日本攻略作戦

「おい、リーロフ。この沈没船の積荷には、まんぞくなものが一つもないようだね」
 ケレンコ司令官は、太刀川をリーロフ大佐と思いこんでいるのか、気がるにいった。それをきいた太刀川は、とびあがるほど喜んで、
「はい、ケレンコ閣下。どうも、こんどは少しやりすぎたようですね」
 と、なにくわぬ調子で答えた。
「まあ、あまり、よくばるまい」
 とケレンコはいった。
「ところで閣下は、なに用あって、ここへ」
 太刀川はまだ、用心しながらたずねた。
「いや、これから君と一しょに海底要塞を検閲しようとおもうのだ。副司令として、君にみてもらいたいところがあるのだ。潜水隊員は、わしからひきとるように命じておいたから、心配せんでもよい」
「は、では、さっそくおともしましょう」
「いや、なかなかよろしい。君は副司令になってから、言葉づかいも日頃のらんぼうさも、急にあらたまったようだな。いや、わしもまんぞくじゃ」
 なんという気味のわるいほめられ方であろう。あたかも「お前はリーロフになりきっていないぞ」と、いわれたようなものだ。
 だが一方で、太刀川はしめたと思ったのである。ケレンコ自ら、大海底要塞を案内しようという。ねがってもない機会じゃないか。正しき者にはつねに天佑というものがあるというが、まったくである。
 ケレンコについて、沈没船の外に出ると、そこには一隻の潜水快速艇が待っていた。それはケレンコが乗ってきたものである。速力のはやい小型の潜水艇で、潜水服をつけたまま水中で、のりおりできるのが一つの特徴だった。
 二人は、艇の上蓋をとって、ならんで座席についた。運転士が下りてきて、二人の上に蓋をかぶせた。蓋は、すきとおったやわらかい硝子でできているので、外がよく見える。
 潜水快速艇は、すぐさま動きだした。海底からひょいととびあがるところなどは、戦闘機が飛行場からまいあがって急上昇するのと同じであった。行手に大鯛の群がいたが、エンジンのひびきで、たちまち花火のように四方へちらばった。
「日本攻略は、いつ始めるお考えですかな」
 太刀川は、たずねた。
「ふーん、それは君ともあらためて相談したいと思っていたんだ。わしは、はじめ、時期を待つつもりであったが、もうこうなれば早い方がいいとおもう」
「こうなればといいますと――」
「つまり、サウス・クリパー艇を墜落させたことは失敗じゃったのだ。それにつづいて、米国の駆逐艦と英国の商船とをしずめたが、その結果、わが海底要塞のひそむ海面は、全世界の注意をひきつけることになった。各国の艦艇が、ぞくぞくとこの海面へ集って来ては、めんどうだから、その前に行動をおこした方が、得策のように思うが……」
 司令官ケレンコは、ふとい眉をぴくりとうごかしていった。
「その点、至極同感ですが、――」と、太刀川は、ちょっと言葉をとめて、おもわせぶりをみせ、
「まだ十分の準備ができていないのに、戦をはじめて、はたして勝利がえられましょうか。もしも計画どおり行かなかったときは、すぐモスコー(ソビエトの首府)によびかえされて、反逆者の名のもとにどーんと一発、銃殺されてしまいますぜ」
「なんだ、君らしくもない。はじめからやぶれるつもりで戦って、勝てたためしがあるか。わが海底要塞の戦闘準備は、まだ、完全とはいえないが、敵の防備を破壊し、首都東京をおとし入れるだけの自信は十分あるよ。四百隻からなるわが恐竜型潜水艦は、だてやかざりにつくったのじゃない。いかに日本の海軍が強くとも、これにかかっちゃ、手のほどこしようがなかろう。わずか一時間で、東京およびその附近は、全滅じゃ。地上地下、生物は、猫の子一匹ものこるまい。考えただけでも胸がおどるじゃないか。いや、君を前において恐竜型潜水艦の自慢をするのは、あべこべじゃったねえ。ふふふふ」
 なんというおそろしいケレンコの自信であろうか。
 そのとき運転士が、声をかけた。
「もしもし、海底要塞の正面へ来ました。どこへつけますか」
「うむ、恐竜格納庫第六十号へつけろ」
 ケレンコはいった。太刀川時夫の目が、潜水兜の中で、きらりと光った。