この前祖母が死んだ
10月9日かな。
俺の誕生日の3日前だと覚えてるからこれであってると思う。
10月8日に、家族で最後の顔かもしれないって事で
会いに行きました。
そしたら、人工呼吸器をつけ、体に色々なものをつけて
人らしい格好じゃなかった。
体は痩せ細り、骨は浮き出ている。
俺は、喋れずただ苦しそうな祖母を見て
心の中で、苦しかったら死ねばいい。
我慢せず、ただ楽になればいい。
って、思ってた。
必死に生きてる人の前で、死ねなんて思ってしまった。
最低ですよね。最低です。
そして、翌日死んだ。
一週間が山場とか言ってたのに、山場のふもとにも立ってないんじゃないかな
人の死なんて、あっけなく儚いものなんです。
俺の父さんもそうでした。
俺が幼稚園年長の頃だから、6歳かな
父さんは入院もせず
元気だったかは覚えていないけど
優しくて、いい父さんだった。
だけど、いきなり死んだ。
原因は急性の心臓が止まる病気とか言ってた気がする。
2月14日。
みんなは、はしゃぐ日ですよね
それが父さんの命日なんです。
これだけ大量に人が死んでるんだから
こんな事もあるんです。
正月に人が死ぬこともあるんです。
別におかしくない。
家族で、バレンタインということで
家を出て、外で遊ぼうという話だった。
父さんは仕事の疲れで、家に残り、ソファーで寝てた。
んで、俺らは遊びに行ったんだと思う。
何処に行き、どぅ遊んだかなんて覚えてない。
行き道で覚えてるのはエレベーターのボタンを押し
父さん除く4人で、エレベーターを待ってるとこまで。
帰り道で覚えてるのは、家に帰り
父さんが倒れているところから
ソファーで寝ていたはずの父さんが
ベビーカーの後部車輪のとこに頭があり
口と鼻から血が出て、倒れていた。
死に際、とても苦しそうな姿が今でも想像できる。
最初父さんは温かかった。
そして段々と冷めていった。
そんな記憶が残ってる。
父さんは死んだ。
父さんと最後に直接会話したのは俺だと思う。
エレベーター待ってる間に、母さんが
家の鍵閉め忘れたかもしれないから、閉めて来いと俺に命じた。
そして、閉めに行った。
ほんとに、開いてて、父さんにいってきますと叫び
父さんは「はーい」か「おう」か分からないけど、返事を返してくれた。
これが最後のやりとりだと思う。
だけど、俺はここでミスをした。
開いてる鍵を閉め忘れてた。
それを思い出しても、戻らずそのままエレベーターに戻って、遊びに行った。
これが直接父さんの死と関係あるのかはわからない。
だけど、俺は父さんへ親孝行するどころか
最後の最後まで親不孝だった。
恩を仇で返してしまった感がたっぷりある。
話がそれてしまった。
まぁ、人の死とはあっけないものだ。
人はみんな死が訪れる。
その死を認めず、生きようとすると苦しいんだと思う。
生きるか死ぬか。
どちらかハッキリしろということだと感じた。
死に際なんて、駄目なんだ
死ね。生きろ。どちらか
今の俺は、生を選ぶ。
ただ今生きる理由があるから
俺の考えは変わらない。
俺は常に、死を考える。
ごめん、俺はこういう人間なんよ
生きていくうえで、必要ない存在なんよ
人に、マイナスの事しかできない存在なんよ