ショックを受けたことがあったので、ちらり。
いやいや、ぽつり。
あのね、mixiには簡単に書いたのですが
今日、「不幸論」という本を読みまして、
影響せれやすいちびっこ精神なわたしは、非常にショックを受けたのです。
知る、と、いうことは喜ばしいことでもあるんだけれども、
そのぶん、同じくらいにデメリットも存在するわけだ。
知ってしまうことで、
知らなかった~、という言い訳は使えなくなるわけだ。
不幸論は、おもしろいものの見方をしているのだけれど、
あくまで一意見と受け入れないと、
冗談じゃなく、この世で存在していられなくなってしまう。
読みすすめていくうちに、
わたし、もう1ページ読んで大丈夫だろうか、耐えれるか?と、
ドキドキしていました。
結果、わたしは、その内容のどこかに言い表せない矛盾を感じてしまったので
彼の意見をまるまる受け入れ、消化(消化、なんて出来そうにないわ!)するにはいたらなかったのですが
とても、疲れてしまったのと、
ポン、と、何か、真っ黒いものを投げ入れられて
型どおりにそれは波紋を広げまして、
心の中に、どうにも解消できないしこりが残ってしまった。
ふと、いつもより弱った夜に、
そいつから芽がでて、根をぐりぐりとはるんではないか、と、
それはもう星のおうじさまの「バオバブの木」のように。
わたしの心すべてを根でおおってしまって力余って、
わたしの心全て砕いてしまうんではないか、と、
不安です。
知らなければよかった。
あんな観念、知らなければよかった。
知らないフリって、もう出来ない。
わたしは、ビデオショップでも図書館でもお洋服やサンでも、
特に下調べもなく、手にとったものと直感で選ぶので、
知れても知れなくても、たまにこういうことがあります。
知れた、ことは、それが苦しくてもいいことなの?
安穏としていたかった。
後味、悪いなぁ。
