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「フレンドリー南部」にて。
名大で一番好きな学食。

右側にイチゴキャンディーがありますが、
お会計のとき、レジのお姉さんからいただいたのです。

一緒にいたY子ちゃんは
「そうか、ホワイトデーだからね。」と呟きました。
「?」と思った私に、
「バレンタインデーには小さなチョコをくれたのよ」と説明。

Y子ちゃん、バレンタインデーのランチは
「フレンドリー」だったということが、わかっちゃいました。ウッシッシ

ホワイトデーか。

お返し、何がもらえるか楽しみ~ハート達(複数ハート)
あ、違った。誰にもチョコをあげなかったのだった…あせあせ

今日は甥の友友の誕生日バースデーでもあります。
6歳になりました。おめでとう~るんるん

うちでは三月が誕生日のラッシュです。
2日は私で、6日はお手伝いのWちゃん、14日は友友、
15日は下の兄嫁のCちゃんで、19日は上の兄嫁のAちゃんです。
ケーキは好きですが、これだけ誕生日が続くときついですね。
だから自分の誕生日には遠慮して、ケーキは要らないと言いました。
後でまた誰かの誕生日に食べようという計算だったのに、
名古屋に来ることになってしまい・・・

丸いケーキ~~~涙

久しぶりの名古屋。
そして、人生初の居候生活が始まりました。^^;


朝めちゃめちゃ早起きして、
冷たい空気を吸って、
自転車に乗って急な坂をがんばって上って、
大学へと急ぐ。。
朝の光は柔らかくて、眩しい。


名古屋は、なんだかとても気持ちいい…。


↓これを乗ってきました。

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↓機内から。
翼の真上の席に当たる確率が高いです。

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台湾の西側は、日本の日本海側に相当するので、
冬はこんな感じに曇りがちです。


昨日、バスに乗って、
昔のいつもの通学路を通りました。
「あの桜はどうなってるのかな?」って、
去年無惨に切られたウコンという種類の桜が気になって、
通る前から首を長くしていました。


あまりの懐かしさに呼吸が止まりそうでした・・・


↓今朝の風景。

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↓変な角度で撮っちゃったな。

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台湾では水仙は一ヶ月以上早いです。

中国では「旧正月に飾る花」というイメージがあります。


↓3月13日の桜。
スズメがかわいく鳴いていたので撮りました。

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orzだけど、がんばる。むー


わけのわからない日記でごめんなさい。 (-人-)

雛人形を片付けるのをすっかり忘れていたら、
ベッドに潜って日記を書いていたママが、
急に飛び上がってきて、
「3月3日!あの、お人形を片付けなくちゃ!」って。

面白すぎ、ママ。(^_^;)
私が口すっぱく言っていることに対しては、
8割の確率で忘れてしまうんですが、
こんなことは覚えていたり。

しかも、日記に書くためでしょう、
「あの人形ってなんていう人形だったっけ?」って。

ほかに何を書いたんでしょうね、今日のママの日記に。(´0ノ`*)
パソコンは日本時間の表示になっていますが、
台湾はそれより一時間遅れています。
書き始めたのは3月1日の23時50分ですが、
この日記を終わらせる前には
日付が変わるでしょう。

36歳の誕生日を迎えるこの際、
書きたいことがいっぱいですが、
ちょっとそこまでの余裕がないかも…。

とりあえず、書けるところまで書いてみよう。

留学に名古屋へ発ったのは、26歳のときでした。
出発するちょっと前に高校時代の友人たちとホテルの一室を借りて、
みんなで一晩わいわいしました。

そのとき、思いつきで、
テレビで観たあることをしようと提案しました。
日本のどこかの蕎麦屋さんだったっけ?
とにかく和食屋さんで行われているサービスでしたが、
ご主人は客から、「五年後の自分」宛ての手紙を預かって、
五年後にご本人に郵送するといいます。

みんなに、預かるから書いてみないかと尋ねたところ、
全員乗ってくれました。

預かるのは私だったので、
ずっと覚えていましたが、
31になって、みんなに送るときには、
書いたこと自体、みんなもう覚えていませんでした。

集まるメンバーだけで、
その中お母さんになったばかりの友人のおうちに訪ねていって、
手渡しました。(あとは郵送)
照れもあって、バタバタでもあったせいか、
集まった人たちは誰もその場で読もうとしませんでした。

私も自分の封筒をバッグに忍び込ませて帰宅。
好奇心を押さえきれず、
帰りの電車の中で封を切ってしまいました。

自分としては、提案した当時はみんなのために何かしたい、
という気持ちが強く、自分宛の手紙は
落ち着いては書けなかったつもりですし、
何を書いたのか全然覚えていませんでした。
ただ提案者として、自分も書かなきゃ、というだけで、
適当に書いたんだろうと思いながら、
電車に揺られながら読みました。

