情報は疑う時代
今の時代一方的な情報は疑う時代ではないでしょうか。私は子供の受験をとうし見えてくる中でもその事はかんじました。例えば脱学歴社会などと叫ばれたりもする一方で。社会は依然と学歴社会です。大学生の就職氷河期などといわれますが。早稲田や慶應、また国公立などのお友達のお子さんは就職難の話しは聞きません。もちろん学部やスキルにもよルのでしょうが。日本は入るのが難しい難関大学は仕事はスムーズなのが現実です。それ以外にもランクの高い大学になればなるほど支援も手厚いのも現実です。成績が人並みならば家の事情で月謝の工面が出来なくても、事情が考慮されれば免除扱いなど。実際私の友達は父親の病状悪化で苦しい事情を伝え、大学の免除を受けれ安心して学んでいます。他のお友達も早稲田ですが成績優秀で北京大学に招待を受けて無償でいけたりなど。入る時は難しくても頑張ればそのがんばりに見合った条件は付いてくるのです。反対に安易に入れる大学にはそのような手厚い支援などすくないのも現実です。企業から見てのネームバリューも低くそれどころか企業の大学の線引に合うなどで。就職もつらいものになったりするようです。一般のニュースでは子供の体力低下など報道していますが。現実の将来に向けての学力の大切さは報道されません子供の携帯やゲームなど問題視しますが、大学の格差の重要性などは報道しません。今の時代の情報は自分の方向性と見比べきちんと受け取らないと取り返しがつかない事がある場合もあるのでは無いでしょうか。事に子供の事は将来までの長期的な流れを見定ねばなので。長期的な結果を要する学力などは後からでは手遅れになるのも事実です。一方的な報道を真に受けず世界的な社会情勢を踏まえながら見ていく時代かなと思います。日本では富裕層になればなるほど早くから教育を強いて、その事で安定層の固定化を目指しますますの安定層の固定化が(富裕層)格差拡大を広げているのが日本の現実とも言われています。オリンピックだと憂かれゆとりで遅れた学力をますます遅らせ運動ばかりに偏らせ勉強が疎かになるのもあるのではそしてオリンピックが終わった頃には。若者の勝ち組と負け組の差が大きく増えているのではないでしょうか。庶民向け情報に振り回されず国民一人ひとりが将来のビジョンを持ち自分に必要な情報を集める時代になったのではないでしょうか。蓋をあけると最高峰の大学には圧倒的に富裕層が多く入学しています。経済的に力がある家庭にはゆとり教育などの概念はありません。ゆとりの先には社会的弱者しか無いからでしょう日本の今に全ての情報を疑い。自分なりの方向性を一方的な垂れ流しの情報に流されず持つ事が大きな分かれ目だと思います。事に今の若者は日本の遅れた教育の中言葉の壁も産まれた中で世界との競争に巻き込まれて行くのですからでもその事を早くから踏まえ準備していた層も本当に社会の不平等は当たり前にそれも政策の一つとして行われてきたのでしょうねそしてそんな何も知らされずゆとりのレッテルを貼られた多くの若者のより良い居場所を一日も早く用意してほしくも思います