おそろしき海戦

 なんという自信であろう。
 ケレンコは、わずか十二隻の恐竜型潜水艦で、約八十隻の潜水艦、約百五十隻の駆逐艦と、戦闘をはじめようというわけだ。
 いや、
 太刀川は、恐竜第六十戦隊の司令パパーニン中佐からの無電を途中からきいたので、
「戦艦八隻、巡洋艦十八隻、航空母艦六隻………」
 というところをききもらしていた。だからじっさいは、太刀川の考えた以上の大艦隊であった。それを、わずか十二隻の恐竜型潜水艦でむかえうとうというケレンコの自信は、おどろくのほかない。
「しまったことをしたなあ」とケレンコは、つぶやくようにいった。
「恐竜にのっていりゃ、海上の様子も、テレビジョン鏡で手にとるように見えるのだが、……今から恐竜にのりうつることもできない。あと十分でアメリカ大艦隊とぶつかるというどたんばに来ては――」
「え、アメリカ大艦隊?」
 太刀川は、思わず口をすべらしてしまった。
「なんだ」
 とケレンコはいった。
「貴様は、また酒をくらって酔っぱらっているんだな」
「いえ、酒などは……」
「なに、わかっとる。そうでなくて、今ごろ、あれはアメリカ大艦隊ですかもないじゃないか」と、つい本気でどなったが、そのあとで、気づいて「ふふふふ」とうす笑をした。
(いや、どうもリーロフの服をきているものだから、ついまちがえてはいけない)
 ケレンコは、太刀川が、にせ者であることは、はじめからちゃんと見ぬいていたのだ。
 太刀川は、アメリカ大艦隊が、西へいそぐと聞いて、これは、容易ならぬことだと感じたが、恐竜型潜水艦の攻撃目標が、さしあたってわが艦隊でなくてよかったと思った。
 だが、ケレンコの肚は、すでにきまっていた。
(ここでアメリカ艦隊をおそっても、まさか西瀬戸内海のまん中に、ソビエトの潜水艦隊基地があるとは、気づくものはないだろう。アメリカでは、きっと日本潜水艦の襲撃をくったものとして、日本政府にねじこむにちがいない。そうなると、ここでいよいよ日米両国の大衝突となるから、そのすきをうかがってこっちは東京湾へつきこめば、いいんだ)
 ケレンコは、戦隊司令パパーニン中佐にあて、秘密無電をもって、
「アメリカノ艦隊ヲ襲撃シ、恐竜型潜水艦ノ威力ヲ発揮セヨ。タダシ、貴隊ハソ連潜水艦タルコトヲ極力カクスコト。ナオ戦闘開始ノノチハ、トキドキニセノ無電ヲウチ、アタカモ日本潜水艦デアルヨウニ、アメリカ艦隊ニ思ワセルコト」
 と、命令をだした。自分でさんざんあばれ、アメリカの軍艦をしずめ、そしてその犯人は日本海軍でございと思わせようというのだ。
 すると戦隊司令パパーニン中佐から間もなく無電が来た。
「――ワガ恐竜第六十戦隊ハ、コレヨリ敵艦隊ノユダンニツケイリ、ナルベク早ク所期ノ目的ヲハタシタ上デ、全艦海底要塞ヘヒキアゲント欲ス。戦闘開始ニ[#「戦闘開始ニ」は底本では「戦闘開始に」]アタリ、ケレンコ司令官閣下ノ健康ヲ祝ス。戦隊司令パパーニン中佐」
 米ソ両艦隊の海戦は、いよいよはじまった。
 水中快速艇では、ケレンコ司令官と太刀川の両人が、たがいに身の危険もわすれて、はるかに海水を伝わってきこえてくる海戦のひびきと戦隊司令からの無電報告とにききいった。
 その時、運転士が、
「とてもやりきれません。ハンドルをもっていかれそうです」
 と、なき声で、うったえた。
「しっかりしろ」
 ケレンコが、しかるようにどなった。
 だが、むりもない。快速艇は、空中にうかんだ風船のように上下左右へおどる。恐竜の猛攻撃による艦船爆破のひびきが、水中をかきみだし、このさわぎをひきおこしたのだった。
 もしこのとき、空からこの海戦をながめたとしたら、この場の光景は、まるで血の池地獄、火焔地獄のように見えたにちがいない。
 アメリカ巡洋艦十八隻のうち、その半分の九隻が、理由不明のままみるみるかたむいた。三重の艦底が、いつこわれたのか大穴があき、そこから海水がどんどんはいってきたのである。
 同時に、防水扉ががらがらとおろされた。が、それもあまり役にたたなかった。というのは、せっかくおろした防水扉の表面から、どうしたわけか、ぶつぶつと、さかんに泡がたちはじめた。と見るうちに、そのまん中からだんだんとまっ赤に熱し、やがて、ぱっと大音響をあげて、ふきとび、そこに大穴があく。あとは砂糖がくずれるように、海水にくずれてしまう。どうしてよいか、まったく手のつけようがなかった。
 運のわるい五隻の巡洋艦は、そのあとから、火薬庫の大爆発をひきおこし、まっ二つに、あるいは三つ四つにくだけて、上は空中にふきとび、のこりは波にのまれて、海底ふかく泡をたてながら、姿をけしてしまうのだった。
「大した戦果だ!」
 快速艇からも、水面下の様子が、ときどきながめられ、太刀川青年の舌をまかせた。彼は、かの恐竜型潜水艦が、舳のあの長いものを、敵艦の底にぐっとのばしたかと思うと、底が急に赤くなって、まるい形にとろとろと灼けおちる光景を、目のあたりに見たのだ。
 怪力線砲は、ついにソ連の手によって完成されたのである。