオカリナフェスティバルが開催された。両日とも、60組ずつ出場するオカリナ三昧のお祭りだ。
毎年2日間は別々のゲストを迎えるのに、その夏は両日とも大沢聡さん。私には聞いた事のない名前だった。だが、イタリアではオカリナ発祥の地ブードリオ村での演奏で喝采を受け、JALの機内では彼の演奏する曲が流れ、日本を代表するオカリナの名手の一人だったのだ。
普通のオカリナでは吹けない音域の曲、しかも超絶技巧を要する曲をいとも簡単に吹き上げた。これは3連になったオカリナで、3オクターブの音が出せ、歌口が3つある画期的なものだった。私のオカリナに対する概念は、いとも簡単に崩れ去った。ゲストの演奏が終わり、私は一言も喋れず、夢遊病に罹ったかのように、家路に付いていた。
演奏の中でのMCで大沢さんが、「このイカロスには、値段が付けられません」と言っていた言葉の意味が分かったのは、ずっと後の事だった。
それ以来「イカロス」を求め続けたが、勿論楽器店にはなく、入手経路を知っている者もなかった。事在るごとに思い出しては入手方法を模索した。そうして、終に手に入る時が来た。製作者を知っている人を通してだった。
私は心情を吐露した手紙を、一字一字刻むようにその人に書いた。
3月28日の朝、職場の庭の一本の桜の木に一輪の花が開いていた。その晩、家に届いていたその人からの手紙を読んだ。達筆で美しく、センスのいい封筒と便箋。こう書かれていた。
「拝復 本日、丁重なるお手紙を拝受いたし、早速にお返事を申し上げます。文面より『イカロス』への並々ならぬお気持ちが伝わり、とても嬉しく読ませていただきました。今日は丁度○○の工房にてオカリナ製作の指導中で(月2回だけ、この住所の工房に講師として出向いております)郵便やさんから直接に受け取ることができました。不思議なご縁を感じております。
私は16年程前に、○○先生からオカリナの手ほどきを受け、以来、オカリナ愛好者の皆さんに、ささやかながらそのノウハウを伝えることをライフワークとして楽しんでおります。
○○先生には、グループ活動や演奏会を通じて、ずっとご指導を受け続けております。そこで早速に今夜ご依頼の旨を電話でお伝えしましたところ本当にラッキーなことに丁度在庫があるとのことで、近日中にそちらに送っていただけることになりました。
(略)
『イカロス』は世界でも画期的な作品で、演奏法はとても難しく思います。3つの穴のひとつひとつに細く強い息(口笛を吹く時のような)を吹き入れる必要があり、又、隣の穴に息がもれ込まないように気を付けなければなりません。でも、オカリナでは不可能と思われていた和音を出すことができるのは、とてもうれしいことで・・
(略)
是非ぜひこれからのオカリナ人生に、大きな楽しみが加わりますように。そして、この度のご縁 を大切に、いつ の日か楽しくオカリナ談義ができると嬉しいですネ。
では、近々『イカロス』が神戸まで飛翔するのを楽しみに・・。私も心から御礼申し上げます。 早々
3月25日
○○○○○
○○○○様 」
はっきり言って、期待出来ない手紙だった。無謀にも見ず知らずの人に出した不躾な手紙の返事なのだから。しかし、私に取っては一縷の望み。夢にまで見たオカリナ「イカロス」についての返事だった。この方(女性)のやさしさをまざまざと見せ付けられる思いがした。狂喜し、涙が出そうな程だった。
「イカロス」が私の手元に桐の箱に抱かれて届いたのは、4月4日の事だった。その日は職場の庭の桜が満開だった。
後日、○○先生からお便りを頂き、その文面には、「あのイカロスは、最後に残った1本です。幸せなオカリナだと思います」と認められていた。
それから1年4ケ月が過ぎようとしている。なかなか上手くはならないが、他のオカリナと共に一緒に暮らしている。私はそれでも幸せだし、私はこのオカリナも、大事に大事にしようと思っている。今は友達以上の親友以上のものだ。やっとシューマンの「トロイメライ」とサンサーンスの「白鳥」が、心細い音の産声を上げた。
確かに値段は付けられない。一台の新車と交換しようと言われても、譲れない。遡ってみると、私とイカロスが、運命的な一本の糸で繋がっていたことが思われる。