26歳だった私は、31歳の私に対してこう書きました。

「いま君はどうなっていて、
どんな日々を送っているのか、
そしてこの5年の間に何があったのかも予測できない…
手紙を読むとき、元気かもしれないし、
そうじゃないかもしれない。
でもきっと君には、
いまの私以上に「勇気」と「知恵」を持ち合わせていて、
そして全てに立ち向かっているでしょうから
大丈夫だと信じている。」

恥ずかしい話ですが、涙が出てきそうでした。

びっくりしました。
こんなものを書いた覚えはありませんでした。

とても変ですが、
26歳の自分に、31歳の自分は感謝していました。
26歳の自分のほうが大人だったかもしれないと思いました。
何かに暖かく包まれて、誰かに許されたような気分でした。
「勇気」と「知恵」。
その期待に応えようと、
手紙を読んで初めてもらったような気がしました。

自分の中ではとてもいい経験になりました。
まさか5歳年下の自分に、こんなに慰めてもらえるとは…^^;
その後、もう一回さらに五年後の自分に書こうかと思いましたが、
結局書くことなく、
気付いたらまた五年が経ってしまいました。

いまは、ずっとみんなの手紙を置いていた引き出しの横で、
この日記を書いています。
色々とありましたが、
10年前と同じ部屋に居ること自体、幸せに思えてきました。

30歳過ぎてからは、空回りが減った分、
人生が楽しくなってきた、としばらく思っていました。
しかしこの自分は、実は若いほどしっかりしていて、
よく気が付いて、
人にはあまり迷惑を掛けずに済んだし(←たぶん)、
失敗も少なかったということは、
自分の中でちゃんと知っています。

その一見「逆成長」をしてきて、
そしてこれからもしていきそうに見えるような自分に対しては、
まだ評価はしたくありません。
恐らく正確にはできないでしょうし。

ただ、昔も今も、自分はとても幸せだということだけは
変わっていません。
死に時にも、たぶんそう思って逝くことになるでしょう。

誰に、この感謝の気持ちを伝えればいいんでしょう。(笑)

しかし気に入りました。
「勇気」と「知恵」。
なぜ26歳の自分は、
この2つのことばを選んでくれたでしょう。
あれから10年経ったいまでも、
とても大事なもののように思います。
これさえあれば何にも怖くないよ、みたいな。(笑)
たとえどんどん自分が、自分の価値観では
点数が下がっていきそうな生き方をしていても。

願い事といえば、
「スケール」の大きさを拘らずに、
ほかの人の人生に、
とにかくプラスに働きかけることがありますように。
それからもう1つ。
「は」と「が」をもうちょっと
正しく使い分けられるようになりたい。(笑)

話が変わりますが、
平井堅や、木村拓哉や、高橋尚子と同じ歳と言われては
特に何も思わないのに、
松井秀喜選手より2つ上だぁ!って思う度に
ちょっとドキッとしちゃうのはなぜでしょう。(笑)
うん…だらだら日記になっちゃいます。

論文は行き詰まってしまったので、
今日一日思いっきりOFFにしました。

まず母とスイミングスクール手(チョキ)を通い始めました。
家のことに支障を来たさないように、
週一で早朝6:30からのクラスに入ることにしました。
週一程度なので、
運動というより、母の気晴らしにと思って、
強引に連れ出しました。

5時半頃、雨で真っ暗の中バスに乗り込みました。
朝は2時半起きで出かけるまでに少し論文の修正を続けていたので、
眠くてぼ~としていました。
すると横から衝撃パトカーがサイレンを鳴らして近付き、
バスごと止められました。
何があったかわかりませんでしたが、
後から母が「あれは捕まらないとだめだったね」と。
どうやら、三回も赤信号信号を無視したらしいです。

珍しい経験をさせていただきましたわ、本当。^^;

久しぶりのプールは楽しかったです。
昔もしっかり習得したわけじゃありませんし、
泳ぎ方はもう覚えていませんが、
水はなぜか全然怖くないので、
下手でも楽しめました。
ママも私とのお出掛けが最近滅多にないので、
初めてのことばかりでしたし、うきうきモード。
それにしても寒かった~~~。ふらふら
泳げたらすぐ温まるでしょうが。
早く上手になりたいので自分だけ週2回に変更する予定。(^^)y

