ミンミン島の珍客

 太刀川時夫と石福海少年とを一のみにしたものすごい大渦巻は、いつしか海面から消えてなくなった。洋上にただよいつつ、しきりに救いをもとめていたクリパー号の他の艇員や乗客たちの声も、いまはもうどこにもきこえなくなった。
 この人々の運命は、どうなることであろうか?
 瀬戸内海上に、とつぜんかま首をもたげた、世にも奇怪な海魔の謎は、いつ誰がとくであろうか?
 それはしばらくおいて、この物語をミンミン島とよぶ、瀬戸内海上の一つの小さな島の上にうつすことにする。
 ミンミン島は、色のくろい原地人たちが、みんな高い木の上に、まるで鳥の巣のように、家をつくって住んでいる奇妙な島である。酋長ミンチの住居は、大きな九本の椰子の木にささえられた大きな家で、遠くからみると、納屋に九本の足が生えているようだった。このミンミン島に住んでいる三百人ほどの原地人たちは、太陽のでている昼の間だけ地面をあるいているが、日が暮れかかると、あわてて木の上の家にのぼってしまう。そして夜の明けるまで、けっして地上におりて来ない。
 このふしぎな風習は、大昔、島が真夜中に大つなみにおそわれて、住民のほとんどが、浪にさらわれて行方不明になったことからおこったと、いいつたえられている。
 今日は、酋長ミンチの家はお客さまがあって、たいへんな賑わいだった。お客さまというのは、このミンミン島の隣の島――といっても、海上五十キロもはなれているロップ島の酋長ロロの一行であった。
 さて、酒盛がいよいよたけなわになったころ、日が暮れてきた。するとミンミン島の原地人たちは、急になんだかそわそわしだした。彼等にとってはおそろしい夜がくるからだ。
 これにひきかえ、ロップ島のお客さまたちは、酋長ロロをはじめますます陽気になってきた。この人たちは、みんなそろって、頭の上から鼻のあたりまで、すぽりとはいる黒い頭巾をかぶっている。目のところには、小さな穴があいていて、そこからのぞいているのであった。
 酋長ミンチが、やがて椰子の葉でこしらえた大きな団扇のようなものを、右手にさしあげて頭の上の方でふると、がらがらというへんな音が、あたりになりひびいた。
 すると次の間から、魚の油をもやしているらしい燭台が三つ四つ、はこび出された。
 とたんに、ミンミン島の人たちは生きかえったような顔色になり、思わずわーっとよろこびの声をあげた。
 ところが酋長ロロをはじめロップ島の人たちは、それがおもしろくないといった様子で、何かがやがやとわめきあっている。
 そのうちに、酋長ロロが、席からすっくと立ちあがって、手にしていた短い手槍みたいなものを左右へぴゅうぴゅうとふった。そして胸をはり、肩をいからせて、
「この島の主ミンチよ。太陽は海の中へすっかりおちてしまった。いよいよやくそくの時刻になったではないか。さあ、早くその尊いものを出してくれ」
 と、きいきい声でさけんだ。
 すると、このミンミン島の酋長ミンチも、すっくと立ちあがり、これは破鐘のような声で、
「客人よ、お前のいうとおりだ。それでは、いよいよこれからミンミン島の宝であるクイクイの神を、ここへ呼ぶことにするぞ」
 といえば、酋長ロロは息を大きくはずませて、
「うむ、待っていたところだ」
 と、こたえた。
「おう、奥から、クイクイの神をよべ」
 酋長ミンチがこの命令をすると、奥の間から、あやしい返事の声がきこえて、やがて垂幕をわけ、しずしずとあらわれたのは、裸の上に、椰子の枯葉であんだ縄のようなものを、長くたらした奇怪なクイクイの神であった。