私は長いあいだ、「自分は自分の味方」という言葉に助けられてきた。ヒプノセラピーを教えてくれた人が私に贈ってくれた言葉だ。
「もし世界中すべての人が敵になったとしても、自分は自分のいちばんの味方だ」
この言葉のおかげで、私は自分を信じることを覚えた。子どもにも「ママはあなたの味方だよ」と言ってきた。
心から、この子を信じて守りたいと思って。
お客様にもメッセージとして伝えたこともある。
でも、今回ふと気づいた。
「味方って…敵がいるって
信じているってことだ…😱」
いろんな学びから、対等やジャッジしないって意識してきた。
それでも
敵と味方。私は無意識に世界を二つに分けて、そのどちらかに振り分けながら生きてきた。
それは、過去の痛みから自分を守るために必要だった前提だった。
でも、その前提が、私の世界をずっと狭くしていた。
気づいたとき、胸がちくっと痛んだ。私は何度かくる痛みをただ感じて、ここにいたんだねと声をかけて、ただそばに寄り添ってみました。
そして、私は、「味方」を別の言葉に置き換えていくことにした。
私は、私のいちばん近くで寄り添う人
寄り添う。
それにはもう、敵も味方もない。
ただ、そばにいる。
自分にも、子どもにも、大切な人にも、これからはそう伝えていきたい。
もちろん、まだつい「味方だよ」と言いそうになる。
頭では変換しようとしても、口が先に動く。長年の癖だから仕方ないのかなって思う。
でも、気づいたときに心の中で「あ、また癖が出ちゃったな」「寄り添う、寄り添う」とつぶやくだけで、少しずつ緩んでいくのを感じる。
ちょうどいいに閉じこもっていた自分も、贅沢を怖がっていた自分も、敵から身を守ろうと必死だった自分も、みんな私の大切な一部だ。
どれか一つが欠けても、今の私はいない。
500年前の遊女の人生も、私の魂の旅の一部だった。
彼女がいたから、私は「本音で生きる」ことを、こんなにも深く願えるのだと思う。
今、私は毎日こう決めて生きている。
「楽しい、安心、心地いいを選ぶ。心地よくないと感じるものからは、そっと距離をとる」
それだけで、豊かさも幸せも愛も、ちゃんと巡ってくる。
敵を想定しなくても、私はもう大丈夫。世界のすべては、私を応援してくれている。
そう思えるようになったことが、とてもホッとするし安心する。
もしこれを読んでいるあなたも、「自分にはこれぐらい」と枠を作っていたり、「敵か味方か」で世界を見てしまっているなら、そっと伝えたい。
大丈夫。あなたは、あなたのいちばん近くで寄り添う人でいていい。
ぎゅっと握ったあの時必要だった思い込みは必ず緩めていける。
ゆっくりでいい。
あなたのペースで。
最後まで読んでくださりありがとうございました。


