こんにちは。

hiro.ブログをいつも読んでいただきありがとうございます。

私と価値観や考え方が似てる方、面白いと思ってくれてる方、興味がある方、ぜひ、コメントをよろしくお願いします。



それでは、異国の血について本題に入ります。




私は幼い頃、死ぬまで変えられないコンプレックスがありました。


そのコンプレックスは異国の血が混ざっていることです。

私はクォーターで、外国の血が混ざっています。


私は幼稚園から小学6年生まで、ほとんど、ひとりぼっちでした。

幼い頃、周りの人たちは私を軽蔑し、

次第に仲間外れ、いじめが毎日でした。

幼稚園や小学校の世界で自分の考え方を

主張したり、独立的な行動をするとハブかれる

世界でした。

しかし、その頃は

何故こんなにいじめられるのかと考える毎日でした。

小学校では授業参観、幼稚園では毎日の送り迎え
に母親が来ていました

私の母親は日本の血がまったく入っていない外国人です。
 
言葉もカタコト見た目もみんなとは少し違う

ただそれだけの理由でした。

幼い頃の私は母親に送り迎えや、授業参観は

絶対に来て欲しくありませんでした。

中学生、高校生、大学生になるとスポーツで

ある程度、尊敬されるまでに上り詰めました。

そうするとまた、

hiroは違う血が入っているから

hiroは身体が日本人じゃない!

と、また昔の事をフラッシュバックする

場面が沢山ありました。その事から、 

「クラスの絆」

「チーム一丸となって」

「集団行動」

にすごく抵抗がありました。

何故みんなと同じ考え方でないと、  

そこの世界では上手くやっていけないのか?

何故、個人個人の尊重がないのか?

と思うようになりました。



それから、信念や価値観が近い人たちが

次第に寄ってくる様になり、自分の意見

価値観を語る様になり、自分の中の世界観が回り始めました。

それだけと言っていいほど、

今ではとても幸せです。


私から言えることは、

血が違うと言うのは全く関係ありません。

血が違うと言うことで何か1つわかるもの

があるとしたら、それは考え方や感受性、

それらは、生まれて来た環境や物事に対する

感じ方が少し変わっているだけだと

私は思います。



一人一人個性を尊重し、

1番に大切にしなくてはならないという思いが、誰よりも強いからこそ、

困ってる方や悩んでいる方の味方になれればと思います。


広い心を広い世界に

hiro.