「シャッシャッシャッシャッシャッシャッシャッシャッ・・」。留まることを知らぬかのように、朝早くからクマゼミの合唱だ。普通シャーシャーシャーと鳴くものだと鳴き声を認識させられている。ジッジッジッジッと鳴いているように聞こえる時もある。
日本には結構蝉の種類が多いそうで、次に蝉の専門家による名前を挙げておくが、この中でどれだけの名前を知っているだろうか。
アカエゾゼミ アブラゼミ イワサキクサゼミ イワサキゼミ イワサキヒメハルゼミ エゾゼミ エゾハルゼミ オオシマゼミ キュウシュウエゾゼミ クマゼミ クロイワゼミ クロイワツクツク クロイワニイニイ コエゾゼミ タイワンヒグラシ チッチゼミ ツクツクボウシ ツマグロゼミ ニイニイゼミ ハルゼミ ヒグラシ ヒメハルゼミ ミヤコニイニイ ミンミンゼミ ヤエヤマクマゼミ ヤエヤマニイニイ リュウキュウアブラゼミ
こんなにいたのか!
私の知っているのは、ミンミンゼミ、アブラゼミ、クマゼミ、ニイニイゼミ、ツクツクボウシ、ヒグラシ位なもんだ。
最近クマゼミの声しか聞かないようだが、アブラゼミは「ジーーーージジジジジジジジ」と、ビブラートのかかったような鳴き声だったように思う。茶色い羽が特徴で、子供の頃は、嫌と言う程いた。ミンミンゼミは羽はクマゼミに似ているが、クマゼミ程厳つくはない。「ミーンミンミンミンミンミーー」と美しい声で鳴く。ミンの数を数えて楽しんだものだ。数すくなに鳴くのもいれば、7つも8つも続けて鳴くのもいた。勿論どれがどう鳴いているかなど分かろう筈もなかったのだが。
幼い頃、夏休みになると岡山の奥深い田舎のばあちゃん家に連れて行って貰うのが、何よりの楽しみだった。小川の流れる音、鳥や虫の声、朝早く秣(まぐさ)を刈りに行くのんびりした牛の声・・。それ以外聞こえたものがあっただろうか? ああ、油の切れた水車の回る軋む音が聞こえていた。そして、日に二度のバスの音。
公民館の木々から、やかましい位の大合唱が、毎日当たり前のように聞こえていた。アブラゼミとミンミンゼミの声だった。遠く向かいの森からはクマゼミの声が背景となって聞こえ、声はすれど見たことはなく、高嶺の花だったことが思い出される。
ところが今は、蝉と言えばクマゼミだ。朝から夥しい程の数の声が迫る。けれど、うるさいと思ったことは一度もない。この声が、夏であることを実感させるからだ。幼いあの頃の蝉の声と今の蝉の声が、立体的に遠近感を保ちながら聞こえてくる。あのミンミンゼミやアブラゼミの声が混じって、脳天に広がって行く。
蝉は短い地上での命を尽きるまで燃やし、焦がれる声で求愛する。恋心が何かも分からなかったあの頃、いとこ同士は朝から晩まで遊び回っていた。異性であると言うことは、心のどこかで微かに感じながら。
蝉の鳴き声は命の叫び、夏の掛け替えの無い風物詩だ。
日本には結構蝉の種類が多いそうで、次に蝉の専門家による名前を挙げておくが、この中でどれだけの名前を知っているだろうか。
アカエゾゼミ アブラゼミ イワサキクサゼミ イワサキゼミ イワサキヒメハルゼミ エゾゼミ エゾハルゼミ オオシマゼミ キュウシュウエゾゼミ クマゼミ クロイワゼミ クロイワツクツク クロイワニイニイ コエゾゼミ タイワンヒグラシ チッチゼミ ツクツクボウシ ツマグロゼミ ニイニイゼミ ハルゼミ ヒグラシ ヒメハルゼミ ミヤコニイニイ ミンミンゼミ ヤエヤマクマゼミ ヤエヤマニイニイ リュウキュウアブラゼミ
こんなにいたのか!
私の知っているのは、ミンミンゼミ、アブラゼミ、クマゼミ、ニイニイゼミ、ツクツクボウシ、ヒグラシ位なもんだ。
最近クマゼミの声しか聞かないようだが、アブラゼミは「ジーーーージジジジジジジジ」と、ビブラートのかかったような鳴き声だったように思う。茶色い羽が特徴で、子供の頃は、嫌と言う程いた。ミンミンゼミは羽はクマゼミに似ているが、クマゼミ程厳つくはない。「ミーンミンミンミンミンミーー」と美しい声で鳴く。ミンの数を数えて楽しんだものだ。数すくなに鳴くのもいれば、7つも8つも続けて鳴くのもいた。勿論どれがどう鳴いているかなど分かろう筈もなかったのだが。
幼い頃、夏休みになると岡山の奥深い田舎のばあちゃん家に連れて行って貰うのが、何よりの楽しみだった。小川の流れる音、鳥や虫の声、朝早く秣(まぐさ)を刈りに行くのんびりした牛の声・・。それ以外聞こえたものがあっただろうか? ああ、油の切れた水車の回る軋む音が聞こえていた。そして、日に二度のバスの音。
公民館の木々から、やかましい位の大合唱が、毎日当たり前のように聞こえていた。アブラゼミとミンミンゼミの声だった。遠く向かいの森からはクマゼミの声が背景となって聞こえ、声はすれど見たことはなく、高嶺の花だったことが思い出される。
ところが今は、蝉と言えばクマゼミだ。朝から夥しい程の数の声が迫る。けれど、うるさいと思ったことは一度もない。この声が、夏であることを実感させるからだ。幼いあの頃の蝉の声と今の蝉の声が、立体的に遠近感を保ちながら聞こえてくる。あのミンミンゼミやアブラゼミの声が混じって、脳天に広がって行く。
蝉は短い地上での命を尽きるまで燃やし、焦がれる声で求愛する。恋心が何かも分からなかったあの頃、いとこ同士は朝から晩まで遊び回っていた。異性であると言うことは、心のどこかで微かに感じながら。
蝉の鳴き声は命の叫び、夏の掛け替えの無い風物詩だ。