海底司令室

 ぶぶうー、ぶぶうー。
 妙に心をかきみだすようなサイレンの音だった。
 ケレンコは、あわただしく司令室にかけこんだ。覆面、黒服をとると、海底要塞司令官の軍服姿だ。
 司令室は見るからにいかめしい部屋で海底要塞のありとあらゆる械械をうごかす仕掛が、あつまっていた。その仕掛はすりばち山みたいに、うずたかくつみ上げられていた。そのまわりを、階段が下からぐるぐるとまわって頂上にとどいている。それぞれの仕掛の前には、当番の将兵がとりついて、ハンドルをにぎりしめ計器の針をみているが、すこぶるおちつかない様子だ。
 そこへケレンコがとびこんできたのだ。彼は機械の山の階段を、するするとよじのぼり、頂上にすっくと立ちあがった。そこが彼のためにつくられた司令席だった。
「おお、ケレンコ閣下だ!」
 当番の将兵は、すくわれたように叫んだ。それを、さげすむように聞いて、
「腰ぬけどもが、洋上に軍艦があらわれたぐらいで、なんというとりみだし方だ」
 ケレンコは、仁王様のような顔つきで、はらだたしげにどなった。
「でも、委員長、すばらしく、はやい大型駆逐艦隊ですぞ。しかもわが要塞へ向けて、一直線で近づいてくるのですからね」
 そういったのは、ケレンコのすぐ下の席にいる副司令のガルスキーだった。彼のあごも、ぶるぶるとふるえている。
「君までがそんなことで、どうするのだ、戦艦陸奥が来ようと、航空母艦のサラトガが来ようと、わが海底要塞の威力の前には一たまりもないはずだ」
 といいながら、ケレンコは動物園の猿のように、鉄柵をにぎってゆすぶった。が、ふと前の壁をみて急に気がついたらしく、
「なあんだ、ガルスキー、まだ、潜望テレビジョンがつけてないじゃないか」
「いや、閣下がおいでになってから、うつしだそうと思っていたのです。では、ただ今」
 ガルスキーが、あわてながら、スイッチをひねる。と、前の壁に、映画のようなものがうつりだした。よくみると、波のあらい海上を二隻の艦影がまっしぐらに走っている。これこそ潜望テレビジョンで海上の有様をうつしたものだった。
 二隻の艦は、いずれもこちらに近づいているらしく、艦影はぐんぐん大きくなってくるのであった、ケレンコは、待ちきれないらしく、やがて、あらあらしい声で、
「おい、もっと大きく出してみろ。どこの軍艦だか、これではさっぱりわからないじゃないか」
 ガルスキーは、いわれるままに倍率をあげるハンドルをくるくるとまわした。
 艦影は、みるみる大きくなって、やがてスクリーン一ぱいにひきのばされた。
「あ、先頭のはアメリカの駆逐艦。そして後のは、イギリスの商船じゃないか。ははあ、わかった。サウス・クリパー艇の変事をききつけて、やってきたものにちがいない。それにしても、いやに正確に、わが海底要塞を目ざしているではないか。これはゆだんがならない」
 委員長ケレンコの眉がぴくりとうごいた。
 司令室内の彼の部下は、いいあわせたようにケレンコをみつめている。
 その時、入口から、影のように一人の水兵がはいりこんできたのを誰も気がつかなかった。