昼過ぎには、雨の中、甥の宗羲のお散歩サービス。
抱っこしながら傘を差しながら
鳥やら花やら説明するのは大変でしたが、
最近あまりラブラブモードじゃなくなったので、
何とかして心を奪い返さないと。
宗羲にとって、私は「お散歩係り」ですから。
帰宅したら、今度は兄嫁のCちゃんのお気に入りの番組を一緒に鑑賞。
いつも彼女は興奮気味に私に内容を説明してくれようとしていますが、
ゆっくりと一緒に見ることがなくて・・・
《Queer Eye for Straight Guys》と言って、
ニューヨークを舞台に、
彼女を喜ばせたい男たちの手助けを、
おしゃれで美的センス抜群の何人かのゲイが
してあげるというような内容らしいです。
今日はプロポーズの演出でした。
事前に、助っ人の一人は、
プロポーズのお返事の見込みについて聞きました。
"I think she'll say 'yes'."と彼は答えました。
それでも心配性なので、「本当にぃ~?」とドキドキ。
なんだかんだで肝心なシーンに。

"Will you marry me?"
"You know I will."

彼女に心を奪われそうでした。( ´艸`)
素直な人って素晴らしいっ!と。

"You know I will."

うん、いいですね。
思い込みも勘違いも微妙なすれ違いもそして要らない憶測もないのって、
最高だぁ。(^o^)//
このカップルに乾杯。

夕方は姪の謙謙の学校へ迎えに行って、
一緒にスケートしに行きました。
考えてみたら二人で出かけるのは初めてでした。
バスに乗ったら謙謙が大はしゃぎ。
降りるときに「いまなんでベルを鳴らしたの?」と聞いてきました。
そうか。普段はどこに行っても車送迎ばっかりのお嬢だったわ、
と気が付きました。
電車に乗り換えるとき彼女はさらにハイになっていて、
「あれ?もしかして初めて?」と聞いたら、
「うん。」って嬉しそう。
それで初めて気付きましたが、
台北の電車って、専用の乗車カードを使う場合、
学生には学割のカードがありますが、
それを持っていないと、子供料金というのはないのです。
だから運賃表には、大人料金というか、
1つの金額しか書かれていません。
日本のように上下に分けて子供は半額って料金表を
想定している私だったので、
かなり戸惑いました。
観光客を案内するように、
エスカレーターの立ち位置を説明したり、
車内の「飲食禁止。違反者には1500元の罰金を課す」
という標識を読ませたりしました。
謙謙は罰金の金額に相当びっくりしたようで、
目を丸くして目「食べたり飲んだりしてなくてよかったぁ!」
みたいな顔をしました。
せっかく中学くらいの男の子が謙謙に席を譲ってくれましたが、
この小さな田舎物は全然座っていられませんでした。^^;
質問とか言動とかダサすぎてかわいい。(笑)

家では大人が複数いると、
腹が立つようなことを言いたい放題の謙謙なので、
いつも私は怒鳴ってばかりですが、
二人っきりになるととてもいい子。
それが、少し切なかったです。
友友が事故に遭ってから、
彼女は常に大人の注意を引こうとしてしまうんです。
妙に幼いところと、大人びたところが混在しています。
「怒鳴りすぎてそのうち私は嫌われちゃう」と時々心配しましたが、
たぶん、私の頻繁の怒鳴りから、彼女は自分のことを
ちゃんと見てもらえているという安心感を覚えたんでしょう。
だからおばちゃんにべったりじゃないかな。
でも私はこれでいいのかな・・・
できるならもっと明るくて「健康」な方法で、
彼女に愛を感じさせたいのですが。難しい・・・

リンクには人が非常に少なくて、
選手か見るから「初めて」というような人しかいなくて、
私たちはちょっと浮いていました。
謙謙の先生にも会い、
彼は謙謙から私が日本にいたことを聞いていると言って、
荒川選手と同じリンクで練習していたと話してくれました。

久しぶりに滑って、ちょっとは怖かったですが、
謙謙と手を繋いで滑って、ラブラブで楽しかったです。ハート達(複数ハート)
事前に兄嫁のAちゃんの同意を得ており、
その後はマックへ夕食。
フライドポテトを食べているとき、
謙謙がすっごく楽しそうに目を細めて言ってきました。
「おばちゃんとスケートしに来るのってとっても楽しいね。」
別に、何もしてあげていないし、
特別な出来事があったわけじゃないので、
そう言ってもらったのは、とても嬉しかったです。
謙謙は気に入った食べ物を
全部気前よく私に試食させてくれました。
前はたっぷり食べさせようと思って断ったら、
彼女がとても悲しそうだったので、
今日は全部食べました。^^

帰りに謙謙は足が痛がっていたらしくて、
バスがなかなか来ないので、
「もうちょっと待っても来なかったら、
タクシーを呼ぼうね。」となだめました。
来るとき「どうしてタクシーじゃないの?」という質問に、
「おばちゃんは貧乏だから。」と答えたせいか、
謙謙は「いい。だって高いでしょ?」って。