毎年2日間は別々のゲストを迎えるのに、その夏は両日とも大沢聡さん。私には聞いた事のない名前だった。だが、イタリアではオカリナ発祥の地ブードリオ村での演奏で喝采を受け、JALの機内では彼の演奏する曲が流れ、日本を代表するオカリナの名手の一人だったのだ。
普通のオカリナでは吹けない音域の曲、しかも超絶技巧を要する曲をいとも簡単に吹き上げた。これは3連になったオカリナで、3オクターブの音が出せ、歌口が3つある画期的なものだった。私のオカリナに対する概念は、いとも簡単に崩れ去った。ゲストの演奏が終わり、私は一言も喋れず、夢遊病に罹ったかのように、家路に付いていた。
演奏の中でのMCで大沢さんが、「このイカロスには、値段が付けられません」と言っていた言葉の意味が分かったのは、ずっと後の事だった。
それ以来「イカロス」を求め続けたが、勿論楽器店にはなく、入手経路を知っている者もなかった。事在るごとに思い出しては入手方法を模索した。そうして、終に手に入る時が来た。製作者を知っている人を通してだった。
私は心情を吐露した手紙を、一字一字刻むようにその人に書いた。
3月28日の朝、職場の庭の一本の桜の木に一輪の花が開いていた。その晩、家に届いていたその人からの手紙を読んだ。達筆で美しく、センスのいい封筒と便箋。こう書かれていた。
「拝復 本日、丁重なるお手紙を拝受いたし、早速にお返事を申し上げます。文面より『イカロス』への並々ならぬお気持ちが伝わり、とても嬉しく読ませていただきました。今日は丁度○○の工房にてオカリナ製作の指導中で(月2回だけ、この住所の工房に講師として出向いております)郵便やさんから直接に受け取ることができました。不思議なご縁を感じております。
私は16年程前に、○○先生からオカリナの手ほどきを受け、以来、オカリナ愛好者の皆さんに、ささやかながらそのノウハウを伝えることをライフワークとして楽しんでおります。
○○先生には、グループ活動や演奏会を通じて、ずっとご指導を受け続けております。そこで早速に今夜ご依頼の旨を電話でお伝えしましたところ本当にラッキーなことに丁度在庫があるとのことで、近日中にそちらに送っていただけることになりました。
(略)
『イカロス』は世界でも画期的な作品で、演奏法はとても難しく思います。3つの穴のひとつひとつに細く強い息(口笛を吹く時のような)を吹き入れる必要があり、又、隣の穴に息がもれ込まないように気を付けなければなりません。でも、オカリナでは不可能と思われていた和音を出すことができるのは、とてもうれしいことで・・
(略)
是非ぜひこれからのオカリナ人生に、大きな楽しみが加わりますように。そして、この度のご縁 を大切に、いつ の日か楽しくオカリナ談義ができると嬉しいですネ。
では、近々『イカロス』が神戸まで飛翔するのを楽しみに・・。私も心から御礼申し上げます。 早々
3月25日
○○○○○
○○○○様 」
はっきり言って、期待出来ない手紙だった。無謀にも見ず知らずの人に出した不躾な手紙の返事なのだから。しかし、私に取っては一縷の望み。夢にまで見たオカリナ「イカロス」についての返事だった。この方(女性)のやさしさをまざまざと見せ付けられる思いがした。狂喜し、涙が出そうな程だった。
「イカロス」が私の手元に桐の箱に抱かれて届いたのは、4月4日の事だった。その日は職場の庭の桜が満開だった。
後日、○○先生からお便りを頂き、その文面には、「あのイカロスは、最後に残った1本です。幸せなオカリナだと思います」と認められていた。
それから1年4ケ月が過ぎようとしている。なかなか上手くはならないが、他のオカリナと共に一緒に暮らしている。私はそれでも幸せだし、私はこのオカリナも、大事に大事にしようと思っている。今は友達以上の親友以上のものだ。やっとシューマンの「トロイメライ」とサンサーンスの「白鳥」が、心細い音の産声を上げた。
確かに値段は付けられない。一台の新車と交換しようと言われても、譲れない。遡ってみると、私とイカロスが、運命的な一本の糸で繋がっていたことが思われる。