戦闘開始

 ケレンコ司令官の部屋で、会議がはじまった。
 テーブルの上の大海図を前に、おもだった者が、額をあつめて、作戦にふける。
 そこへ、監視隊からの、無電報告が、つぎつぎとしらされて来る。
「ただ今、十日午後六時。北北西の風。風速六メートル。曇天。あれ模様。海上は次第に波高し」
「よろしい」
 だが、しばらくすると、おどろくべき報告がはいってきた。
「……日本第一、第二艦隊は、かねて琉球附近に集結中なりしが、ただ今午後六時三十分、針路を真東にとり、刻々わが海底要塞に近づきつつあり。彼は、決戦を覚悟せるものの如し」
「ほう、日本艦隊もついにはむかってくるか。どこで感づいたのだろうか。いやいや、もっと見はってみないと、にわかに日本艦隊の考えはわかるまい。とにかくリーロフ提督、君のひきうける敵艦隊の行動について、ゆだんをしないように」
 と、ケレンコがいえば、リーロフは海図をながめて、無言でかるくうなずいた。
 おそろしい時が、刻一刻と近づきつつある。ケレンコのひきいる怪力線砲をもった恐竜型潜水艦隊の、おそるべき攻撃破壊力の前に、わが日本海軍が、はたしてどれほどの抵抗をみせるであろうか。
 この時、快男児太刀川時夫は、一たい、どうしていたか。
 ――われわれは、目をうつして彼が両脚をしばられて、とじこめられている部屋をのぞいてみよう。
 太刀川は、どうしたのか、脚をしばられたまま、床のうえに、うつぶせになって、たおれている。床のうえに、血が一ぱい流れている。あっ、足がつめたい。
 太刀川は、ついにやられてしまったのか。
 いや、待った。彼の顔を、横からみると、どうもへんだ。たしかにソ連人の顔である。ソ連人が、太刀川のかわりに、両脚をしばられて死んでいるのである。
 そのとなりにたおれているのは、ダン艇長らしくしてあるが、これもやはりソ連兵だ。その向こうにころがっているロップ島の酋長ロロらしいのも、よくみると酋長の腰布が、藁たばの上にふわりとおいてあるばかりだ。
 もちろんクイクイの神様もみえない。みんな、どこかへいってしまったのだ。一たいどうしたというのであろうか。
 この時、司令官室では、そのすみにある、むらさき色のカーテンのかげから、するどい二つの目が、のぞいていたのである。室内の将校たちは、明日にひかえた作戦会議に、夢中になっていて、気がつかない。部屋の外を、がちゃりがちゃりと音をさせて歩いているのは、衛兵である。みんな安心しきっているのだ。
 このするどい目の主こそ、わが太刀川青年であった。
 彼は、全身の注意力を耳にあつめて、作戦会議の成行をうかがっているのである。
「それでは紀淡海峡に集めないで、一隊を豊後水道にまわすことにしよう。呉軍港をおさえるのには、これはどうしても必要だ。どうだ、リーロフ少将」
 ケレンコ司令官の声だ。
「いや、おれは、紀淡海峡一本槍だ。せっかくの勢力を、いくつにも分ける作戦は、どうもおもしろくない」
 リーロフは、相かわらず、なかなか剛情だ。
 カーテンのかげの太刀川青年は、じーっと息をころして、きいている。
 それにしても彼は、どうしてこんなところへはいりこむことができたのか。――
 クイクイの神様の三浦は、たくみに衛兵長から鍵をうばうと、何くわぬ顔をしてひきたてられて行き、太刀川と同じ監禁室に入れられた。衛兵たちは、出発前夜の酒と御馳走に夢中になっていたので、三浦をほうりこむと、そのくさい部屋から、あたふたと出ていった。だから、三浦が、太刀川の足の枷をほどくことはなんでもなかったのだ。
 太刀川と三浦とは、衛兵にうたれてきずついたダン艇長と酋長ロロのきず口に、とりあえず手当をして、ありあわせの布でしばった。
 ダン艇長は、右の腕をうたれ、酋長ロロは耳のところにすりきずをうけただけだが、二人とも、びっくりして気をうしなっていたのであった。
 太刀川が「よし!」とさけんで、立ちあがったとき、監禁室の扉を、どんどんとたたく者があった。
「すわ、衛兵だ!」
 一同はびっくりして、その場に立ちすくんだが、太刀川は三浦に命じて扉をひらかせた。するとそこに立っていたのは、守衛のソ連兵ではなく、意外にも意外、とっくの昔に死んだものとばかり思っていた石福海少年だったのである。