壊滅一歩前

 幕僚会議は、いよいよ熱心につづけられた。
 日本を攻略するについて、あらゆる場合が考えられ、その用意がなされていった。
 太刀川は、そのたびに、はやる心をじっとこらえた。
「七時半だ。もういいころだが」
 太刀川は、カーテンのかげから、そっとぬけでた。
「太刀川さん、いよいよあの時刻が来ましたよ」
 ダン艇長はいった。
 それから二人は、石福海が張番をしている監禁室へかけだしていった。
 太刀川は、つまれたあき樽の中に、首をさしいれて耳をすました。
 カーン、カーン。カーン、カーン。
 鉄管をたたくような音がきこえた。
 ダン艇長の耳にも、はっきりときこえた。
「いよいよ、カンナ島の用意が出来たんだ」
「じゃ。こっちからも、信号を」
 と太刀川はダン艇長に目くばせした。ダン艇長は、あき樽のうしろにもぐりこんだ。そこには、カンナ島へのぼる鋼鉄階段があったが、その階段を、ダン艇長は落ちていた鉄棒で、力一ぱいなぐりつけた。
 カン、カン、カン。――カン、カン、カン。
 三点信号だ!
 その信号は、はるか上のカンナ島の出口で、耳をすまして聞いている三浦と酋長ロロに通じたことであろう。
「さあ、もうぐずぐずしていられない。それ、始めよう」
 太刀川は、はいだしてくると、用意してあった弁当箱二つほどの大ききの火薬の導火線に、火をつけた。
 この火薬は、この海底要塞の様子をよく知っている石福海少年が、工事用の火薬置場から、もちだしたもので、導火線の長さは、時間にして、わずか十二分であった。
 三人は、導火線があき樽のかげでぷすぷすともえ出すのをたしかめたのち、室外にとびだした。そして入口の扉をぴったりしめると、太刀川の身がわりにころがっている衛兵のポケットから、鍵をとりだして、ぴちんと錠までおろした。こうしておけば、誰も、導火線のもえるこの監禁室の中にはいれない。
「あと、十一分半だ! さあ、急ごう!」
 太刀川は、ダンと石福海とをうながして、またくらい廊下をかけだした。彼等は、これからどうするつもりだろうか。カンナ島への階段をのぼっていくのかと思ったのに、彼等は自ら、その口をふさいでしまったのである。
 そこに太刀川のふかい考えがあった。すばらしい計画だったけれど、命がけの冒険であった。だがこうなれば、命を捨てることなんか、太刀川にはなんでもなかったのだ。
 太刀川は、できるなら、恐竜型潜水艦を一隻、お土産にもらっていきたかったのだが、どれも、あつい鉄扉をもった格納庫の奥ふかくしまわれてあって、なかなか引っぱりだすことができない。その鉄扉の一つを開けるにも、海底要塞の心臓部というべき中央発電所の大モーターを動かしてかからねばだめなのだ。たとえモーターをうごかして鉄扉をあけることができても、潜水艦をうごかすには専門の知識がいるので、とてもこの三人ではもって行けない。
 そこで、恐竜型潜水艦のことは思い切り、そのかわり水中快速艇をうばって逃げることにした。これなら、このまえケレンコと一しょにも乗ったし、そしていつも海底要塞の出口のところにつないであるので、なんとか手に入れることもできそうだ。あと十一分の導火線しかのこっていない今、できるだけはやく、この海底要塞から遠くへのがれるためにも、それが必要だったのである。
「あ、あれが出口だ」
 太刀川らは、やっとのことで、出口にたどりついた。
「番をしている兵がいる」
「よし、やっつけるばかりだ」
 そこの衛兵も、例の酒が体にまわっているとみえて、
「あああ、あやしい奴!」
 と、いうさけびもしどろもどろだ。太刀川の鉄拳に、脾腹をやられ、ぎゃっとたおれるところを、三人はすばやく通りぬけて、潜水服置場に走った。ここには、あきれたことに、誰もいない。今夜は、衛兵たちはみな、さっき倒した番兵一人に、一切の見張をまかせて、ふるまい酒に酔いくらっているらしい。三人はこれさいわいと、潜水服を壁からおろして、すっぼりかぶってとめ金をした。
「あ、もうあと五分だ。いそがないと、われわれの命があぶない」
 と、ダン艇長がさけんだ。
「先生、わたくしは、うごけません」
 石福海は、潜水服を着たのはいいが、体が小さいので、前へも後へもうごけなくなった。
「よし、だいてやるから、安心しろ」
 太刀川とダン艇長とが、両方から石少年をかかえて、ついに防水扉を開いて外へ出た。