ふしぎな顔

 海底の吸血鬼?
 じょうだんではない。
 太刀川青年は、どんどん奥にふみこんだ。
 隊員たちは、それを見おくると、急におそろしくなったとみえ、あわてて外へにげだした……
 太刀川は、べつに吸血鬼の正体をしらべたり、とらえたりするつもりはなかった。潜水隊員から、はなれるのは今だと思ったので、
「おい、吸血鬼、でてこい」
 とむしろ、おかしさをこらえながら、沈没商船の奥へふみこんでいった。
 奥は、なるほどひどくやられていた。さいわい、途中で、隊員のおとした水中灯をひろったので、それをかかげてみると、鉄板でつくった船腹が、十メートル四方も、ふきとばされ、そのあとが、まるでつきだした屋根のようになっていた。
「あ、あぶない」
 太刀川は、足もとの砂がぐらぐらと、動きだしたので、びっくりして腰をおとした。水中灯をさしつけてみると、例の屋根の下が、すり鉢状の形に大きく深くえぐりとられている。ずいぶん大きな爆発跡であった。ぼんやりしていれば、動きだした砂に足をとられて、ずるずるとすり鉢状の爆発跡にすべりおちるところだった。
 よく見ると、その中に、なんだか煙突のようなものが頭をだしている。煙突といっても、上がふさがっているから、穴なしの煙突といった形だ。
「あれは一たい、何であろう」
 と、太刀川は不審におもった。ひょっとすると、さっき隊員たちが吸血鬼がいるといったのは、このことかもしれない。とにかく見さだめておこうと、砂の上をずるずると底の方へすべりおり、そのそばによって、水中灯をさしむけてみた時、彼はじつに意外なものを発見した。煙突様のものには、その一部分に頑丈な耐圧硝子らしいものをはめこんだ、曲面の窓があったが、その窓の中に、おもいがけなく三つの首がならんで、こっちを見ていたのである。
「おお!」
 と、さすがの太刀川もさけばずにはいられなかった。なんということだ。海底にひょっくり頭を出した煙突様の小さい塔があるのさえふしぎなのに、その中から三つの顔がこっちをのぞいている。
 しかも三つとも、生きていた。さもおどろいたように目を見ひらき、そして大きく口をあけた。それだけではない。その中の一つの首に、太刀川はたしかに見おぼえがあったのである。
「ダン艇長!」
 いうまでもなく、海底要塞附近で墜落したサウス・クリパー艇の艇長のことである。彼は艇と運命をともにして、波にのまれてしまったかとおもわれたのに、意外にも、こんなふしぎな塔の中で生きていたのである。
「おお、ダン艇長! あなたはどうしてそんなところにいるのですか」
 太刀川青年は、水中灯を高くかかげて、煙突様の塔を硝子ごしにたたきながらいった。
 だが、中からはなんの返事もきこえなかった。三つの首は、とつぜんおどろきの色をうかべると、いいあわしたように窓の内側にひっこんでしまった。
「おう、待ってください、ダン艇長」
 太刀川は、窓硝子をわれそうなほど、こんこんとたたいた。しかし内側にひっこんだ首は、そのまま出てこなかった。
 なにがなにやら、わからないながら、太刀川は、ダン艇長の生きている姿を見つけたうれしさで、しばらくはその場をうごこうともしなかった。
 だが、他のもう二つの首は、一たい何者であったろうか。
 太刀川青年は、見おぼえがなかったが、一つは、はばのひろい鼻をもった黒人。もう一つは、妙なひげをはやした東洋人の顔であった。
 ものおぼえのよい読者諸君には、もうおわかりであろう。
 それは、ミンミン島へクイクイの神様を買いにいったロップ島の酋長と、クイクイの神様といっている漂流日本人の三浦須美吉であった。
 しかしダン艇長が、なぜその二人の仲間にくわわっていたのか、またこの人たちが、なぜそのような海底の小塔に顔をならべていたのか。それは、いずれこの物語のすすむにつれて、明らかになるであろう。
「おう、誰かとおもったら、なんだ、お前だったか」
 とつぜん太刀川のうしろにあたって、ふとい声がひびいた。
 不意をうたれて、太刀川は、はっとおもって、うしろをふりかえりざま、水中灯をぱっとさしつけた。
「あ」
 いつの間に来たのか、彼のうしろに、大きな水中灯をもって立っていたのは、ほかならぬ海底要塞司令官ケレンコだった。彼の潜水服には、胸のところに、大きな三角形を二つくみあわせたマークがついていた。そしてその下に、「ケレンコ」とロシア文字がしるしてあった。
(うむ、見つかってしまったか)
 と、太刀川の息づかいが、またもやあらくなる。