ようやく来たバスはかなり混んでいましたが、
荷物いっぱい抱えている私たちに、
別々の二人が席を譲ってくれました。
断っても「すぐ降りますから」と相手が言うので、
仕方なく私は優先席に・・・
混んでいる車内で、その居心地は・・・。^^;
あいにく譲れそうな方が見えなくて・・・。
謙謙が優先席の横にある絵に指差して、
「お年寄りと、妊婦さんと、体の不自由な人と・・・」
「子連れ!」と二人でハモって私に指差して笑いました。
「結構着込んでいるのでまさか妊婦だと思われたことはないよね?」
と密かに思ったり。

移動がちょっと大変でしたが、
「またおばちゃんと行きたい!」との一言で疲れが飛んでいきました。
「だからおばちゃん論文早く終わるようにしっかりがんばってね」と
後から付け加えが。^^;

楽しい一日でした。
やっぱり少しでも運動すると元気になりますね。
しかし些細なことばかりなのに、
何でこんなにダラダラ書けたのかしら?
長々とすみませんでした。あせあせ
論文を書くときはこのスピードの半分もあればな。冷や汗

私:「お父さん、図書館に行ってきますね~」
父:「あ~。体冷やさないようにね~」

今日の、嬉しかったこと。

父の病気がなければ、
あるいはいちいち声を掛けないかもしれない。
私も、兄たちも、母も。
そう思いました。

そして、「体冷やさないようにね~」ということばに、
ここまで幸せに感じないんだろうな…

なんとか、いつかは、何かを失わないうちに、
大切なことの大切さにちゃんと気付くように成長したいな。
もっと早く気付けばよかったな、と思うことが多いから、
きっと、いまも気付いていないこともまだまだあるでしょう。
過去を悔やむより、
いまでも間に合うようなところから始めたいと思います。
前向きに、前向きに。

昨夜(日付21日)帰宅途中で、明るい月の光に惹かれて
歩きながら空を見上げていると、
満月の近くに、赤い天灯が2つ小さく、
ゆらゆら~と浮かんでいるのが見えました。
うろこ状になっている雲が海のようにも見え、
その波の間に、小さな赤い光が静かに泳いでいるようでした。
とても感じのいい眺めでしたが、
残念ながらデジカメは貸し出し中で撮影できませんでした。

今年の2月21日は旧暦の15日で元宵節(提灯祭?^^)でした。
広義のお正月は昨日までとなっています。
この日には元宵*を食べて、
(*ごまや、小豆、ピーナツバターなど餡の入った団子)
提灯と満月の暖かい光を楽しんだり、
なぞなぞ大会(いまでもあるのかは不明…)が行われたりします。

台北県の南に「平渓」というところがありますが、
そこで行われる「平溪國際天燈節(Lantern Festival)」が
ここ数年ちょっとしたイベントになっています。

清代に遡ると、平渓の天灯はもともと、
治安が悪くて山賊が多かった頃、
もう家に帰っても大丈夫だとか、
お互い無事を知らせるための連絡手段でした。
今になっては祈願の民俗習慣になっています。
Wiki記事↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%81%AF

願い事を書いて火をつけて空へと放つのです。↓


日本で放送されている台湾観光のCFにも写っています。↓


数があるとすごいです。↓


闇に現れる、たくさんの小さな光りの集合って、
なんでみんなこんなに美しいんでしょうね。

Wish to see you in Taiwan.(笑)

がら~んとしたこの広~い図書館の閲覧室は、とても寒いです。
でもいつもがら~んとしているから勉強する場所をここにしました。
机や壁に、遠慮がちにえんぴつで小さく、
「加油!(^^)(がんばれ!)」とか、おセンチの短詩とか、
誰かと誰かの名前が書かれている相合傘が書かれたりしています。


・・・相合傘?
もうこんなものまで台湾にすっかり浸透してきちゃったのか。。。


市場の4階にあるこの閲覧室。
気のせいか、
ときどき、微かに鶏の匂いがします。(笑)


そういえば、
村上春樹の『1973年のピンボール』にも、
とても寒くて鶏の匂いがする場所がありましたね。
あの双子の姉妹がいれたコーヒーが飲みたいです。


夏ならここは涼しそうですが、
鶏の匂いがもっとしそうなので、来ません。
今年の夏にはなにが待っているんでしょうか。。。


あっ、市場の花屋に、桃の花が置いてありました。
図書館に持ち込むのに躊躇ったので買いませんでした。


はい。論文の続きを。

この表情・・・ ↓
1
なんとなく仲がよろしくなさそう。
かかあ天下。(笑)↓
2

ちっちゃいので、
横に桃の花でも飾らないと寂しいですね。
売ってるかな?