大冒険!

 このままほうっておけば、艇は墜落するよりほかないのだが、それにしても、諸君、太刀川青年はすこし、やりすぎたのではないだろうか。この暴風雨中に、艇外へ出て、方向舵をなおすなんて、人間わざでできることではない。日本をはなれるとき、城浩史中佐から重大使命をさずけられた身として、かるはずみのしわざではあるまいか。
 いや諸君、太刀川青年は、けっしてその重大使命をわすれるような男ではない。いや、これを思えばこそ、ケレンコ事件がおこってからこっち、ひそかに計画をすすめていたのだ。
 その重大使命をはたすために、彼は、にくむべきケレンコとリーロフの国際魔二人を、死なせてはならないと思っていたのだ。
 なぜ? その答は、太刀川青年の胸のなかにある。今はただ謎として、これだけを承知しておけばよいのだ。
 それはともかく、太刀川のたてた計画は、順序正しく、はこびつつあった。
 操縦室の停電も、それであった。
 そして停電のすぐ後に、猿のようなものが、しのびこみ、ケレンコにちかづき、何事かしてまた出ていってしまったことも、その一つだった。
 艇長が電話の受話器を通じて、何を聞いたか。「あと十分ののちに!」とは、なんのことであったか。それもまた、やはり太刀川の計画の一つだった。今や、その十分間の時間も、あと四、五分となった。それにしても太刀川が、リーロフの手から、たすけてやった中国人少年石福海は、今どこに何をしているのだろう。このさわぎがはじまってから、一度も姿を見せないのには、何かわけがありそうである。
「さあゆこうぜ、リーロフ」
 太刀川は、顔色もかえず、大男のリーロフをかえりみていった。
「うん、ゆけ。貴様がさきへ」
 リーロフは、注意ぶかい目つきで、太刀川の方にあごをふった。
「僕は鋼条とペンチを持つ、リーロフ、君は手斧だ」
「おれが手斧を持つのか。うふふふ。それはたいへんいいことだ」
 リーロフは、意味ありげに笑った。斧の刃は、するどくとがれていて、切味がよさそうなのが、何だか不気味である。
「リーロフ、さあ、僕につづいて、すぐその天井の窓から、胴体の上へはいだすんだ」
 翼のうしろに開く窓があった。そこから艇の胴体の外へ出られるのだった。太刀川は、ロープのはしを座席の足にしばりつけた。そして自分で窓をひらいた。艇員たちが、はっと顔色をかえるのをしり目に、さっさと艇外へはいだした。とたんに横から、張板のようにかたいはげしい風が、彼の体をぶんなぐった。飛行眼鏡さえ、もぎとられそうで、しばらくは目が見えなかった。風にあおられ、ぐーっと、体がもちあがるのを、一生けんめいにこらえて、胴体の上にうえつけられている力綱の輪をにぎる。
 この力綱の輪は、胴体のくぼみに、はめこまれて、一列にならんでいるので、太刀川は、腹ばったまま、少しずつ前進しては、くぼみから、この力綱の輪をおこさなければならなかった。そして両手ばかりではなく、両方の足首も、この輪のなかにしっかり、かけておく必要があった。
「ひゃあ――」
 というようなさけび声が、太刀川のうしろからきこえた。ふりかえってみると、大男のリーロフが胴体にしがみついて、はげしい風にふりおとされまいとして、力一ぱいたたかっている。
「おい、はやくこーい。この弱虫めが!」
 太刀川は、リーロフをどなりつけた。
「うう、いまゆくぞ。なにくそ!」
 風は、大男のリーロフにたいして、すこぶる意地わるだった。風のあたる面積が太刀川青年の体にくらべて、倍くらいもひろいのだからやりきれない。海底にもぐっては、いささか自信のある潜水将校リーロフも、空中ではからきし、いくじがない。
 そのうちに太刀川の頭が、まがった方向舵にこつんとつきあたった。